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特集/2017年7月号

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私はこうやって独立しました


リスクを抑えて自分のパンで勝負するには、店舗を譲り受けて独立するという道がある - ビゴ東京の藤森二郎社長
インタビューに答えてくれたビゴ東京の藤森二郎社長
「ビゴの店鷺沼店」の外観
人気商品の「カヌレ・ド・ボルドー」(税込281円)。フランスの伝統菓子のそのままの味を受け継ぐ一品。
「プロヴァンスオリーブカクテル」など、様々な食材が並ぶ店内。いろいろな食材を置いておくと、それだけで客はパンとの組合わせを思いつき、食を楽しんでくれるという
南仏の伝統的な食材で、にんにく入りのマヨネーズ「アイヨリ」(税込756円)などの珍しいフランス食材が並ぶ
「ゼロからの開業」とは違っていた

──店舗物件をどう選びましたか。
藤森 ビゴの店鷺沼店は、姉の配偶者が所有する不動産ショールームの1階の半分を借りるという形で始まりました。「ショールームへの客寄せになる」という見込みだったようですが、店がすぐ繁盛したため、1階と2階のカフェスペースも全てが店舗となりました。
──厨房と売場の設計施工、テストベイクやスタッフの採用はどのように行いましたか。
藤森 「ドゥース・フランス」開店の経験の応用が効きました。「ビゴの店」というブランドを受け継いでいるので、建築デザイナーなどの業者探しにも困りませんでした。これはそれ以外の開業準備にも共通する点です。
──独立開業での投資額はどのくらいですか。また、資金調達はどうされましたか。
藤森 私は製パン機械を含めて義兄に用立ててもらうことが出来たのです。そういう点で、私の独立はいわゆる「金融機関の融資を受けて、借金を返済しながらのゼロからの開業」とは違っていました。そしてだからこそ、後輩たちの独立にも新しい視点が持てると思っています。
 例えば物件選びは「子供の通学の事も考えて、自分の生活圏内であること」「修業した店と競合しない場所」「人の流れのあるところ」など、成功のためのキーポイントは色々あります。資金調達も、予め信用金庫に口座を持ち、信金店舗の近くにベーカリーを開業すれば金融機関の信頼を得やすいといったノウハウもあります。しかしそれは今やインターネットや開業マニュアルでも得られる知識です。

ベーカリーを、店長としてではなく、経営請負会社の社長として運営

──藤森さんの独立についてのお考えを教えて下さい。
藤森 私が「ビゴの店」ののれん分けという形での独立を選んだのは、「ゼロから始めれば10まで進むのが精一杯だとしたら、5や6から始めれば15まで進めるのでは」という発想からです。開業でもゼロから始めるのではなく、ブランドを受け継ぐことで店作りの土台はすでに出来ているのです。ブランドが出来ているから意識すべき競合店も正確に判別出来、対策も立てやすいでしょう。フィリップ・ビゴという師を持つことで、パン業界以外のパティシエやフレンチの料理人との関わりが出来て、人脈を築けました。それは私のブーランジェとして日本にフランスの食文化を伝え、いい仕事をするための大事な繋がりになりました。
 一方で、これはビゴさんにとってもメリットがあります。私も経営者として実感する事ですが、社員が「社長」という意識を持って働いてくれたら、心強いものです。一店の店長は売上が悪くても、マイナスを自分の負債として背負う事はありません。でも社長にとって店の売上は自分自身の問題です。店や商売に対する真剣味が全く違うのです。
 私はビゴさんのブランドを受け継ぐベーカリーであり、自分の会社の社長になりました。ビゴさんにとっては、「社長として働いてくれる社員」を得たようなものです。
──それは「ビゴの店」以外でも可能な方法でしょうか。
藤森 可能でしょう。多店舗展開しているベーカリーの社員は、一店舗を店長としてではなく、経営の請負会社の社長として任されるという形式の「独立」を考えてみたらいいのです。伸び悩みの言われるリテールベーカリー業界を、最低1千万、多ければ数千万の借金を背負って始めるリスクは高いでしょう。それに比べたら、自分が店長などとして働いてきた店舗を自分の店にして始める独立のリスクは少ないといえます。収入を途切れさせることなく、自分の店を始められます。店の名前はオーナーのものでも、自分の技術で営む店を作るのです。「技術の独立」あるいは、自分の計画通りに店を運営する「システムの独立」です。独立開業資金の調達の難易度は、親が資産家である人や、配偶者の実家から借りられる人などの幸運な境遇の人と、そうでない人との差が大きいといえます。一方、店舗譲渡なら、機械や店など慣れたものを譲り受けられるメリットもあります。オーナーからの借り入れに当たる部分は、毎月の店舗家賃としてオーナーに払い続けて返済とするなど、オーナーと経営請負の社長の間なら資金のやりくり方法は様々あるでしょう。ブランド力のある店を譲り受けて定期的にオーナーにロイヤリティーを支払うという関係が出来ると、オーナーにも有益です。
 これはベーカリーの後継者問題の解決策にもなります。オーナーにとっては、血縁の跡継ぎを立てる以外にも、有望な社員に店を譲るという選択肢が生まれます。息子や娘が必ずしもパン職人になるとは限りません。ベーカリーを継がせる社員に店を売却する形を取れば、資産を子供達に残す事も出来ます。

