日本のパンを世界に発信するために - ブーランジェリー・ジャンゴの川本宗一郎シェフ - ブランスリー電子版


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レポート/2025年3月号

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日本のパンを世界に発信するために - ブーランジェリー・ジャンゴの川本宗一郎シェフ
川本宗一郎シェフは1973年生まれ。2010年、奈津子夫人と共に東京・江古田に「ブーランジェリー・ジャンゴ」を開業。2019年5月に日本橋浜町に移転
川本シェフは、幼少期にブラジルやフランスなどで過ごした経験を持つ。成長してグラフィックデザイナーを志したこともあったが、身近にあったパンを作る仕事を選んだという。開業以来毎年、奈津子夫人と共に欧州などに視察に行き、またSNSを駆使してグローバルな視点でパン作りを行っている。世界に通用する日本のパンの立ち位置や、ベーカリー経営の魅力などについて話を聞いた。



落ち着いた雰囲気の「ブーランジェリー・ジャンゴ」の外観
店内に並ぶ「コーンブレッド」(税込830円、ハーフ同415円)など
日本のパン屋は世界一クリエイティブ

 SNSの発達により、世界が本当に身近になりました。今、注目しているのはインドネシアのドン・ベーカリー。仏パリと時差なく、ていねいな仕事で、高品質のヴィエノワズリーなどを提供しています。しかも今、続々と同国の各地に支店を出店。高技術を伝授し、維持するノウハウが確立されていることにも驚きです。世界中でパン屋は進化しており、今や本場の欧州に追い付け、追い越せの時代ではありません。
 日本に関しては、さまざまな国際コンクールでも上位に食い込む技術力があり、材料もパンに合う国産小麦の開発が進められています。その結果、日本のパンは他国では手に入らないほどの品質を誇っています。日本も欧州のパンを目指すのではなく、次の段階に入っていると思います。
 日本のパン職人たちがこれまでひとえに努力してきたのは、「日本人の口に合うパン」の開発だった思います。口どけがよくソフトで、またご飯のようにもちもちとした食感、深い味わいを引き出すこと。欧州のような伝統的製法ではなく、日本独自に発展した「湯種」、また高温でオートリーズをとって酵素の力を引き出す「湯ゲル」、また「麹」を発酵に使用することなどを考え出し、技術を進展させています。これはパン製法の伝統がないからこそ、ルールに縛られずに創意工夫ができたからなのかも知れません。世界中のどこよりもクリエイティビティーが高いのが日本のパン屋なのだと思います。
 昨年夏にパリに視察旅行に行ったのですが、欧州が経済的にも疲弊している中で、パン屋さんも元気がないようでした。バゲットなどはもともと売価が低く設定されていて、値上げがしづらいことも理由にあるのでしょう。一方で元気な店の多くが、これまでなかった種類の菓子パンを提供しています。各店がそのような独自のパンに注力することは、とても日本的だと思いました。

世界に向けて高加水のパンを

 例えば、一昨年来から流行が続いている日本生まれの「生ドーナツ」ですが、これまでにない食感が好評で、本家本元はニューヨークにも出店。世界に向けて販路を拡大しています。このような前例もあり、先述の湯種などの製法を凝らした日本独特の「高加水のパン」は、世界に向けて発信すべきです。あえて命名するとしたら「ZENブレッド」。ZENとは禅。修行することで仏に近づく「自力本願」の思想です。職人各々が修行僧のようにパンに向き合って開発してきた同製品のネーミングには最適であり、外国人にも刺さりやすいと思います。また高加水のパンは粘度が高くて機械耐性がないため、大手製パンで量産できないことも付加価値となります。
 先述したようにSNSの発達により東京などの都市だけではなく、ローカルな地域のパン職人でも世界に向けて発信することが可能となっています。何かしらフックがはまってバズれば、世界中のパン好きがその店に注目する時代なのです。日本各地に私が注目している革新的なベーカリーがありますが、シェフは20〜30代です。まだまだ収れんされていない、混沌とした状況で、世界に向けて大爆発を起こす前夜のようですね。個人店が熱い時代となっています。日本のパン職人が、世界の最先端を走っていると考えたら、誇りをもって仕事に取り組めます。

