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| 特集／2024年7月号 |
2023年11月18日から、発行から１年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
| 幾何学的な縞模様が醸し出す造形美が、ＳＮＳで大きな注目を集める - パンスイス特集
クロワッサンの折り込み生地をひも状にカットしたものをクロワッサンのシート生地の上に何本も並べて全体をのばすことで、焼き上がった製品の表面に幾何学的な縞模様が刻まれたように見えるパンスイス。様々な「進化系クロワッサン」がブームとして台頭する中で、強いインパクトを与える造形美を持った商品として、日本でも２０２２年の秋頃から注目を集めるようになった。今回は、日本でのブームの初期からパンスイスを作り始め、ひときわ情熱を注ぎ込んでパンスイスの開発・製造に取り組んできた３店のベーカリーを取材。ブームの実態を改めて考察してみた。
パンスイスは、もともとフランスにあった「ペピット・ド・ショコラ」と呼ばれるプリオッシュ生地のヴィエノワズリーをクロワッサン生地で作り替えたものとされている。 今から３年前の２０２１年頃、著名で影響力の大きいフランスのパティシエ、セドリック・グロレ氏がクロワッサン生地を応用してパンスイスを作り、その造形美をＳＮＳ動画などで積極的に発信。やがて、グロレ氏がパンスイスを作る風景の動画や彼の著書に影響を受けるパン職人が日本でも現れ、２０２２年頃からは、独自にレシピを考えるなどしてパンスイスを作る者が日本のベーカリーでも増えていったと見られている。 |
| ５日間かけて作るパンスイスは、確かな技術と素材で品質を追求 - ブーランジェリー エス・イガラシ | ||||||||||||||||
「パンスイスは商品として店の顔になってきていると感じています。だから今後もしっかり育てていきたいですね」と東京・江東区木場のベーカリー「ブーランジェリー エス・イガラシ」のオーナーシェフ、五十嵐聡太さんは話す。 同店は福岡県北九州市で営業していた「マイニチパン」を、２０２１年12月に現在の場所に移転し、「ブーランジェリー エス・イガラシ」と名前を変えリニューアルオープンしたベーカリー。看板商品の「クロワッサン」（税込３４５円）のほか、エスカルゴや、クロワッサンとマフィンのハイブリッド製品のクロフィンなど、折り込み生地から作る製品の数々が注目を集め人気店となったが、昨年からは５日間かけてしっかりと作り込んだ「パン・スイス」（税込４８６円）が注目を集めるようになった。 「もともと単純にパンが好きだったんですよね。こんなパンがあれば食べてみたいなと思うようになって、自分が食べたいと思ったものを作りたくてパン職人になったという感じですね」（五十嵐さん） 新しいパンを開発する時は、ベーカリーではなくフレンチやイタリアンのなどの店で目にしたものがヒントになることが多いという。 パンスイスは、一昨年の２０２２年頃に海外のユーチューブの動画を見て強く興味をもち、食べたくて作ってみたい気持ちが強くなった。 正確なレシピを教わったわけではない。はじめは表面の縞模様の作り方がわからなかったが、動画を見ているうちに折り込み生地を縦に細くカットして、それらを残った折り込みシート生地の上に隙間なく並べて、全体を綿棒で延ばして広げていくという方法がわかったので、その方法で成形。味は想像力に頼ったが、こだわりのある自家製でミルク感が強めのパティシエールとオーガニックチョコレートを挟むことで、外側のパリパリ感と融合するしっかりした品質のものを作り上げた。 | ||||||||||||||||
