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| インタビュー/2016年3月号 |
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―――洒落た店名のベーカリーは多いですが、「浜田分店」とは古風ですね。本店はどちらに。 浜田 よく聞かれるんですよ。本店は明治26年(1893年)に横須賀に創業しました。今は学校給食やスーパーへの卸しが中心で、企業名は「株式会社浜田」です。「本店」が無くなったので、仕事の内容が分かるように、パン市場浜田分店としました。 ―――その分店も今年で102年ですね。 浜田 はい、大正3年(1914年)3月の創業です。本店創業者の娘むこが分店の創業者です。 ―――1世紀の歴史を刻むのは大変なことですよね。 浜田 私自身は創業100年を意識したことはありませんが、大きな時代の変化を背負って来たことは確かです。太平洋戦争中、浦賀にはドック(造船所)がありました。その近くで営業していたのですが、ドックで軍艦を造ることが決まって、強制的に移転させられたそうです。しかも、企業数は分かりませんが、複数のパン屋による共同運営での製パン企業設立を強いられたと聞いています。 そんな時代を乗り切って、戦後は、かつてのドックの近隣に移転して、改めて浜田分店として営業を再開しました。私は昭和27年(1952年)生まれですので、戦後の分店で育ったわけです。 現在地に移転したのは平成7年(1995年)です。店舗の老朽化で工場のみを移しました。売り場を移し、今の形になったのは平成13年(2001年)です。当時、最大で2000人の社員を抱えていた重工業会社が閉鎖しました。店舗のあった商店街から人の波が消えたのです。 ―――浜田さんが継いだ後もご苦労されたのですね。ベーカーとしての修業はいつ頃から。 浜田 大学卒業後の22歳からです。もう41年になります。浜田本店で1年、それと、1年間パン技術研究所で学びました。主な修業先はこの分店です。 職人の居眠りでソフトフランス誕生へ ―――ソフトフランスの評判が高いですが、修業に入られた時には既に商品化されていたのですか。 浜田 はい。ソフトフランスが商品化されたのは昭和の初め頃だと思います。ある時、職人が手捏ねでフランスパン生地を作り、ねかし箱に生地を入れ発酵させていた時に、居眠りをして発酵させ過ぎてしまったそうです。そこで仕方なく砂糖などを足したところ、美味しいパンが出来上がったそうです。 ―――どうしてソフトフランスという名に。 浜田 お客様が、普通のフランスパンと混同しないようにと名付けました。「よこすかフランス」でも通じますよ。地域のお客様はこの商品を通常のフランスパンと同様に捉えていたようです。 ―――ソフトフランスを使った調理パンがありますが。 浜田 浦賀ドックの職人さんがパンにピーナツバターやジャムを挟んで食べていたそうです。、具材を挟むようになったのは、50年前でしょうか。今では私どもの人気商品です。 ―――ソフトフランスの製造法は変わりませんか。 浜田 基本は変わりませんが、水あめを固形から粉末に変えました。それと、近年トランス脂肪酸が話題になっていることから、油脂をごま油に変えました。微妙に変化しています。でも、味に大きな違いはありません。70〜80歳代のお客様たちも昔からの味だと喜んでくれます。 ―――トランス脂肪酸は摂り過ぎると健康に悪影響もあるそうですね。お客様のことを考えてですよね。 浜田 いきなり全ての商品の油脂を変えることはできません。商品によってどの油脂を使うか、現在研究中です。 | |||||||||||||

―――そういった努力の中で、パンの価格は適切だとお考えですか。 浜田 例えば、新商品を160円で販売したいとパートの方に話すと「私なら250円出します」と言ってくれます。でも、この辺りでは高い値付けは難しいものがあります。 地域別の最低賃金制度がありますよね。それによると、都道府県別の時間給は、神奈川県の場合905円なんです。ところが、横須賀市は県内の所得ランクは下から数えたほうが早いくらいだそうです。大都市横浜市の近くではありますが、高い値付けは難しい。 ―――都道府県単位の最低賃金制度は当てはまらないと。 浜田 ええ。だからこそ将来的には、調理パンと菓子パンそれに飲み物の3品をワンコイン(500円)で提供することを目指しています。 ―――ソフトフランスは1日に何回焼き上げますか。 浜田 土曜日は4回。平日も3〜4回です。平日は200個、土日は300個売れます。 ―――ソフトフランスで作った調理パンの売れ行きは。 浜田 このパンで作った調理パンが主流になりつつあります。今は10数種類ですが、今後も種類は増やすつもりです。 ―――その中で1番人気は。 浜田 「フィッシュフライ」です。自家製マヨネーズに刻んだ野菜を入れたタルタルソースがいい味を出していると思います。1日に200個は売れます。 対面方式で客の好みに応える ―――調理パンはカウンターに並べていますね。 浜田 対面キッチン方式なんです。カウンターは並べるスペースが限られますので常に作り立ての状態で提供しようと考えました。「ピーナツを多めに塗って」とか、「揚げたてのフィッシュフライが欲しい」とか、お客様の好みも聞けます。その際には、「5分待ってください」などと伝えて提供します。 ―――従業員の方もたいへんですね。 浜田 店は、完全週休2日制です。パン屋は長時間労働が当たり前と考えている人が多いように思いますが、私はそういう会社にはしたくありません。1日の残業時間も2時間までと決めています。製造担当者は正社員が3人です。それぞれ、休みが重ならないようにしています。ただ、土日は全員出社ですけど。 ―――主な来店客は近所の方ですか。 浜田 パン屋の商圏は500メートルと言いますが、正にその範囲のお客様が70%を占めます。車で来店する方のために10年ほど前から店の前に3台分の駐車場を、また近くの駐車場に7台分を確保しています。 客の反応をパン作りに生かす楽しさ ―――いろいろ配慮されているのですね。今後もソフトフランスを中心に営業を続けるのですか。 浜田 自家製酵母作りにも取り組みたいと考えていますが、今は調理パンの充実を図りたいと思います。ただ、2月からは食パン以外の商品で米粉を使ってみるつもりです。 ―――これからも試行錯誤が続くということですね。 浜田 自分の作った商品が目の前で売れていくんですよ。お客様の反応が直に見えます。それを商品作りや販売方法に反映させる。楽しいですね。 私は、取り組み次第でいくらでも伸びるのがパン屋の仕事だと思います。創業100年を意識したことはありませんが、4月から後継者として、娘むこが製造担当に加わります。まだまだパン屋は続きます。 | |||||||||||||||||||


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