ベーカリーには大きな魅力が満載

 少子化が続く現在、飲食業界は人手不足に陥っています。今後10年〜20年、もっともっと深刻になっていくでしょう。このままではパン業界も縮小していくばかりです。そのような中で、ひとりでも多くの若者に向けてパン業界の良さをアピールし、参入者を増やしていく必要があります。裾野を広げなければ原材料の供給業者も減少し、誇ってきた技術も廃れてしまいます。
 パン屋という職業の優位性として若者に向けて言いたいのは、「職人になるためのハードルは低く、独立して経営者となれば失敗するリスクが低い」ということです。職人になるには専門学校で学ぶ方法もありますが、パン屋さんに修業に入り、製造を一から習う道もあります。ここで数年、真摯に取り組めば、技術は身に付くでしょう。勉強が嫌いで食べることに興味がある人には特に向いています。材料、製法などを工夫していく工程は、ある種の作品製作のようで、仕事はアーティストに近い。自尊心も満たされ、自己実現もできるのです。
 創業しやすく、夫婦二人でミニマムに始めることもでき、体力と気力をフル回転させれば、ある程度の安定した収入も得られます。なぜパン屋が失敗しづらいのかといえば、飲食全般の中で「水商売の度合い」が極めて低いからです。これは景気の良し悪し、世間の人気や嗜好に左右されにくいという意味。顧客は年齢、性別を問わず幅広く、生活の中のちょっとした贅沢という位置付けとなるのが個店のパン。非常に堅実な商売なのです。そして上手に拡大していけば大企業の勤め人よりも高収入を得ることも十分可能です。



「本日のフォカッチャ」(税込360円)。毎日具材を変えてインスタにアップする看板商品。この日はレンコン、ロマネスコ、ラディッシュなどをたっぷり。もっちりとした生地に野菜の旨み、オリーブオイルのジューシーさが絶妙
「イチゴのグラタン」(税込400円)。クリームチーズとカスターを合わせた甘じょっぱいソースがイチゴのさわやかな酸味を引き立てる。下に忍ばせた自家製イチゴジャムが風味をプラス
売上の半分は世帯収入となる

 収支についての具体例をみていくと20代後半で夫婦で出店、原材料原価率は小麦粉メインなのでせいぜい3分の1、固定費として家賃は大きいですが、人件費は自分たちだけなので、ざっくり売上の半分は世帯収入となります。年商2000万円としたら、世帯年収は1000万円近くになります。自営業者は事業に関係する飲食代、交際費、旅費交通費等も経費で計上できることもうれしい点です。
 ただしデメリットとして挙げられるのが、早朝からの長時間労働ですが、時間をかけると確実にパンがおいしくなることは事実で、商品力を担保するものです。大手は労働時間に制約があるため、個人店は、どのくらいパンに手をかけられるかが勝負になります。手間をかければかけるほど、大手との差別化ができるのです。
 また私たち夫婦は1年のうちに閑散期の夏には1カ月は休暇を取り、海外視察に出かけ、長時間労働の埋め合わせとしています。これも会社員にはできないことです。このように労働する期間を11カ月として年商2000万円を上げるための詳細は、月商は180万円、1カ月20日間営業としたら日商9〜10万円を生み出す必要があります。これはむずかしくはありません。売価は1個平均300円として1日約300個強売ればいいわけです。
 以下は一例ですが食事パン、総菜パン、菓子パンなど全部で16種を20個ずつ、320個売れば目標クリアとなります。10個ずつしか売る自信がなかったら32種作れば目標は達成できます。

売上拡大のポイントは立地にある
 次にどのようにステップアップするかを考えていきましょう。売上は設備の規模に制限され、その最たるものが窯です。4枚差し1段であれば1000万円以上、2段であれば2000万円以上。がんばれば2段では3000万円以上が狙えます。
 さきほど20代後半でスタートした夫婦の話をしましたが、30代半ばになって余力が出てきたら、もう少し大きい設備が構えられるような場所に移転して、スケールアップしていけばよいのです。移転の際に一番に注意すべきは立地です。人流があり、競合店が少ない場所を選び、立地に合わせた商品と自分のやりたいことをすり合わせて展開すれば、売上伸長は可能です。異業種が展開するベーカリーは資金力とノウハウがあり、絶妙な場所に出店していますよね。商品についても、ちょっとダメならすぐに売れる路線にチューニングしています。これは個人店でも見習うべきだと思います。
 その後はもっと規模拡大したり、職人を育てて支店を出したりと選択肢はたくさんあります。
 最後に当店の話ですが、2010年に最初に出した練馬区江古田の店の窯は4枚差し2段だったので、夫婦でがんばって年商3000万円を達成しましたが、そこで頭打ちとなったため、2019年に現在の日本橋浜町に移転しました。当地には昔から馴染みがあり、競合店も少ないことからパン屋の需要を感じていたことが選択理由です。また周囲はビルも整備されて会社も多く、さらに高層マンションが開発されて金銭的に余裕のある居住者が多いことも出店を後押ししました。
 設備に関して窯は4枚差し3段とコンベクション1台で、現在年商8000万円強です。悪くない売上だと思っています。今後については、現在は規模拡大などは考えていません。私としては仕事に楽しみを見出し、経済的にも満足できてベーカリー経営に魅力を感じています。若い人にもぜひパン業界に目を向けてもらいたいですね。

SHOP DATA
住所:東京都中央区日本橋浜町3-19-4
TEL:03-5644-8722
営業時間:8:30〜 18:00
定休日:水曜、木曜
製造: 3名(社員)
販売:十数名(パート)



原価計算女王
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