自分という「社長」が、会社と取引している

──どういった人材が店舗を譲り受ける独立に適しているでしょうか。
藤森 社員の頃から「自分は自分自身の経営者」という意識を持って働く人ですね。自分という「社長」が、会社と取引していると考えて働くんです。特に独立を決意して勤め先を辞めるとなると、勤め先の仕事がおろそかになる人は珍しくありません。オーナーの「もう一カ月勤めてほしい」という頼みを断ったり、辞めた後店がどうなっても関係ないと後ろ足で砂を掛けるように退職して独立する人もいます。でもそれは遅かれ早かれ自分自身に返って来るものです。経営者意識があればそういう振る舞いにはなりません。辞めようと決めてから辞めるまでに会社に貢献することで自分自身をどう育てるかが、経営者としての大事な一歩です。つまり「マインド」が経営者的であるということです。そういう人が独立に向きます。

藤森氏の略歴
1956年、東京・目黒区出身。パティスリーを経て、フィリップ・ビゴ氏に弟子入りし、パン職人へ転身。1984年、「ビゴの店」東京進出一号店の銀座「ドゥース・フランス」のシェフ兼支配人。1989年、フィリップ・ビゴ氏から、のれん分けを認められ独立。同年、ビゴ東京を設立し、「ビゴの店」鷺沼店をオープン。以降、5店舗のオーナーシェフとなる。2006年、フランス共和国より、農事功労章シュバリエを受章。パティシエ達とのガレットデロワ協会設立や、フランス産小麦のバゲットコンクール開催など実績多数。



独立開業は思った通りにはいかないものだが、培った経験値が様々な困難の克服に役立った - ブーランジュリー オーヴェルニュの井上克也オーナーシェフ
ブーランジュリー オーヴェルニュの井上克也オーナーシェフ
「ブーランジュリー オーヴェルニュ」の外観
オーヴェルニュの照明。小物まで気を配り、店舗の高級感やデザイン性の高さは保たれる
「ドライフルーツと木の実のタルト」(税込184円)。洋菓子のような高級な味わいのドライフルーツが盛り込まれた菓子パン
開業以来のヒット商品「ル マタン」(右)(税込206円)
店舗物件選びには、絶対に妥協は許されない

