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特集/2018年11月号

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ベーカリーのブランディング - ヴィロン(大研究)
店名:ヴィロン渋谷店
住所:〒135-0004 東京都渋谷区宇田川町33‐8塚田ビル1・2F
電話:03‐5458‐1770
営業時間:午前9時〜午後10時
定休日:なし
品揃え:菓子約50品目、パン約65品目(サンドイッチ類を含む)
スタッフ:製造7人、販売14人、ブラッスリー21人
店舗面積:厨房20坪、売り場12坪、ブラッスリー52坪
月商:約2600万円(ブランジュリーパティスリー部門)



妥協せずつくり込み、深化を続けて維持していく
フランス・パリそのものを感じられるようにつくり込んだ店内。モザイクタイルの装飾や落ち着きのある色調などで、クラシカルな雰囲気が漂う
右は「バゲット・レトロドール」(税抜360円)、左は「レトロドール」の粉をかけて焼き上げた「レトロドール・ファリネ」(税抜360円)
税抜600〜1230円までの価格帯のサンドイッチは、おいしさを第一に厳選された具がたっぷりサンドされている
レジの後ろにはガラス越しで厨房が見え、自家製でおいしく作ることにこだわる同店ならでは、ジャガイモの皮むきなど、食材の下ごしらえをする様子も見える
同店を経営するル・スティルの西川隆博社長
ヴィロンのシェフであり、専務取締役の牛尾則明さん
ブランドを確立してプライスリーダーに

 フランスの製粉会社「VIRON(ヴィロン)」の小麦粉「レトロドール」を独占輸入してパンを作る、東京・渋谷区の「VIRON 渋谷店」。
 パリの食通もうなるバゲットが作れる「レトロドール」は、おいしさを第一にブレンドしている。そのため、毎回灰分や水分量などが一定しない。材料として扱うパン職人にとっては、ブレのある粉で、手強い存在だ。同店は、その「レトロドール」を使った「バゲット・レトロドール」(税抜360円)が看板商品で、1日に400〜500本売り上げている。
 「バゲットと言えば『VIRON』と言っていただけるようになりました。ブランドとして、確立できているということだと思います」
 こう語るのは、同ベーカリーを経営するル・スティルの西川隆博社長。2003年の開業以来、粉のブレをものともせず、安定した品質とおいしさで評判のパンを世に送り出してきた。
 「ブランドと言っても、色々あると思いますが、信用できるいいものの象徴という意味は、すべてに共通していると思います。その中でも、一番おいしい、一番クオリティーが高い、そう思うことができる、とびきりのパンのブランドを作りたかったんです」(西川社長)
 そもそも西川社長には、同店開業に当たって「日本一美味しいバゲットを作りたい」という思いがあり、生産性でホールセールベーカリーにかなわないリテールベーカリーが、労働環境の改善のためにも、価格競争の市場に飲み込まれるのだけは避けたいという思いがあった。そのため、とびきりのブランドをつくり、プライスリーダーとしてパンの価格を上げていく必要があった。
 「現在パンの購入量は、ホールセールが7割以上を占めています。消費者からすると、ホールセールが日常で、リテールが非日常と言えると思います。さらに言うと、当店は、日常になろうとしても、なれないはずです。ですから、非日常使いの店として、ハレ感をいかに演出していくかを考えていかなければなりません。価格ありきで商品を作ろうとすると、ハレ感のあるいいものは作れません。例えば、当店のサンドイッチが税抜600〜1230円という価格なのは、とびきりの具とパンで作った結果です。原価率も低くありません。お客様も、価格にあった中身があるかないかはすぐに見抜きます。また、高すぎると現実離れしてしまいますので、非日常だけど、食べたい時に食べてもらえる程度という価格に設定しています」(西川社長)

