パンは粗熱を取ると味と香りが失われる - ツジ・キカイ山根証社長 & 山根琴江PRディレクター - ブランスリー電子版

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インタビュー/2022年9月号

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パンは粗熱を取ると味と香りが失われる - ツジ・キカイ山根証社長 & 山根琴江PRディレクター
ツジ・キカイの山根証社長と山根琴江PRディレクター
 製パン製菓機械メーカーのツジ・キカイ(本社・埼玉県川越市、山根証社長)は「熱々凍結」と銘打って、焼きたてのパンをブラストチラー&ショックフリーザー(以下、ブラストチラー)に熱々のまま素早く入れて急速に冷やし、そのまま凍結することを提案している。「パンは、粗熱を取っている間に味と香りが失われる」との検証結果に基づき、焼きたての瞬間のパンの味と香りの最大値を維持したまま消費者の口に届けるための活動を行っている。ツジ・キカイの山根証社長と山根琴江PRディレクターに話を聞いた。



「ぱん結び」の通販サイトで、冷凍便で届くムッシュイワンのパンは「熱々凍結」が施されていて、自然解凍だけで焼きたてのおいしさが味わえる
「ぱん結び」の通販サイトで、冷凍便で届くムッシュイワンの「ヴィエノワズリーセット」
熱々凍結をしたクリームパンを自然解凍したもの。表面のツヤやハリ、クラムのしっとり感は、焼きたて以上の状態になるという
味と香りを封じ込める

―――パンが窯から出たらすぐにブラストチラーに入れて急速に冷やし、冷凍することを提案されていますね。
山根証(以下A)
 はい。例えば食パンは、焼き上がってからカットするまでの間に粗熱を取る工程が入りますが、この1時間ほどの間にパンの水分と香りが最も多く失われているということが分かりました。オーブンから出たパンを常温に放置して粗熱を取ることは、パンをおいしく提供するために不可欠だとされていましたが、実際はその反対で、常温で一定の時間をかけて粗熱を取る工程が、パンのおいしさを損なう最も大きな要因だったのです。
―――かなり大胆な指摘ですね。
 比較検証したら実際そうだったのです。パンが焼き上がってパンから熱気が出ているときが、パンの味と香りが大量に奪われる魔の時間帯です。
―――そこでブラストチラーが登場するということですね。
 その通りです。つまり、パンの水分や香りがパンの熱気と一緒に飛んでいってしまう前に、ブラストチラーで急速に温度を下げて止めるわけです。常温で粗熱を取ったパンとブラストチラーで素早く冷やしたパンを比べたら、明らかに後者の方がしっとり感とおいしさの点で勝っています。
―――ブラストチラーで素早く冷やしたパンには、おいしさとしっとり感が封じ込められていて、常温で一定の時間をかけて粗熱を取ったパンにはそれらがあまり残っていないということですね。
 はい、その通りです。
山根琴江(以下K) 「パンは時間をかけてクーリングの工程を通さないとおいしくならない」という常識はこれから変わっていくと思います。
―――パンを急速に冷やしてそのまま冷凍してしまうことを「熱々凍結」と銘打って提案されていますが、それはどういう狙いがあるのですか。
 急冷して焼きたての味と香りが残っている状態のパンをそのまま凍結すれば、解凍するまではその状態が保てるわけですから、パンを最もおいしい状態で食べられる方法だと気づきました。当社のブラストチラー「パティ」シリーズは十数年前から販売していて、例えばジェノワーズを素早く冷やすとおいしくなるとか、プリンは焼いたらすぐに冷やした方がなめらかになり、おいしいとか、雑菌の繁殖を防げるとか、そういったことを提案してきました。ですが、焼きたてのパンをすぐに冷やしてさらに凍結することを提案しはじめたのは数年前からです。それ以前はその価値に私自身、気が付いていなかったのです。
 「熱々凍結」で重要なのは、一定の時間をかけて粗熱を取った後のパンを凍結するのではなく、窯から出てすぐの熱い状態のパンを凍結するということです。同じ冷凍でも意味が全く違いますから。
―――肉や魚の冷凍では、氷の結晶が細胞を壊さないようにするなど、その技術の飽くなき追究が行われていますが、パンの場合はどうですか。
 肉や魚の場合、水が凍りはじめる0℃から完全に凍るマイナス5℃前後までの温度帯を素早く通過させることが品質を保持するために重要と言われています。焼き上がったパンは気泡が多く密度が高くないので、その点は影響を受けにくい。それよりも圧倒的に重要なのが、熱々の状態から常温へ如何にスピーディーに温度を下げるか、そしてその間、冷気を吹き付けるのではなく、熱気を吸い込み乾燥を最小限にして品質を保持することです。「熱々凍結」の価値は、窯から出た直後の最もおいしい状態のパンをその鮮度を保持したまま短時間で凍結できるということです。つまり、粗熱と一緒に味も香りも抜けてしまったパンではなく、窯から出たての味と香りをいつでも食べたい時に味わえることを可能にしたことに大きな価値があるのです。

