第二弾 地方で輝くベーカリー - ブランスリー電子版


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特集/2020年11月号

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第二弾 地方で輝くベーカリー
 今回も、前号に引き続き、地方で活躍するベーカリー2軒を取り上げた。愛媛県伊予市の「ぱんや107」は、東京から同地へ移住した一家が営むベーカリーで、「家族6人と犬1匹が幸福に暮らすための事業です」というオーナーの言葉が印象に残った。広島県尾道市の「パン屋航路」は、オーナーが有名リテールベーカリーチェーンで挫折を味わいながも、そこでは発揮できなかった自分の才能を見事に開花させていった姿に深い感銘を覚えた。



都会の会社員が過疎地のパン職人に - ぱんや107

「空き家バンク」で見つけた古民家を改修して作ったベーカリー「ぱんや107」
伊藤さん一家。後列左から愛犬のコユキを抱えた妻の典子さん、長女で高校1年生の夏希さん、代表の伊藤洋一さん、前列左から次男で保育園年長の圭希(けいき)君、次女で小学校3年生の希(のぞみ)さん、長男で中学校1年生の優希君
「ぱんや107」の入り口。玄関の引き戸を開けると対面販売の売り場がある
店の外に設置されたインフォメーションボード。顧客への心のこもったメッセージが書かれている
山間・過疎地域の隠れ家的パン屋

 四国・愛媛県伊予市の西側に位置し、瀬戸内海の伊予灘に面した旧伊予郡双海町は2005年に伊予市などと合併し、現在の伊予市の一部となった。県庁所在地の松山市からは車で40分ほどの所にあり、主な産業は農業と漁業だが、町内は過疎のため商店は少ない。
 伊藤洋一さんは2015年の夏に、東京都町田市から一家でこの町へ移住。「空き家バンク」で見つけた古民家を改修して作ったベーカリー「ぱんや107」をオープンした。
 「もともと移住後は農業をすることを考えていたのですが、事前準備で通ううちに町の人から『この町には焼きたてのパンを提供するような店がない』と聞くようになりました。だったら自分たちがパン屋を開いて町の人達に喜ばれるようなパンを提供しようと考えたのです」(伊藤さん)
 「ぱんや107」は、双海町の中でも海から少し離れた山間部にあり、蛍が飛び交う事で有名な翠地区と呼ばれる場所にある。周囲は山の中に田圃や畑が広がる自然豊かな場所だが、人口は少なく、歩いている人の姿はほとんど見かけることはない。
 それでも、同店の噂を聞きつけた人々は時間をかけて車などでわざわざこの地までやってくるのだという。
 「この地域は高齢の方が多く、もともとパンを毎日食べるような習慣がない方が多いのですが、それでもお客様の大体2〜3割ほどは地元の方です。残り7割くらいは松山市を中心にした近隣の人口が多い地域からのお客様ですが、月に何回か来て下さるような常連の方が多いですね」(伊藤さん)

国産小麦100%の無添加生地

 「ぱんや107」の外観は、昭和から何十年という年月を超えて残った古いが趣のある木造平家を改修した建物で、「ぱんや107」と書かれた垂幕の看板があり、隠れ家的な魅力を醸し出している。
 玄関の引き戸を開けると木製のショーケースの中にパンを陳列した対面販売の売り場があり、訪れた人を不思議とほっとした気持ちにさせる。
 ショーケースの中には、メロンパンやあんぱんといった菓子パンから、おやきやチーズパン、カレーパンなどの惣菜パン、天然酵母生地を使ったパン、山食パン、バタール、さらにラスク、スコーンなどの菓子類まで約30品目のパンが並ぶ。
 菓子パンや惣菜パンは税込110〜190円位、「山食パン」が1斤340円と、買いやすい価格のパンが多いが、一つ一つ伊藤さんが丁寧に作ったものである事が伝わってきて、常連客を惹きつける。店は開店以来徐々に売り上げを伸ばしてきたという。
 「売りは、国産小麦を100%使用した無添加生地を使用して、安全・安心にこだわった焼きたてパンを提供している事です。生地にはイーストフードや乳化剤などの合成添加物は、一切加えていません。またアイテム数を厳選し少しずつ多くの回数で焼成するスタイルにする事で、常に焼きたてのパンを提供できるようにしています」(伊藤さん)



木製のショーケースの中にパンを陳列した店内売場の様子。約30品目が並ぶ
丁寧に作られていることが伝わってくる「山食パン」(1斤税込340円)
「天然酵母トマト」(右、税込140円)と「天然酵母レモン」(左、税込180円)
伊藤さんの子供も通う双海町の翠小学校への体験入学の案内
家族6人と犬1匹で新天地へ

