パンで世界を変革したい。南米でパン工場を設立へ - トロパントウキョウの田中真司シェフ - ブランスリー電子版

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レポート/2025年7月号

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パンで世界を変革したい。南米でパン工場を設立へ - トロパントウキョウの田中真司シェフ
田中真司シェフ。1979年、神戸市生まれ。1998年にパンの道に入り、2003年から「デュヌ・ラルテ」で6年間修業し、スーシェフを務めた。2009年7月、東京・池尻大橋に、カフェなどを展開する会社、カップベアラーが出店した「TOLO PAN TOKYO」のシェフに就任。現在は主席研究員も兼ねベーカリープロデュースも行っている
 トロパントウキョウの田中真司シェフは2022年9月から半年間、妻の留美さんと中南米を中心に滞在した。バックパッカーとして訪れたのは、アルゼンチン、ウルグアイ、チリ、ペルー、エクアドル、コロンビア、メキシコ、米国の8カ国。アルゼンチン出身でキューバ革命で活躍した政治家、チェ・ゲバラ氏が持ち合わせていた正義感と、5月13日に逝去したウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領の「幸福とは何か」を追究する哲学に憧れていたことが訪問の理由だという。「世界一貧しい大統領」として有名だったムヒカ氏には実際に会うことができた。田中シェフに旅行の目的、成果などについて語ってもらった。



トロパントウキョウで販売している「チョリパン」(税込750円)。アルゼンチンのソウルフードをアレンジ。ソフトでほんのり甘いパンチュータの生地を使用
同じくトロパントウキョウで販売している「アレキーパサンド」(税込950円)。ペルーのアレキーパ地方で出合ったサンドをアレンジ。バゲットで豚バラ、かぼちゃチップなどを挟んだ商品
半年の休暇を取り南米に向かう

 この旅行の最大の目的は、現地の人の生活向上のために製パン技術を伝授する目的があって、その下見のための訪問でした。パン職人一筋でやってきた僕だからこそ可能で、且つ役に立つことは何かと考え、手探りに近い気持ちでした。もちろん、美味しい「現地メシ」を食べたいという動機もありました。
 18歳からパン職人を目指し、22歳のときに東京・青山の「デュヌ・ラルテ」に入りました。当時のシェフは井出則一さんでした。完璧な製パン理論を会得している伝説的なシェフで、今も崇拝しています。
 井出さんのストイックな姿勢に影響され、僕の軸としては「美味しいパンを作ることこそが一番大事」という信念があります。友人の会社が運営するトロパンのシェフ就任の際も、経営には興味がなく、「パンを探求し、ひたすらパン作りに専念したい」という思いがありました。ひたむきにパンに向き合う毎日のなかで店の人気も定着、評価も高まり多忙な日々を過ごしてきました。そのような折りにふと、井出さんから受け継いだ「自分に厳しく、利他的であるべき」という精神が持ち上がってきて、南米行きを構想するようになっていました。「モノがない地域でパンを作って現地で理論・技術を広め、パンで世界を良い方向に変革していきたい」と考えたからです。同地域はかつて欧州の植民地でした。ある程度の教育基盤が整っていて、パン文化が浸透していることのほか、憧れのムヒカ元大統領の存在も南米を目指した理由です。幸い、トロパンには留守を任せられる二番手が育っていました。そこで半年の休暇をもらい、同店で製造サポートをしている妻と共に旅立ちました。

どうしたら支えになれるかを考える

 起点となったアルゼンチンには、旧知の日系人、リカルドさんがおり、案内をしてくれました。
 まずは、いわゆるスラム街にあるパン屋さんを訪問しました。周囲には失業者、障がい者、孤児などがあふれていて、言葉で表現できないほどの衝撃を受けました。同店でのパン作りも見学したのですが、古い製法で行っているのを見て、改善点を指摘したい衝動に駆られました。しかし、このような厳しい背景のなかでプライドを持って働いている職人にとっては、僕のアドバイスなどはその場しのぎだと感じました。どうしたら貧困の連鎖を断ち切れるのかを見つめ、根本から支えたいと考え、それが今後の大きな課題となりました。
 また奥地の先住民の村を訪ね、同地のパン作りを見学しました。子どもから高齢者まで20人弱が出迎えてくれました。先住民のパンは、全粒粉、小麦粉、コーンフラワーなどを使用し、計量は感覚のみ、庭先にある手製の薪窯で焼く、実に素朴なものでした。一緒にパンを作ったのですが、現地の人は、僕が両手で丸めをすると、見たことがなかったようでびっくりしていました。楽しかったですね。また、別の日にはアンデスの麓にある学校で、子どもたちのために一通りパンを作りました。このような経験を通し、先住民や女性などは特に虐げられているため、仕事を見つけることも困難な状況にあることを知りました。「職業の選択肢として、パン職人に興味を持ってもらいたい」と作業の間、考えていましたね。