パンスイスの表面の幾何学的な縞模様は、細長く切ったクロワッサンの生地を、その断面が見えるように並べて延ばしたものを焼成することによってできるが、これを綺麗に出すためには、工程の途中で生地を何度も休ませる必要があるという。 層の数は少なめで4つ折り3回の12層だ。まず生地を仕込んだあと次の日までオーバーナイトで休ませ、さらに生地にバターを織り込む２日目の作業の後も翌日まで長時間休ませる。細長く切ったクロワッサンの生地を、クロワッサンのシート生地の上に隙間なく並べて延ばす作業は3日目に行い、再び翌日まで休ませる。４日目には、再度伸ばして完成させた生地でパティシエールなどのフィリングを包んで整形し、さらに次の日まで休ませる。そして焼成作業は５日目に行う。実に５日の手間をかけて完成するのが、同ベーカリーのパンスイスなのだ。同店では一番人気の看板商品であるクロワッサンも４日かけて作る。 同店は、７月中旬から折り込み生地から作る商品に特化した２号店を、東京・墨田区に出店する予定。そのためパンスイスで培った技術も生かしながら、デニッシュ系やクロワッサン系の商品の充実化を図っていく。 もともと同店ではクロワッサンやパンスイスのみならずデニッシュのエスカルゴや、クロワッサン生地をマフィンのような形に成形したクロフィンなど、折り込み生地から作る商品に力を入れてきた。ただいわゆる「進化系クロワッサン」を意識して商品化をしてきたわけではないという。 「自分で食べたいと思う折り込み生地の商品の幅を広げたいという想いは強いですね。今はそれらの商品を作るのに生じた色々な疑問を解決しようと考えるのが楽しくて仕方がありません」（五十嵐さん） パンスイスのような造形美あふれる高付加価値の商品は、原料高にともなって不可欠な値上げをスムーズに行うためにも重要だと、五十嵐さんは考えている。 「商品の付加価値を訴求したいのであれば、見た目でアピールする努力も必要です。価値ある商品が並んでいる売り場だとお客様に感じてもらうためには、売り場に華を添えるパンスイスのような造形美がある商品が一役買ってくれると思いますね」（五十嵐さん） SHOP DATA 店名：ブーランジェリー エス・イガラシ 住所：〒１３５-００４２ 東京都江東区木場３丁目８−１０ 電話：０３−６８２６−９９５５ 営業時間：午前10時〜午後３時 定休日：なし 品揃え：約40品目（季節によって30種類程度入れ変わる） スタッフ：製造常時２人、販売常時２人 店舗面積：売場３坪、厨房９坪 日商：平日20万円、土日祝日30万円 | ||||||||||||||||
| ラインナップを拡大して、華やかさを演出し、日本でのブームを牽引 - モンノン | |||||||||||||||||||
「新店の商品開発を担当することになり、何か看板商品になるものがないか探していたのですが、パンスイスはパンとお菓子が融合した魅力溢れる商品で、自由が丘の街のイメージに合わせていく上でも良いと思いました」と話すのは東京・目黒区自由が丘のベーカリー「モンノン」のシェフ・ブーランジェ、保立雄大さん。 同店は、２０２２年９月にオープンすると同時にパンスイスを思い切って同店の一番の看板商品として積極的に盛り上げ、シリーズ化して、バリエーションを拡大。 各方面のメディアからも注目を集めたことで、昨年から起こった日本のパンスイスブームの牽引役としての役割を果たすこととなった。 保立さんはパンスイスの開発に当たって、海外の動画を参考にしながら、味を日本人向けのものに変えた。当初は今よりもっと大きく形も正方形に近かったが、買い手の声を聞きながら、今の形に進化させていった。 「見た目はインスタ映えを考えて特に気にしましたね。縞模様の線ははっきり綺麗に見えるよう、生地の折り込み回数は少なめの３つ折り４回の12層にし、動画に出ていたものより線の１本１本が太く見えるよう成形しました」（保立さん） また技術的な課題として、製造に携わるスタッフの間で見た目と味にブレがないようにしなくてはならなかった。そのためある程度経験のあるスタッフを採用し、極力丁寧に作業してもらうようにした。 「作る上で苦労するのは、生地を薄く切り取ったものをもとの生地の表面に並べて、全体をのばす際に、一度伸ばすとやり直しがきかないことです。さらにその日の温度と湿度によって生地ののび方が変わってくるので、それをある程度見越した上で生地作りをしなくてはなりません。そうしないと、綺麗で統一性のある製品ができません」（保立さん） | |||||||||||||||||||
