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インタビュー/2019年5月号

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リテールならではの「手作り」と「焼きたて」 - 日本パン技術研究所所長 井上好文氏
日本パン技術研究所所長の井上好文氏
東京・江戸川区にある一般社団法人日本パン技術研究所
 繁盛店の話題は絶えないものの、今はベーカリーがいい商品を作り続けるだけでは生き残りが厳しい時代といわれる。そこで、海外の製パン事情にも詳しく、国内の製パン業界全体をバックアップするために技術研究を行う日本パン技術研究所の井上好文所長に、これからのリテールベーカリーに必要なものについて話を聞いた。



すべてのパンを冷蔵発酵法で作り、生地の仕込みは前日のアイドルタイムに行う

リテールならではの合理化

──井上所長は昨今のリテールベーカリーの状況をどう見ていますか。
井上 昨今の日本のベーカリーの課題といえば、深刻な人手不足と製パン業志望者が減っていることです。特にリテールベーカリーは、新製品開発や明日の売上を伸ばすための工夫が目の前にある課題で、それ以外の他のことを考える余裕がないほど忙しいのが実情ではないでしょうか。しかしそんなときこそ、10年後、20年後、自分はパン職人としてどうありたいのか、自分の店はどんな店になっていたいのかを、考えることが重要になります。我々パン技術研究所は、この苦境に対し、合理化を進める事でその大きな課題を乗り越えられると考えます。そして、どうすれば合理化していけるのかを追求しています。若く体力もある製パン職人は、時間を惜しまずに少しでも美味しいパンを作っているでしょう。そういうお店は消費者にとってありがたいし、強い支持を受ける人気店です。私自身もそういうベーカリーのパンが好きです。しかし、私も10年ほど街のベーカリーで働いていたから想像が出来ますが、皆さんは、相当の大変な思いをしてそれをやっているのだと思います。そして、それに見合うだけの収入があるかというと、ないのが実際のところでしょう。ここをどうしていくか、それも我々がリテールベーカリーに協力したいと考えているところです。

独では三分の一が廃業も

──例えば、欧州に手本になるような事例はありますか。
井上 欧州は現在、日本よりずっと厳しい環境に晒されています。ディスカウントスーパーが普及し、リテールの2分の1以下の低価格で高品質なパンを販売するようになっています。新聞には、ドイツの製パン職人は過去5年間でその数が1万人減ったという記事が出ていました。今後5年間で街のベーカリーの3分の1が廃業するという予測もあるようです。ドイツでも、今まで通りのやり方では商売として続かないのです。
 このディスカウントスーパーは、日本ではコンビニエンスストアが近い存在でしょう。コンビニエンスストアは今後、より近いベーカリーの競争相手になると考えられます。
 パン技研は、コンビニエンスストアに製品を納入する製パン会社の指導もリテールの指導もしています。しかしホールセールとリテールが同じことをしたらどちらかがなくなってしまいます。私は、リテールにはリテールの強さを伸ばしていってほしいのです。現在の逆境の欧州で生き残ったリテールが何をしているかといえば、「焼きたてならでは」「手作りならでは」の追求です。やはりここが強調されたパン作りをしています。消費者が倍高い値段でも納得してくれるような高品質、または高付加価値のパンを開発しています。同時に、「焼きたてならでは」「手作りならでは」という原点を少しでも合理的に行うイノベーションをしていくこと、これが進んでいます。
 海外視察に行くパン職人もいますが、その街で焼かれる昔ながらの魅力的なパンだけを見ていてはわからないことも多いしょう。その舞台裏ではすごいイノベーションが進んでいるし、私はそういう舞台裏を見てきています。日本でも同じように合理化とイノベーションを進めていったベーカリーは、10年後も活躍しているでしょう。年齢を重ねて体力が衰えて、それまでのように働けなくなっても、経営が息切れする心配もなくなります。

労働環境が悪いと衰退する

──どういった点にいちばんの合理化の余地を感じていらっしゃいますか。
井上 フランスなどが今そうなっているように、全てのパンを冷蔵発酵法で作り、全ての生地を前日のアイドルタイムに仕込んでしまうことです。例えば、1日6回フランスパンを焼成して出すとしたら、前日のアイドルタイムに1回だけミキサー回して6等分して冷蔵し、当日は6回、分割から繰り返していきます。これを全てのパンについて行います。作業時間が圧縮され、技術が伴えば、美味しさも変わりません。もし、これが可能な技術が身についていたら、より美味しいパンになるよう工夫していく事も出来るようになるでしょう。パン技研はそういった技術をリテールの方々にも身に付けて行ってほしいのです。
 パン技研では、毎年夏に欧州から、パン学校の講師を招聘してセミナーを行っているのですが、昨年のセミナーではスペインのパン学校のフランス人校長を招きました。2日間で約30種類の伝統的なパンや現在流行中のパンが作られ、紹介されました。これだけの数を短期間で製造できるのは、冷蔵発酵法を使っているからです。
 一部冷蔵法を取り入れているベーカリーはすでにありますし、生地玉冷蔵を使っているリテールも多くなっています。それをさらに進めて、全てを冷蔵にし、クオリティーを保つかまたは一層上げ、更に工程が圧縮出来れば、労働時間を減らして休暇を増やしていくことにも繋げられるでしょう。
 美味しいパンを作る職人に私は敬意を持っています。しかしパン作りのためならどんな苦労も厭わないという思いがなければやっていけない職場は、産業にはなっていません。自分とは違う他人を雇ってやっていくベーカリーには、いろんな面で胸を張って「うちで働いて下さい」と言える職場になってほしいのです。そうした産業化が製パン業界を盛り上げます。修業目的で人の集まる人気ベーカリーも多いでしょうけど、一人一人が従業員として満足のいく待遇のある業界になっていけば、大きな変化が生まれます。働く人が幸せを感じながら働いているお店は、お客様にとってもいいお店ですし、ベーカリー業界全体のクオリティーも上がっていくでしょう。
 フランスのリテールの経営者に聞いた話では、年頭に従業員と話をして、一人一人がいつ5週間のバカンス(有給休暇)を取るのかを確認し、一年間のスケジュールを決めるということでした。日本のベーカリーで従業員が5週間の休暇を取ったら経営の成り立たないところがほとんどではないでしょうか。フランスは完全週休2日、労働時間は30数時間と厳しく決まっています。その環境を作るためにも経営者は工夫をしているのです。色んな工夫があるでしょう。パン技研では、その工夫の骨格の部分を日本のリテールベーカリーにも持ってもらいたいと考え、そういったことをお教え出来るようにしています。