ムヒカ元大統領との念願の対面

 この旅では、ウルグアイのムヒカ元大統領に「会いたい」という大きな希望があり、リカルドさんの尽力で、面会が可能となりました。船でウルグアイの首都モンテビデオに到着し、妻と共にムヒカさんの自宅を訪ねたら、なんと本人が出迎えてくれました。庭にある手作りらしい椅子に座って話をし、「ゲバラとムヒカが好きで南米に来た」と通訳してもらいました。するとムヒカさんは「宝物だよ」と、家の奥から古いノートを取り出して見せてくれたのが、ゲバラの日記でした。革命家のゲバラ氏がボリビアに渡る際の偽造パスポートをムヒカさんが手配した折りに、この日記を預かったそうです。憧れの人の自筆、歴史的価値のある物を手に取ることができ、実に素晴らしい体験でした。
 「パンを通じて世界を改革したい」という僕の願いは、ムヒカさんにも伝わり、「もっと、もっと欲を捨てて簡素に生きることができれば、そこに幸せがあるんだ」と、話してくれたことが胸に響きました。

ネットワークで日本と南米と結ぶ

 ペルーでの宿泊先のユースホステルで、偶然出会ったエクアドル在住のディエゴさんが、「家に来ないか」と誘ってくれたので、その言葉を頼りにエクアドルまで訪ねていきました。ディエゴさんはダンサーであり、ダンスの先生なのですが、ボランティアに関心が高く、僕の考えを聞いて賛同し、いろいろと世話を焼いてくれました。実は、訪問した各地のベーカリーと帰国後もつながりを持ちたいと思い、旅の間、ネットワーク作りも行っていました。ディエゴさんにもパン屋さんに案内してもらい、その店とは「職人同士の交換留学ができたらいいね」などと話しました。
 エクアドルはとても気に入り、現在は同地にパン工場を造りたいと考えています。交換留学よりも多数の人に技術が広められるし、雇用も創出できるからです。トロパンでは店頭募金も行い、また本年8月から9月にその予備段階として視察に行く予定となっています。
 そのほかチリ、コロンビア、メキシコと立ち寄った各地で知り合った、現地の人の情に触れて温かい気持ちになりました。偶然がもたらす出会いの素晴らしさを痛感しています。旅を終えて考えたことは、モノがなくても家族で寄り添って生きている彼らの方が「豊か」で「幸福」なのではないかということです。今後も「幸福とは何か」を僕なりに探究していきます。

SHOP DATA
店名:TOLO PAN TOKYO(トロパントウキョウ)
住所:東京都目黒区東山3-14-3 中里ビル1F
電話番号:03−3794−7106
営業時間:午前8時〜午後5時
定休日:火曜
品揃え:約40品目(生地数40種類)
スタッフ:製造常時10人、販売常時5人
日商:平日30〜40万円、土日40〜50万円



南米の多様なパンと食文化
故ムヒカ元大統領を挟んで座る田中シェフと妻の留美さん
大人でも抱えきれないほど大きいアルゼンチンの食パン
ペルー・クスコのメルカドで出合ったパンチュータ
パナデリアやメルカドでパンに出合う

 南米のほぼ全域で、都会には欧州仕込みのパンを扱う高級なブーランジェリーと、昔ながらのパンが揃う「パナデリア」がある。 (「パナデリア」は国によって違う呼び名の場合もある。) また一部の都市には米国西海岸スタイルの最新式のベーカリーも目立つ。当然、パナデリアには現地らしいパンが並んでいる。以下にパナデリアやメルカド(市場)で、田中シェフの印象に残ったパンを紹介する。
 まずアルゼンチンの国民食は、なんといっても「チョリパン」。ソフトで軽い食感のパンに、豚の血入りのチョリソー、刻んだキャベツやレタスを入れて、チミチュリソースをかけたホットドッグタイプのパンだ。チミチュリは、グリルした肉、魚、ゆでた野菜にも添える万能ソースで、アルゼンチンの食事には欠かせない。 
 また同地には縦40センチ、横30センチ、高さ70センチはある巨大な食パン「パン・デ・ミガ」もある。薄くスライスして、チーズ、ハムなどの具材を挟み、小さな四角や三角にカットして提供するそうだ。また三日月形の「メディアルナ」は、甘い菓子パンで、しっとりしていて食べやすく、コーヒーに合う。

パンにおける塩の重要性を伝えたい

 ペルーで田中シェフが楽しみにしていたのは、トロパンでも製造したことがある食事パン「パンチュータ」。田中シェフはガイドブックなどを見て、レシピを想像して作っていたので、「実物を見たときは感激しました」と話す。ところがメルカドで出合ったものは、パンオレの生地のようだったが、食べてみると塩が足りなくて、田中シェフが作る「パンチュータ」の方が断然おいしいと思ったという。
 味だけではなく、雑菌を繁殖させないためにも塩は重要なのだが、そのことが知られていないようで、もどかしく感じたという。そして同国の「アレキーパサンド」は揚げた塩漬け豚肉をスカスカのフランスパンで挟んだもの。
 「『アレキーパサンド』は実に美味しかったですね」(田中シェフ)
 トロパンでは「チョリパン」と、日替わりで「アレキーパサンド」を提供している。今後は南米らしい飲み物として、マテ茶をトロパンや世田谷代田のカフェで提供することも考えているという。



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