 双海町には保育所が二つと小学校が三つ、そして中学校が一つあるが、それぞれ生徒数は少なく、やはり同町は人口の少ない過疎地域だ。それでも「田舎での子育ての良さ」をアピールし、子供がいる家族の移住を歓迎する町として伊予市双海町は、愛媛県内でも最近注目が集まってきているという。
 伊藤さんはもともと愛知県一宮市で生まれ育ち地元の高等専門学校を卒業後、20歳の時に東京へ上京、ビデオカメラの設計開発をする仕事をしたくて大手電機メーカーへ入社した。
 伊藤さんの妻、典子さんは、子供の頃は転勤族で各地を転々とし、就職先で同期だった伊藤さんと出会い2002年に結婚、二男二女の子供達を授かったが、子供達との関わりが濃くなるにつれ、都会での生活が本当に家族にとって最適なのかと常日頃考えるようになったという。
 「夫婦とも旅行好きですし、各地を回りながら、なんとなくいつか地方へ移住できればと考えていました。そして、2011年に起こった東日本大震災が本気で移住先を探す引き金となりましたね」(伊藤さん)
 震災が起きたその日の夜、伊藤さんは勤め先の横浜から東京の町田まで歩いて家に帰った。それは伊藤さんにとって、一見便利そうに見える都会の暮らしの脆弱さを実感させられる出来事だったという。
 移住先ははじめ主に西日本で晴天率が高い事から岡山などで探していたが、2013年の年末、典子さんが、伊予市へ人を誘致するための「いなか子育て体感ツアー」の案内をたまたま見つけ参加。家族で初めて愛媛県伊予市双海町を訪れた。
 晴れの日が年間を通して多く、人も場所も良い所だと感じた。さらにその時に現在次女が通っている翠小学校を訪問する機会があった。
 「古い校舎でしたが当時ちょうど環境省の学校エコ回収事業により一部設備をリノベーションした直後でした。生徒数20人ほどのアットホームな学校で、その時この町に住みながら子供達をこの学校へ通わせる事ができたらと思ったのです」(伊藤さん)
 知人も親戚もいない町だったが、運良く空き家が見つかり、仕事も、空き家をリノベーションした住居兼店舗の建物内でパン屋を開業することになった。
 そして2015年に東京・町田市からこの地へ移住。家族6人と飼い犬1匹で新天地での生活が始まった。



「黒豆ぱん」「つぶあんぱん」「こしあんぱん」などが並ぶショーケース
豆乳をたっぷりと配合して焼き上げた「豆乳角食パン」(税込430円)
愛媛県伊予市双海町の中でも山間部にある翠地区の風景。豊かな自然が広がる
移住生活と開業で得たもの

 伊藤さんは元々ビデオカメラやデジタルカメラの組み込みソフトウェアを開発するエンジニアで、パン作りは全くの未経験だったが、岡山県岡山市のベーカリー「おかやま工房」が企画・運営するベーカリー開業支援プログラム「リエゾンプロジェクト」の研修を受けて開業前にパン作りの技術を学んだ。そして2015年の夏に思い切って店をオープン。
 「元々エンジニアだったので数値化したもの作りという点で、パン作りにも共通項がありました。だからこの仕事は意外に性に合っていたという感じですね」(伊藤さん)
 資金は、当時住んでいた東京・町田のマンションを売却して捻出。幸い、駅前の好立地の物件だったということもあり、ほぼ希望通りの金額で売れたので、そこから開業資金を引いてもある程度の貯蓄を残す事ができたという。
 現在は松山市の高校に通う長女のほか、長男、次女、次男をそれぞれ町内の中学校、小学校、保育園に通わせながら、パン作りを行い、販売担当の典子さんとともにベーカリー運営を行う伊藤さんだが、そんな毎日の中で考える事があるという。
 「やはり子供たちには働いている私の背中を見ながら育って欲しいという気持ちですね」(伊藤さん)
 実は伊藤さんの父親は、腕の良い染色職人だったが、仕事は家から離れた職場で行っていたため、子供の頃の伊藤さんは父親の仕事についてほとんど知ることはなかったという。伊藤さん自身も東京にいた時は多忙な仕事に追われ家にほとんど帰る事ができず、自分がどんな仕事をしているのか子供達に伝えることはできなかった。
 「でもここでパン屋の仕事をしていると子供達に父親がどんな事をしているのか傍で見せる事ができます。それが自分にとっては子育てをしていく上で大切だと思うようになりました」(伊藤さん)
 また伊藤さんは自分たちが提供しているパンは日々の生活の中に自然に溶け込んでいく日常の食品であり、特別な嗜好品ではないと考えている。そのため必要以上に利益を追求することはないという。
 「『ぱんや107』は、家族6人と犬1匹が幸福に暮らすための事業です」(伊藤さん)
 一括購入した空き家の改修費はかかったが、今は家賃の負担はなく、家族経営のため人件費もかからない。固定費を抑えたローコスト経営のため商品価格を抑える事ができる。
 「この地域は『この町で子育てをしてくれる家族』を望んでいます。私が今できることは毎日パンを焼きながら、家族を大切にし、子育てをすることですが、その姿を外部へ見せることで、この町に移住したいという人が少しずつ増えるのであれば、過疎地の問題解決にもつながり、地域への貢献にもなるのではないかと思っています」(伊藤さん)