──店舗物件をどう選びましたか。
井上 出身地の葛飾区で開業しました。当初、「製造は自分一人で出来る店」を想定し15坪〜20坪の場所を探し、数十件という物件を見学しました。立地を含め物件はベーカリーが成功するか否かの大きな要素です。理想通りの物件が見つかるまで探す事がベストですが、現実的にそうは出来ないケースが多いと聞きます。場所が空かない、場所がよくても面積が足りない、その逆といったケースは珍しくありません。私も1号店開業で、3カ月間毎日のように物件を見たが、希望通りと言えない選択肢が多いと、どこを選ぶのが正解なのか迷いが生じました。しかし、そこで流されて決めてしまうと、後で大きな痛手になりかねません。
私は最後に、駅前の賑やかな場所と現在の住宅街の大通りの二択に絞りました。そして、自分の性に合う「落ち着いて自分のパンが作れる場所」を選びました。開業2カ月後には製造スタッフを増やすほど店が繁盛し、今は店を30坪まで拡張しています。店の開業も経営も最初の想定通りには行かないものです。難しい点ですが、物件選びは是非妥協せずにしたいものです。
──厨房と売場の設計施工はどのように行いましたか。
井上 物件が決まると、敷地が正方形なのか長方形なのかで売場と厨房の割付も決まり、ミキサーの場所、オーブンの場所といった作業導線も自然に出来るので、私は概ね自分で行いました。私は修業中にチーフ経験があり、ベーカリーの厨房も売場もどう作ればいいか自分で決めています。一人のスタッフが店全体の仕事に関わる個人経営のベーカリーで働けば、それは出来るようになるでしょう。
店の建築デザイナーは機械屋さんに紹介を受けました。自分のイメージする店の写真を見せながら、何度も打ち合わせして今のデザインになっています。良かったのは、照明や電球の形状など、当時知らなかった小物もいいものを教えてくれた事です。2号店はイタリア風で1号店とテーマが違うのですが、椅子もデザイナーがいいものを教えてくれました。

スタッフの採用はすべて知人の紹介で行った

──開業のためのテストベイクやパート採用はどのように行いましたか。
井上 店舗の施工が終わってから開業まで1カ月しかなかったので、自分の店でのテストベイクまで手が回らなかったのが実際です。ただ、それまで独立に向けて準備をしていたので、事前に自分の商品はいくつかありましたから、新店でも思った通りの焼き上がりになりました。
パートさんは知人の紹介で販売スタッフを開業のために8人採用しました。販売教育には1カ月くらい掛かります。実感として、求人を出してもあまり人は来ません。紹介で来てくれる人の方が確実で、働きもしっかりしてくれます。2カ月後に急遽採用する事になった製造スタッフも紹介です。
──独立開業での投資額はどのくらいですか。また、資金調達はどうされましたか。
井上 1号店は施工、内装、機械購入などで約2000万円掛かりました。私は開店が11月で、直前の9月まで修業先で働いていたので、収入のない期間がほとんどありませんでした。機械も中古が手に入ればいいですが、タイミングが合わないと新品を購入する事になります。店舗は借りているので開業前から家賃が発生します。開業前に採用すれば人件費も発生します。働きながらの独立準備は大変ですが、借りて賄うより自己資金があるに越した事はありません。私は区役所に開業資金の相談に行き、区の融資窓口からと国の金融公庫から融資を受けました。現在は私の頃より融資を受けるハードルが高く、経歴もチェック対象ですから、転職は少ない方がいいし、修業時代の実績も判断材料になると聞きます。

 記者の目 開業から売上好調で順風満帆のブーランジュリー オーヴェルニュ。宣伝は「お店の窓に開業を知らせるポスターのみ」にもかかわらず、開店から連日の行列が続く繁盛だったという。「地域のリピーターに支えられています」と語る井上さんの日頃の心掛けは「飽きられない工夫」だ。オーヴェルニュでは毎月5〜10品の新商品を出す事を大事にしている。常に新しいレシピの開発に余念がない。主に参考にしているのは、洋菓子店のショーケースで売られるケーキ。自身も甘党の井上さんは、ケーキから「色合い」「味の組み合わせ」などのインスピレーションを得て、「自分ならこうしよう」という工夫を考え続けている。
 「独立後は、勉強する時間はありません」と井上さん。井上さんは「レシピのバリエーション」を重要視する。「焼き菓子、ドイツパン、調理パンと作れるものが多ければ、ある人気商品が売れなくなった時も他のもので巻き返せる。得意なものがひとつふたつでは、それが売れなくなった時に打つ手がない」。井上さんは独立前に講習会への積極参加やコンテストへの挑戦を勧める。「当店では講習会に参加したスタッフには、必ず一品私に提出してもらっています。習っても作らないと身に付かないし忘れてしまう。提出品は自己アレンジしたものでも構わない。いいものなら商品化して販売できます」と井上さん。
 今後の展望について、「2つの店にじっくり手を掛けて続けて行きたい。人に任せて店を増やすよりも、自分の手の行き届くベーカリーを大切にすること」と井上さん。地域を愛し、地域のリピーターを大事にする同店らしい展望だ。