パンの販売に革命が起こる

―――「熱々凍結」の内容はよく理解できました。この新しい概念を実際にパン屋さんの日々のオペレーションに具体的に落とし込んでいくためのアイデアはありますか。
 まずは、通販です。「熱々凍結」したパンを自宅で注文し自宅で受け取ることができます。「ぱん結び」という多くのパン屋さんが参加する通販サイトがありますが、そこで東京・日野市のムッシュイワンと、兵庫県西宮市のフリアンドは、「熱々凍結」のパンを冷凍便で発送しています。
 今は、パンの通販は冷凍便が多くなってきましたが、多くは粗熱を取って水分と香りが逃げてしまったものを冷凍しているのが現実です。さらに言えば、ベーカリーのシェフの中には、パンを冷凍すること自体に抵抗がある方もいらっしゃるように思います。
 しかし、おそらく10年後には、多くのべーカリーが冷凍便を使った通販でパンを販売するようになっていると思います。
―――店頭での販売についてはいかがですか。
 店売りも、熱々凍結したものを冷凍のまま販売するのが一番いいのですが、まずは、熱々凍結したものを売れ行きを見ながら解凍して店頭に並べるというスタイルからはじめるのもひとつです。「熱々凍結」したパンは、常温で粗熱を取ったパンより老化のスピードが遅いということも感じています。
 先日出展した展示会の時のお話をします。当社は大阪市の洋菓子店「セイイチロウ ニシゾノ」の西園誠一郎シェフにマドレーヌの実演をお願いしました。焼き上がったマドレーヌを2つのグループに分け、一方は常温で冷まして、もう一方は熱々凍結していただきました。展示会が終わって、両方とも5個ずつ常温で自宅に持ち帰ったんです。常温に置いておき1個ずつ毎朝食べ比べると、翌日、2日後、3日後とどんどん味の差が開いていくので驚きました。常温で冷ましたものは、パサパサして口の中の水分を奪われていく感じだったのですが、熱々凍結した方は、数日間常温でもしっとり感がいつまでも続いていました。
―――しかし、やはり理想は熱々凍結したものを冷凍の状態で売ることになるのでしょうか。
 そうですね。店頭で冷凍のまま販売するスタイルをどう仕掛けるかですよね。格好いい冷凍ショーケースを一台置いて、新しいパンの売り方として、お客様に提案しても面白いのではないかと思います。それかバックヤードでパンを冷凍保管しておいて、店には「熱々凍結」をしたパンを自然解凍したものを陳列して、お客様が購入する際に、同じものを冷凍でも用意できる旨を伝えるという売り方も考えられると思います。
 先日、東京の自由が丘にある「キッサ ナナハ」というカフェに行ってきたのですが、そこの看板商品のバターサンドは「熱々凍結」したものをお店で解凍して提供しています。テイクアウト用に注文したところ「冷凍でのお渡しも可能ですがどうされますか」と聞かれたので、冷凍のものを買って帰りました。私としては願ったり、叶ったりでした。



結果的にロスゼロと働き方改革に繋がる
ツジ・キカイのブラストチラー「ツインパティ」上下2室別制御モデル。部屋ごとに温度が変えられる。
ツジ・キカイのブラストチラー「パティ」
消費者はパンを冷凍する

―――神戸市の「ブーランジェリー クスパン」では、焼きたてのバゲットをブラストチラー「パティ」に15分程入れて「熱々凍結」を施し、その後少し解凍してから店頭に並べて販売したら、販売数量が約3倍になったそうですね。
 はい、そうなんです。陳列棚に並べる頃にはほぼ常温にもどっていると思われますが、それでも、従来のやり方で粗熱を取って店頭に並べて放置しておくよりは、味と香りが維持され、日持ちがよくなります。熱々凍結したものは、翌日食べたときに明らかに違います。
 それで十分だといえばそうなのですが、私を含めた多くの消費者はパンを買ってきたら家で冷凍するんですよ。それこそ緩慢冷凍です。もし、「熱々凍結パン」を冷凍のまま買えたら、ましてや冷凍のまま家に届いたら、こんなに嬉しいことはありません。だってそのまま家の冷凍庫に入れておけば、好きな時に解凍して最高の状態のものが食べられるわけですから。
―――「熱々凍結」を導入するメリットはほかにはありますか。
 「熱々凍結」はパンの最高のおいしさを届けるための技術ですが、同時に、計画生産を可能にし、ロスをなくし、その結果、従業員の労働環境を大きく改善することを可能にします。バゲットは火曜日に仕込み、食パンは木曜日に仕込むようにするなどして、同じパンを毎日仕込む必要がなくなります。冷凍のまま販売することでロスがゼロになります。在庫処分のために値引きする必要も全くありません。まとめて仕込んで労働時間を短くすることは、ベーカリーで働く若者を増やすことにも繋がります。おいしさのための技術が、結果的にロスゼロと働き方改革に繋がりました。
―――「熱々凍結」の技術は今後のパン業界を大きく変えるかも知れませんね。
 天動説から地動説に変わったようなコペルニクス的転回がこれから起こっていくと確信しています。このような歴史的瞬間にベーカリー業界で仕事ができるわけですから、こんなに幸せなことはないと思っています。




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