店名:ぱんや107
住所:〒799‐3202愛媛県伊予市双海町上灘甲4051‐1
電話:050‐3636‐8981
営業時間:午前10時〜午後5時
定休日:第2、第4日曜、月曜
品揃え:約30品目
スタッフ:製造常時1人、販売常時1人
店舗面積:厨房3坪、売り場1坪

パンの味のバランスを理詰めで考える - パン屋航路
広島県尾道市のベーカリー「パン屋航路」の外観
オーナーで店長の寺地秀平さん(カレーパングランプリ2018授賞式で)
カレーパングランプリで金賞を受賞した一番人気商品の「カレーパン」(税別241円)
丸い小ぶりのバゲットに、餡とバターを挟んだ「あんバター」(税別185円)
アーケード商店街の中の人気店

 瀬戸内海の海を背景に坂道が連なる街並みが風情ある独特の空間を作り出している事から、多くの映画や小説の舞台にもなってきた尾道。千光寺などの歴史ある寺や、ロープウェイや展望台から見える絶景スポット、四国との間の海峡の上を自転車で走れる「しまなみ海道」といった観光スポットもあることから、広島県内では宮島に次ぐ人気の観光地となっている。
 そんな尾道で近年、レトロな町並みとは対照的に、新しいトレンドを取り入れたカフェや飲食店、そしてベーカリーの開店が相次いでいる。
 中でも特に、尾道駅から長く続く駅前アーケードの「尾道本通り商店街」の中には、飲食店をはじめとする様々な店の出店が相次いでいるが、ベーカリー「パン屋航路」は2011年に同商店街の中にオープン。今年で10年目を迎えるが、遠方からこの店を目当てにわざわざ訪れる客もいるという尾道の中でも際立った人気店だ。通りに向かって前面と左側の側面がガラス張りで中が見えやすくシンプルな外観の店内は4〜5人入れば一杯になってしまうほどの広さだが、売り場にはバゲット、食パン、クロワッサン、惣菜パン、菓子パンそしてベーグルと種類豊富な商品が60品ほど並ぶ。
 中でも「カレーパングランプリ」で金賞を受賞した実績もある「カレーパン」(税別241円)は一番の人気商品で、午前中には売り切れてしまう事が多い。このほか、丸い小ぶりのバゲットに餡とバターを挟んだ菓子パンの「あんバター」(税別185円)やベーグル、クロワッサン、キッシュ、バゲット、食パンなどあらゆる商品が評価され人気だ。ベーグルに関しては、広島市内で2号店としてベーグル専門店の「ワイルドマンベーグル」も運営している。
 オーナーの寺地秀平さんは、隣の広島県福山市の出身。学生時代からは京都に移り、卒業後は独立するまで6年ほど製パン業務に従事したが、そのうち4年はベーカリーではなくカフェに在籍。その店では唯一のパン製造業務のスタッフとしてパンを作り続けていたという経歴の持ち主だ。
 寺地さんは、自ら作るパンについて、「まずは生地。発酵と熟成にこだわり、粉の『滋味』を感じられるパン作りを目指しています」と話す。
 「滋味」には「豊かで深い味わい」といった意味があるが、特に食した時の「口どけ」には最も注意を払っているという。
 2号店としてベーグル専門店を出したのは、口どけがいいベーグルを普及させたかったからだという。寺地さんは、ベーグルの多くは口どけが悪く、食べづらいと感じていた。
 「飲み物なしでも食べられるような保湿性の高い口溶けの良いベーグルを作りたくなったのです。今までベーグルが苦手だったという人から『初めてベーグルがおいしいと思った』と言われた事もありますね」(寺地さん)
 またカフェ出身の寺地さんは料理に対するこだわりも強く、「具材も含めた全体の味のバランスを強く意識して作るようにしています」と話す。
 生地の発酵はルヴァン種とイーストを併用する形で行っている。
 「ルヴァン種はどちらかというと味に深みを出すための出汁のような役割を期待して使っています。甘みと酸味のバランスが大切だと考えているのですが、酵素が小麦澱粉を溶かし糖に変え甘みを引き出す中で、ほのかな酸味を残す事が味の輪郭をはっきりさせる事につながるのではないかと考えています」(寺地さん)
 「カレーパン」で使用するカレーも甘みと酸味のバランスが取れるよう緻密に考えて作っている。香味野菜をじっくり長時間煮込みながら、ホールトマトや蜂蜜を入れるなどして微妙に味を調節しているのだという。