ブランドづくりに一切の妥協はない

 「ブランドをつくるとなったとき、まず、認知されるために、分かりやすさが必要だと考えました。そこで、フランスのパンに的を絞ろうと考えました。パンはヨーロッパ各国にありますが、パンの本場はフランスというイメージが強いと思います。それは15年前の当時も、今も変わらないと思います。そして、パン職人にとって、おいしいバゲットを作ることは憧れです。パン好きにとってもバゲットは、その店の味の良し悪しを判断する基準になるアイテムとして重要視されるものだと思います」(西川社長)
 フランスのパンに絞って、パンのブランドをつくり、とびきりのブランドとなるために、西川社長は、憧れと品質の裏付けが必要だと考えた。
 「いつも憧れられて、品質の裏付けがしっかりある、そういうブランドになるには、フランス・パリの『ブーランジェリー、パティスリー、ブラッセリー』を、そのまま持ってこよう、妥協せず、つくり込もうと思いました」(西川社長)
 同店は、建物の1階が売り場と厨房、2階がブラッスリーとなっているが、どの空間も本場フランス・パリが感じられる造りとなっている。
 「パリに当店のオリジナルがある訳ではありません。また、もしあったとして、それを再現しようとすれば、薄まってしまうでしょう。日本人である私が、どれだけ濃くパリを表現できるか、という思いでつくり込みました」(西川社長)
 階段の木製の手すりを支える鉄製の柱一つとってもそうだ。表面を、つるっとしたそのままにしておくのではなく、細かなおうとつのあるざらざらとした加工を施した。来店客の多くは気付かないかも知れない細部にまでこだわりぬいている。
 さらに、フランスの国民性から感じ取ったものを表現した設えもある。
 「ブラッスリーの椅子のシートを、高級感を出そうとしてレザーにするのもいいですが、あえてビニール製にしています。ビニール製だと、食べこぼしがさっと拭き取れるなど、維持管理が簡単で、フランス人はこういう合理的なものが好きです。また、当初接客においては、パリに倣って、最初に水とおしぼりを出していませんでした。今は、お客様からの要望が多く、もれなく水はお出ししていますが」(西川社長)
 こうして妥協しないことでつくり込んだブランドは、維持する努力が必要だ。
 「最初にとびきりのものをつくっても、そのクオリティーを保ち続けていかなければ、ブランドとして成り立ちません。そのために15年間、ほぼ変わらないことをやり続けています。それは、進化ではなく、深化させていくための努力です」(西川社長)



ブランド誕生の裏には、信頼できるパン職人の技があった
看板商品「バゲット・レトロドール」。濃い焼き色と美しいクープの外観が特徴
「バゲット・レトロドール」の内相
テーマカラーの赤で揃えた買い物袋。サンドイッチ用の袋はベージュもあったが、赤が人気だったためベージュは廃止した
情報発信の仕方を変えざるを得ない時代

 同店には、開業当初から現在までホームページがない。
 「お客様には、先入観を持たずに来ていただきたいというのが一番の理由です。パンの香りや味、匂い、温度感を、来ていただいて直接感じ取っていただきたいんです」(西川社長)
 マスコミの取材なども、ほとんど受けずにきた。しかし、昨今のメディア環境の変化には、対応せざるを得なくなったという。
 「ほとんどの人が、スマートホンを持ち歩くようになり、情報量があまりに多い生活になりました。次から次へと情報が入ってきて、行動が情報によって決められるというような時代に、何も発信せずにいると、忘れられて埋没してしまうのではないかという恐れも、少なからず出てきます。最近は、スタッフがSNSで当店の情報発信をするようになりました」(西川社長)
 メディアへの露出の程度や、情報発信の仕方は、この10年間のスマートホンによる環境の変化によって、今後変えていかなければならない課題だ。
 「情報の量が多くて、その伝わるスピードも速く、それに伴い新しい商品もどんどん生まれています。しかし、当店はしっかりつくり込んで深化していきたいと思っています。メディア対策ばかりで、名前が独り歩きしてしまったら本末転倒です。とびきりのブランドであれば、高くても価値があって、遠いけど、わざわざパンを買うために渋谷に来てもらえる店になれるのだと思います」(西川社長)