理論を使いこなせば可能性が無限に広がる

技術は技能と理論から成る

──技術的にはどのように向上できるのでしょうか。
井上 パン作りは良いと思ったパンを同じように作ることから始まるでしょう。私もそうでした。日本人は、HOW(「どうやって」)を教えるのも教えられるのも得意です。そっくりコピーしてパンを作ることが出来ます。でも、新しいものを作るのはWHY(「何故」)を考える事なのです。パン技研はそこを伝えています。日本の製パン職人は、HOWの修業で充分に体に技能を覚えさせています。現にトップレベルの製パン職人はクープ・デュ・モンドやイバカップで好成績を出しています。伝統的で芸術的なパンも作れる。センスに優れ、消費者の心を掴む製品を生み出せる製パン職人も数多くいます。それだけ高い技能を身につけセンスもあったら、そこに理論を加えてほしいのです。理論を使いこなせるようになれば、もっと色んな工夫ができ、仕事の負担を軽減しながら、原点である「焼きたてならでは」「手作りならでは」のおいしさを追求していけます。
 私は、体で覚えた技能に理論をプラスし、その両方を持つことが技術だと考えます。技能は技術の一部分なのです。修業し、独立して自分の思い通りのパンを作り、様々な環境の変化に対応していくには技術が必要です。そこを学べば次の仕事が変わっていきます。技術は、フィリング、トッピング、パンの形状を多様にする事ではなく、もっとも根本のオリジナルの生地を合理的に作っていくことに役立ちます。
 美味しいパンが作れるようになったとして、それがフランスのとても気泡の少ない噛みごたえの強いパンだとします。でも自分の店で表現したいパンはもう少し軽めに仕上げたいと思ったとき、理論があればそれが出来ます。角形の食パンは比較的きめ立ちが均一で、スーパーやコンビニのパンのふわふわ感と比べると、手作りならではのしこしこした食感が特長だったとします。でも、それを重すぎないようにしたいと考えれば、そのようにコントロールすることも出来ます。
 ハードトーストは「角食」よりももっとモチモチした食感のものを食べてもらいたいならば、もう少し気泡を減らすようにコントロールできます。バゲットを、気泡が少なくて膜の厚いパンにすることや、フランスで流行っている冷蔵法のものより軽くすることなども、理論がわかっていれば、全て出来るのです。理論を利用していけば、全てのパンを、手作りならではの、そして焼きたてならではの、各ベーカリーががイメージする理想の食感のものに焼き上がるようにコントロールできるのです。
 また、一日休みを入れたら冷蔵時間が24時間増えますが、そうすると、気泡がぐんと減ります。そういう時はどうするのかについても、工夫できるようになるのです。
 合理化と理論の二本柱が、昭和24年から約70年間、日本パン技術研究所が大事にしてきた事ですし、各時代に対応し続け、わかりやすく提供してきました。昔の理論のなかった時代と違い、今はそれを手に入れられます。我々は公益法人としてパン業界のために存在しています。我々はホールセールだけ見ているのでなく、リテールのお役にも立ちたいと思っています。次の時代、今の製パン職人の方々の子供の世代には、原点を大切にしつつ「プラスアルファ」を乗せていかねばならないのです。それは理論の部分です。体が重要な第一の土台ですから、体でパン作りを覚えた人が、理論もわかるようになれば、美味しさの面でも合理化の面でも進化する道はたくさんあります。それができれば、次世代のリテールベーカリーはもっと魅力的な職場になっていくことでしょう。

パンの潜在力は無限大

──女性の製パン職人も増えていますが、女性ならではの活躍の道はあるでしょうか。
井上 パン技研の講習コース受講者の2割は女性です。多いときは3割くらいいます。コンテストの審査員をしていても、客観的に見て男性より女性の方がパンへの愛情の強い人が多いように感じます。女性のアイディアからパンへの強い思いを感じるのです。イノベーションによって女性の働きやすい環境づくりもやっていけるでしょう。
──これからのベーカリーの可能性は。
井上 これでいいと思ったらそのままになってしまいます。でもより良いものは永遠に追求できるものです。私はパンの潜在力は無限だと思っています。今はそのごく一部しか顕在化していないのです。やろうと思えばやることは尽きません。パンには他の食品以上の潜在力あると私は考えています。理論を学び、自分の行動に理屈づけをしていくのです。なんで私はこの工程でこの作業をしているのか、それを知るだけでその仕事はもっと楽しくなるものです。そして、理屈を理解した人々がより幸せを感じながら働くようになれば、もっといいお店になり、そのお店で買い物をする人たちも、パンを通して幸せを味わっていけるでしょう。




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