井上氏の略歴
1968年、東京都葛飾区出身。中村屋「ファリーヌ」、ビゴの店、ドンク「ジョアン」チーフ勤務を経て、2003年11月「ブーランジェリーオーヴェルニュ」を開業し独立。2014年2月、ナポリピッツァの食べられるベーカリーカフェ「ラ タヴォラ ディ オーヴェルニュ」を開店。ドンク在勤中の1998年より各ベーカリーコンテストに参加。日本屈指の受賞歴を持つ。



理想と現実のいいバランスがとれたとき、肩の力が抜けて、新しい個性が生まれた - プティリッシュの島田淳一オーナーシェフ
「プティリッシュ」の島田淳一オーナーシェフ
埼玉県さいたま市のベーカリー「プティリッシュ」の外観。JR南浦和駅から徒歩5分ほどの場所にある
「プティリッシュ」の売場の様子
厨房は製造2人体制で10坪と広めにとっている
JR南浦和駅の駅前の様子。埼玉県内では最も地価の高いエリアの一つだ
菓子パン類は「あんぱん」「クリームパン」など幅広く揃えている
居住地近くで探した物件。賃料が手頃だったのが決め手

 埼玉県さいたま市のベーカリー「プティリッシュ」は、住宅街の大通り沿いに佇む真っ赤な看板や店の前のベンチが印象的な店だ。JR南浦和駅から徒歩5分ほどの場所にある。
 「この物件は東向きなので正面側は全面ガラス張りにしました。日差しを取り入れながら店内を明るく見せる事ができるので気に入っています」とオーナーシェフの島田淳一さん(42歳)は話す。
 島田さんは2010年5月に同店をオープンし独立を果たした。独立するに当たっては、出店地を居住地近くの南浦和駅近辺と定め1カ月位不動産を巡ったという。5つ位候補があった中でここを選んだ。物件は賃貸。南浦和駅前は埼玉県内では最も地価の高いエリアの一つだが、駅から5分の場所の割には14坪で月17万円と比較的手頃な価格だったことが決め手となった。
 周囲には競合となりうるベーカリーも何店かあり、厳しい環境とも言われたという。「当時はちょうど子供が小学校に上がる頃だったので引越しはしたくありませんでした。そのためどうしても居住地近くの南浦和近辺で探したかったのです」(島田さん)。

「ちょっと贅沢で敷居が高すぎない店」を作りたかった

 もともと埼玉県桶川市出身の島田さんは大学を卒業後、ものづくりに携わりたいと東京製菓学校で技術を学び、「ビゴ東京」に入社。以降、銀座の店で経験を積みながら、いずれ自分の店を持ちたいと研鑽に励んできたが、様々な条件が揃い、ようやく念願の独立となったのは業界入りしてから12年後の事だった。
 仏語で「ちょっと贅沢」の意味の店名「プティリッシュ」は、ビゴ時代、初めて仏・パリへ行った際に社長と入った現地のビストロ店の名前からとったが、同時に島田さんの「日常の中でもちょっとだけ贅沢なものを食べて幸せな気分になってもらいたい」という思いも込めた。独立を考えた時に、まず島田さんがビジョンとして想像したのは、ビゴで身につけた技術を生かしたハード系のパンを出せる店でありながら、あんパンやクリームパンといった幅広い年代に馴染みのある商品も出す店の姿で、「ちょっと贅沢だが、敷居は高すぎない日常使いで来てもらえるような店」を目指したかった。
 また島田さんはずっと職人であり続けたい気持ちが強く、独立に当たって「なるべく自分一人が中心でパンを作れる位の大き過ぎない規模で店を運営していきたい」といった気持ちがあったという。そのため、オープン時は島田さんの両親や島田さんの妻の両親など身内だけで販売業務を行ったが、予想以上の来店客を前にレジが立ち行かなくなり、結局、販売スタッフのみ急遽パートで募集。人生経験豊富な熟年女性を中心に採用し、接客の面でフルに力を発揮してもらった。
 開店から7年経った現在はビゴ時代の同僚を一人社員として雇い、製造に携わってもらっているが、販売はパートスタッフを5人ほど揃えている。