「日本一美味しいバゲット」が誕生

 同ベーカリーのブランディングで、技術面の総指揮をとったのは、「ヴィロン開業の流れは一般的なベーカリーと違ったかもしれません」と話す専務取締役の牛尾則明さんだ。物件探しに始まり、店を作って品揃えと価格設定を決めて製品開発を行うという一般的な開業の手順は踏まずに、まず起点である「世界一美味しいバゲット」の開発に全精力を費やした。
 西川社長と牛尾さんはバゲットの本場フランスへたびたび出向き、多くの時間を費やし、それぞれ自分達の味覚を頼りに最も美味しいバゲットを探して、食べ歩いた。
 そして理想のモデルであるバゲットに巡り合う。その美味しさの要が「レトロドール」という小麦粉にあるとわかれば、その小麦粉の輸入契約を取り付けてしまう。そして、牛尾さんの製パン技術によって味に磨きを掛けた。
 こうして同ベーカリーの看板商品である「バゲット・レトロドール」が完成した。パリの伝統的なバゲットを、極限までパリそのままの原材料で作るという、一般の消費者にもわかりやすく、画期的な方法で、「日本一美味しいバゲット」が誕生した。開業時の「バゲット・レトロドール」の売価は336円。他店の約1・5倍の価格だ。そしてその価格こそが、このパンの適正価格だった。西川社長の求めた理想である「日本一高いパン」とは、つまり「日本一美味しいパン」の事なのだ。

理想実現の要はパン職人の技術力

 「バゲット・レトロドール」は、それまで日本で作られていた、日本製のフランスパン用粉を使ったフランスパンとは一線を画す、フランス製の小麦粉を使った斬新な製品だ。しかしその分、「レトロドール」の柔らかな生地は、日本の小麦粉の生地のようにパン職人にとって扱いやすく慣れたものではなかった。この最初の難関を乗り越えたのは、やはり牛尾さんの優れた製パン技術の賜だった。フランスの製粉会社との契約も、牛尾さんがレトロドールでフランス人職人も認めるバゲットを作れる事が理由のひとつだったという。
 更に、日本でのレトロドールを使った生地作りにも難関が立ちはだかった。開業日の5日前に、日本での試作品が完成しないという不測の事態に見舞われたのだ。フランスでの試作と同様のレシピで生地を作っても、生地がペーストのように緩み締まらない。牛尾さんは「今年は小麦の出来の悪い年だから、小麦の問題なのか」「日本の梅雨の湿度のためか」などと思いをめぐらせた。しかし、フランスパンの名店、ビゴの店での修業経験も持ち、すでに長い製パン歴を持つ牛尾さんでさえ、当初は原因がわからず解決に苦心した。
 それを解決したのは、シェフ同士の横の繋がりによる情報と、長年の経験によって鍛えられた勘、そして、多くの食べ歩きのひとつひとつを知識として蓄積した牛尾さんの勤勉さだった。既に多額の投資を終えた事業の要となる製品の未完成は、同店の切り札と言われた技術者の牛尾さんにとっても、想像を絶する重圧だったという。
 その解決の糸口は、たまたまシェフ仲間から聞いた「軽井沢の水は軟水で、パンの生地がかたまりづらい」という話だった。そして、フランスの高硬度水「コントレックス」を、パリの食べ歩きで体験した記憶。これらが「バゲット・レトロドール」誕生を阻む窮地を救った。
 東日本の軟水のみではフランス産小麦粉は生地が締まらないこと、そしてそれを解決するための、身近でも手に入る高硬度水「コントレックス」についての知識。現地フランスと同じ硬度の水を使い生地の捏ね上がりを見た牛尾さんはほっと胸をなでおろした。「当店の製法は前日仕込みの冷蔵発酵ですから焼き上がりは翌日ですが、生地の状態で完璧なクオリティーコントロールを確信しました」と牛尾さんは振り返る。
 「バゲット・レトロドール」は遂に日本で完成した。西川社長が整えた夢の新ベーカリーを実現させる最後の要素は、製パン職人の死角のない経験と知識と技術だった。



ブランド長期維持のポイントは、クオリティーコントロール
ブーランジェリーパティスリーとして、パンの隣に菓子も並べる。菓子は、パンと同様に定番のアイテムばかり
トラディショナルなカンパーニュが各種揃っている
人気商品「フーガス・オリーブ」(税込637円)等フーガスもレパートリーがある
壁にかけられた絵もフランスのブラッスリーの姿を伝える
2階のブラッスリーへ続く階段。ブラッスリーとは「居酒屋」に近い意味。メニューもフランスの田舎料理を中心とし、フランスのパンの味わい方を賑やかに楽しめるようになっている
高度な技術力がブランドを作る