「パン屋航路」の厨房で、「カレーパン」のカレーを仕込む作業の様子
様々なパンが所狭しと並ぶ「パン屋航路」の売場の様子
2号店のベーグル専門店「ワイルドマンベーグル」で販売しているベーグルの数々
ベーカリーで挫折を味わう

 寺地さんは京都の大学に進学したが、在学中にカフェでアルバイトをするようになったことをきっかけに飲食店を巡り味の分析をするようになった。卒業後もしばらくはカフェ勤務をしていたが、当時、京都市内にある薪窯で有名なベーカリーと出合い、通い続けるうちに、その店の紹介で大手リテールベーカリーチェーンである「ドンク」に入社し、ベーカーを目指す事となった。
 しかし残念ながら、「ドンク」での仕事の厳しさについていけず、寺地さんは2年ほどでそこを退社してしまう事になる。
 「好きで選んだはずの仕事でしたが、落ちこぼれて挫折する事になってしまいました。ただどうしようかと悩んでいたときに、学生の頃から働いていたカフェの関係者からカフェの中で製パンを行う仕事を紹介されたのです」(寺地さん)
 そのカフェの厨房にはパンを焼くための十分な設備もない状態だったが、限られた物を工夫して使いながら、たった一人で、試しては失敗する中で学び、何とかパン作りの道を開拓していった。
 例えばクロワッサンも機械は使わず、麺棒で一つ一つ生地を引き伸ばして作った。
 「手間はかかりますが、自分で生地の状態を見ながら考えながらやっていくことができました。パン作りについては、基本はドンクで学んでいましたが、一人で師匠もいない状態でずっと仕事をするようになった事で、自由な発想で作る事ができるようになったと思います。それが自分にとってはよかったのではないかと思います」(寺地さん)

原価計算女王
原価計算女王
通販で販売中で、人気を集めている「パン屋航路おまかせパンセット」
天寧寺坂から見る尾道の街並み
尾道の市街地から尾道水道を挟んで望む向島(むかいしま)。向島にある造船所のドックが見える
尾道に自分の店をオープン

 その後、寺地さんはカフェ勤務を続けながら、次第に自分の店としてベーカリーを立ち上げ、独立する事を考えるようになる。そしてその場所は、尾道を選んだ。
 「生まれ育った福山市の隣でよく行き来していましたし、純粋に尾道という町が好きでした。だから尾道の人達に喜んでもらえるようなおいしいパンを届けたいという気持ちが強かったですね」(寺地さん)
 「パン屋航路」という店名は、志賀直哉の著名な小説「暗夜行路」からつけた。尾道は、志賀直哉がかつて居住し、「暗夜行路」でも、その美しい風景描写がされていることで有名だ。
 寺地さんは希望に燃え、オープンの一年弱前から尾道と京都を行き来しながら準備を続けた。幸い条件にあった物件を早期に見つける事ができたので無事開業にこぎつけることができた。

パン屋はサービス業

 寺地さんには「パン屋はサービス業だ」という強い思いがある。
 「私は職人としてパン作りを追求したいという気持ちはもちろんありますが、それにも増して、作ったパンを通じてより良い接客とサービスを提供したいという気持ちが強いですね。来店してくれたお客様に気持ち良くパンを買ってもらって、家でおいしく食べてもらいたいと思うのです。パンを買って食べるまでの時間と空間を楽しんで欲しいんです。だから店内の心地よい雰囲気の中で、良い接客をし、良いサービスを提供する事をとても大切にしています」(寺地さん)
 パン作りへの思いに加えて、そうしたサービスに対する深い思いが功を奏したのか、同店は今では広島市内にベーグル専門店である2号店も構え、すっかり人気店となった。来年には、法人化を予定しており、そのためにスタッフの働き方を見直していきたいとも考えている。
 「なるべく充分な待遇で働けるようにしてあげたいですね。そのために今後は店の利益率を上げる事につながるような付加価値のある商品の提供に、一層力を入れていきたいですね」(寺地さん)

店名:パン屋航路
住所:〒722‐0035広島県尾道市土堂1‐3‐31
電話:0848‐22‐8856
営業時間:午前7時〜午後6時(売り切れ次第閉店)
定休日:月曜、火曜、日曜は不定休
品揃え:約60品目
スタッフ:製造常時4人、販売常時2人(平日)、製造常時5人、販売常時3人(土日)
店舗面積:厨房と売り場をあわせて14坪
日商:平日18万円、土日30万円


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