約1500万円を出世払いで妻に投資してもらう

 独立に当たって島田さんはおよそ1500万円の資金を用意したという。資金のうち、内装工事の費用が528万円。冷蔵庫やガスコンロなどの器具が119万円。オーブンやドウコン、ミキサーなどの調理器具が500万円。家賃17万円の物件の敷金礼金など10カ月分。その他テストベイクの材料費や細かな雑費などもあり、全て合わせて1500万円位かかったが、融資は受けず、代わりに島田さんの妻が島田さんの力を見込んで全額支払ってくれたそうだ。
 高校時代からの付き合いという島田さんの妻はベーカリー業界とは無縁の会社員だったが、ずっと働いて貯金した蓄財を捻出してくれた。「出世払いで投資してもらったという感じですね」(島田さん)。
 物件が決まってからは業者と相談しながら工事を進め、赤い色と木目調をキーワードに外観・内装をデザインした。赤は飲食関係の店としては取り入れたい活気のある色だったという。売り場は木目調にして落ち着いた雰囲気でまとめた。

できる事を見極めながら今の状態を持続したい

 オープンから7年が経ち、同店の現在の売り上げは月額350〜400万円ほど。そのうち家賃や材料費、社員やパートスタッフなどの人件費(島田さんの給料は除く)、雑費といった経費が毎月250万円近くかかるので、残りの利益は約100万〜150万円位の事が多い。売り上げはある時点を境に大きな変動はなくなり、最近は安定しているそうだ。ただ今後について島田さんは大きな変化を望んでいるわけではなく、今の状態を持続していく事が大切と考えているという。
 今の状態で毎日来てくれる常連客がいる中で地域の店として安定して愛されていくためにも、肩の力を抜いていきたいという。
 「できる事を見極めていきたいですね。こだわりを持ち過ぎず、理想を落とす事も必要な気がします。勿論どうしても譲れない部分は全力を尽くして守っていきますが」(島田さん)

Shop Data
店名:プティリッシュ
住所:埼玉県さいたま市南区文蔵2−1−4 ロイヤルコーポラスE号室
電話:048−866−3500
営業時間:午前10時〜午後7時
定休日:月曜、第1日曜
品揃え:約100品目
スタッフ:製造2人、販売2人
店舗面積:厨房10坪、売り場4坪
日商:平日13〜14万円、土日22〜24万円



国産小麦使用で、塩麹を配合した「古代パン」(税込200円)
フランス産小麦使用の「スペシャルバケット」(左、税込290円)と「バケットカンパーニュノア」(税込310円)

住宅街の中にあり、すぐ近くに公園があり、適度に人通りがあって、駅からも徒歩圏内 - ラパンラパンの宮本康晴オーナーシェフ
「ラパンラパン」の宮本康晴オーナー
東京・足立区綾瀬のベーカリー「ラパンラパン」。「うさぎのパン屋」という意味の店名。扉の横に描かれたシンボルマークのうさぎが可愛らしい
白と赤を基調としたポップで
可愛らしいデザインの店内
陳列台には、様々なハード系のパンが並ぶ
店内各所にうさぎ関連のものがある
靴一足がぼろぼろになるまで歩き回って見つけた物件

 東京・足立区綾瀬のベーカリー「ラパンラパン」のオーナーシェフの宮本康晴さん(41)は、20歳で業界入りして以来15年経った2011年の8月に同店をオープンし独立した。
 同店はJR綾瀬駅から徒歩5分ほどの住宅街の中にある。店の前の通りには駅に向かう人達や、すぐ傍にある中学へ向かう子供達などが頻繁に行き交う姿がみられる。近くには東綾瀬公園があり、公園を訪れる人達が途中で同店のパンを買って持っていく事も多いという。フランス語で「うさぎのパン屋」という意味の店名は、うさぎ年生まれの宮本さんが、うさぎ年だった2011年にオープンした事から名付けた。
 実は開業前、宮本さんの物件探しは、東日本大震災の影響を受けている。初め葛飾区亀有エリアでのある物件で決まりかけていたが、震災の数日後に不動産から「震災で将来の見通しがつかないから」と言われ白紙にされてしまったという。
 「しかし落ち込んでばかりもいられませんでした」
 宮本さんは当時をこう振り返る。すぐに毎日新しい物件を探し回る日々が始まり、良い物件がなければエリアをどんどん広げていった。靴一足がぼろぼろになるまで歩き回ったという。
 結局、近くに公園があり、住宅街の中にあるが適度に人通りがあり駅からも徒歩圏内の近さという現在の物件に決まったのは、2011年の6月の事だ。以前イタリアンのレストランとして使われていた事がある場所だったため、水道管の工事費用が抑えられる点も良かった。公園にこだわったのはイートインがない店を予定していたので、客が。購入したパンを公園のベンチで食べられればと考えたからという。