 15年前の6月18日、梅雨の季節で、夏日が増え始める、ベーカリーには厳しい時期に、ヴィロンは渋谷に開業した。同店の向かいの東急百貨店には、当時「バゲット・レトロドール」より約15センチ長く、同製品より安価なバゲットが売られていた。「小さいのに高いんだね」などとお客から率直な疑問をぶつけられる事も少なくなかった。
 転機が訪れたのは、渋谷のフランス人を中心とした外国人グループが来店するようになってから。「ここは本物のフランスのブランジュリーだ」「現代フランスにも珍しいフランスらしいバゲットのある店だ」などとフランス人達が話題にした。やがて渋谷の大企業に勤める欧州の美食に馴染んだ層が訪れ、その頃から口コミでヴィロンの評判が広まり、10月に迎えたパンのベストシーズンには、一斉に花開くようにヴィロンの快進撃が始まった。
 「新作はまず作りません。そこに労力を掛けるなら定番製品の品質向上に力を入れます。飲食店に対し、『いつ食べても美味しいね』という誉め言葉がありますよね。それは実は『深化』しているという事なんです。毎日同じ状態の素材が入る事はありえないのに同じ味が出せるのは、クオリティーコントロールを完璧に行えるという技術力の証明なんです」と牛尾さんは話す。
 小麦粉自体が年によって出来の違うものであり、特にフランス産小麦粉は、ロットによって仕上がりに差がある。日本の小麦粉のように製造技術でスペックを合わせて品質を安定させる事はなく、その時々の小麦の挽き具合でバラつきが出るのだ。
 牛尾さんは「パン職人は、袋を開けて即、粉の状態を見た目で判断できなくてはなりません。粉の質感や色で見分けるのです。そして、粉の状態に合わせて生地を作り、いつも通りの品質に仕上がるように完璧にクオリティーコントロールをするので、水準以下の製品がヴィロンの店頭に出る事はないのです」と言う。
 開業から15年間、大量に仕入れる小麦粉の中には、ごく稀ながら、使用に耐えない品質のものがどうしても混じる。そんな時は、自社の倉庫から小麦粉を取り寄せ、基準以上の小麦粉が確保できるまでは、バゲットは作らない。それがヴィロンの考え方だ。「本物」以外は店頭に存在させないのがヴィロンの守り続ける品質なのだ。

いい製品が出来た時に店づくりは始まる

 同店では開業時は50分に1回20本のバゲットを焼き上げていた。現在では50分に1回40本と製造量を増やしている。売れ残りが出れば下げて入れ替えるため、店頭には常に出来たてのパンが並び、客を迎える。メニューはパリのブーランジュリーのように、クロワッサンやシャンピニオンなどの定番品を主とし、パティスリーにはクラシックな菓子を揃えている。
 「いい製品が出来たときに、我々の店作りは始まるんです」と、牛尾さんはいう。
 「どこにも負けないとびきりの製品」が完成し、その製品を販売する店のイメージを固めていく。ぴったりの場所と物件を探す。西川社長と牛尾さんは、「『フランスっぽい』『フランス風』はやめよう。パリの一角からブーランジュリーパティスリーが一店舗そのまま渋谷に現れたようなフランスの店そのものにしよう」と共通の思いを抱いた。
 1階のブランジュリーパティスリーの天井は紺色、2階のブラッスリーは赤といった店のデザインや設備もフランスのスタイルだ。塗装方法といった細部に至るまでそれは貫かれた。店舗のデザインの細部に至るまでフランスの店を再現する徹底ぶりは、徹底した製品の品質の高さと一致している。
 この店は全てが「本物」であるという事実が、ヴィロンの高級感に説得力を持たせているのだ。そして「本物」は、15年の月日にもなお色あせる事のない美味しさと美しさを保っている。
 「店のデザインも本物のフランスと同じにしたのは、この世界観でバゲットをお客様に味わってほしかったからです。私達のパンはヴィロンの『本物』の空間と共にあるのです」(牛尾さん)


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