の審査で伝えたハード系への熱い想い

 宮本さんは東京製菓学校を卒業後、東京・中目黒の「ナイーフ」、墨田区の「亀屋」が運営するベーカリー、そして「ジョエル・ロブション」などで研鑽を積んできた。「ナイーフ」ではハード系のパンの魅力を知り、「亀屋」のベーカリーではソフト系のパンの技術と合わせて、店舗運営のノウハウを学んだという。
 そうした経験の中で宮本さんは独立のため自己資金700万円を用意、また加えて地元の信用金庫で1000万円の融資を受けた。実家の家業で付き合いがあり、また自分も高校時代から定期預金をするなどでつながりがあった信用金庫で色々と相談しやすく、おかげで独立資金の合計1700万円を集める事ができた。
 そのうち、物件は賃貸で月額18万円の場所の敷金・礼金で100万円、内外装工事費は水道管が既設されていたため400万円未満で抑えられたが、機械・道具類は、思い切ってミキサー以外は新品を揃えたため1000万円位と高めになり、残り約200万円以上が運転資金やテストベイクの費用となった。
 融資の審査のための計画書作成に当たっては、「亀屋」で店舗運営を学んだ事や「ジョエル・ロブション」にいた事などをアピールしながら、「本格的なハード系のパンをこの地域で広めたい」という目的を伝えた。地域の特性としてはソフト系のパンの需要が高いところだが、「地域の住民にとって無理のない価格でハード系を提供する事で、老若男女問わず広くその魅力を知ってもらいたい」と熱意を必死で伝えたという。
 物件が決まった後は、内装は業者と相談しながら進めたが、シンボルマークのうさぎは宮本さんがデザイン。
 正面が西向きで西日が多く差すため窓を大きくとれなかったという難点は、売場手前に色鮮やかな季節の果実を取り入れたデニッシュを並べて明るく見せるなどの工夫を施して対応。内装は白と赤を基調としたポップで可愛らしいデザインでまとめた。
 またパートスタッフは物件の工事中から募集。宮本さんと「亀屋」にいた頃の元同僚とパートスタッフの計3人体制で臨んだが、初めのオープン時は多くの友人・知人も手伝いに駆けつけてくれた。「人とのつながりに感謝しましたね」(宮本さん)。 

資金、技術、自信が揃った時が独立の絶好のタイミング

 オープンから6年が経ち現在同店は、当初の狙い通りこの地域でもハード系のパンが食べられる店として草分け的存在になりつつある。ハード系群だけで当時の2倍位まで売り上げは伸びている。カンパーニュ群の商品で季節に合わせた果実を取り入れるなど興味を惹きつける工夫も取り入れ、合わせてソフト系も適度にバランス良く出し、地域住民の需要に応えられるような努力も行ってきた。
 実は宮本さんは、この場所からそう遠くない東京・墨田区の東向島の出身。実家は東京の下町で作業服などを販売する個人商店で、独立し自分の店を持つという事は、宮本さんにとって特別な事ではなく身近に感じられる自然な事だったという。
 「今から独立したいという人に言えることは、まず迷いがあるくらいなら止めた方が良いということです。自分にとって必然的な自然な流れで独立という事でないと」(宮本さん)
 宮本さんが15年の修行期間を経て独立したのは、15年かかったというより、独立に必要な資金、技術、自信が揃うタイミングが訪れたのが、たまたまその時だったからだという。
 「もっと短い期間で独立する人も、もっと長い期間を経て独立する人もいますが、どれくらい長く修業してからというより、自分にとって良いタイミングであるかどうかが大切だと思います」(宮本さん)

Shop Data
店名:ラパンラパン
住所:東京都足立区綾瀬3−26−2
電話:03−5856−0984
営業時間:午前7時30分〜午後7時30分
定休日:水曜、木曜
品揃え:約80品目
スタッフ:製造2人、販売1人(土日は製造2人、販売2人)
店舗面積:厨房11坪、売り場7坪
日商:13万〜15万円


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