現在同店のパンスイスはプレーンタイプの「パンスイス」（税込４５０円）、抹茶カスタードと大納言を入れた「パンスイス抹茶」（税込４８０円）、練乳入りカスタードクリームと苺チョコを挟んだ「パンスイスベリー」（税込４８０円）の各商品のほか、季節や期間を限定した２〜３品目の商品を常に併せて展開している。取材した５月末は「パンスイスココパイン」（税込４８０円）や「パンスイスレモン」（税込４８０円）、「パンスイスずんだ」（税込４８０円）などを、季節や期間を限定した商品として展開していた。 同店のパンスイスは鮮やかな焼き色でパリッと焼けた外皮と合わせて、側面からのぞく色とりどりの具材が売り場を華やかなものにしている。大きさはやや小ぶりだが、自由が丘という土地柄、ほとんどが女性客であるため、それがちょうど良いサイズになっている。 パンスイスの生地は２日かけて作るが、途中で２〜３回ほど休ませながら丁寧に作り上げる。中でも表面の縞模様を作るために、細くカットしたクロワッサン生地を隙間なく貼り付けてのばしていく作業は丁寧に真剣に行う必要があり、手を抜くことができない。 製造は常時４人体制だが、そのうちパンスイスの製造に携わるのは常時３人。夏など閑散期はまだいいが、秋から冬にかけての繁忙期は厳しいので、できれば人員を増やしていきたいという。取材した日はパンスイスは１人５個までの限定で販売されていた。１日に何回か焼くので、そのタイミングで来店した客は買えるが、売り切れてしまうのも早い。そのため来店客には、スマホアプリで商品を予約し取り置きできるサービスをすすめることもある。 「今後はブームとは関係のない定番商品として定着させていきたいので、まめに季節商品を出すなどして、飽きられない息の長い商品にしていきたいですね」（保立さん） 一方で、パンスイスの専門店ではないので、パンスイス以外の商品もパン、菓子ともに力を入れていきたいという。同店ではシュークリームやケーキなどの一部商品で、オーダーを受けてから生クリームを搾るサービスを行っている。「『作りたて、搾りたて、焼きたて』が当店のコンセプトです。お客様がいつ来てもおいしい状態でパンや菓子を提供できるよう、これからも尽力していきたいですね」（保立さん） SHOP DATA 店名：モンノン 住所：〒１５２-００３５ 東京都目黒区自由が丘１丁目24−16 電話：０３−５７２６−９０４３ 営業時間：午前９時〜午後６時 定休日：水曜 品揃え：パン約50品目、菓子約50品目 スタッフ：製造常時４人（うち菓子担当１人含む）、販売常時２人 店舗面積：全体面積18.9坪 | ||||||||||||||||
| 折り込み生地の商品は、週末に人気のパンスイスのほかにも幅広く展開 - ラシーヌ ブレッド アンド サラダ | |||||||||||||||||||
東京・豊島区南池袋のベーカリー「ラシーヌ ブレッド アンド サラダ」は、約30種類の豊富な品揃えのドーナツが有名な店だが、その傍らで販売するパンや焼き菓子も、ハード系から、デニッシュ、高加水のロデヴまで幅広く揃えている。中でも折り込み生地を多様な形状に変化させた商品には力を入れ、「パン・スイス」（税込３６０円）も定番品として定着させた。 「『パン・スイス』は土日には１日１００個位売れる事もあり、ＳＮＳからの問い合わせも多く、反響の大きさを感じます」と話すのはシェフの北奥駿平さん。北奥さんはフランスのパティシエ、セドリック・グロレ氏の著書「ＯＰＥＲＡ」を読んで感銘を受け、海外のＳＮＳ動画などからも影響を受けたという。 「海外のベーカリーのＳＮＳはお洒落で刺激を受けますね。フランスなどのヨーロッパの国々ほか、アメリカのベーカリーのトレンドも注目しています」（北奥さん） 同店では２０２２年の11月頃からパンスイスを販売。北奥さんは「ＯＰＥＲＡ」を参考にしたが、気候や風土が異なるフランスと日本では、水や主原料となる小麦も変わってくるので、配合に関しては自分で色々と試して研究した末に独自のパンスイスを生み出した。 「粉は最終的にはフランス産小麦にしましたが、試作では国産小麦も試しました。生地の発酵具合や硬さを見ながら何度も試作を繰り返しましたね。中の具材はともかく、外側のパリパリ感だけは絶対にイメージするものから外せなかったからです」（北奥さん） 折り込み生地は４つ折り４回の16層を採用。ただ表面の縞模様の線は、グロレ氏のパンスイスとは異なり、長方形の短辺に沿って平行に並ぶ、独自の個性を感じるものになっている。また形は長方形ではなく、楕円形にした。 「食べやすさを考えて楕円の形にしたという感じですね。食感は、パンスイスはパリパリ、クロワッサンはサクサクであることを大切にしています」（北奥さん） | |||||||||||||||||||
北奥さんは、日本ならではの高加水生地のパンも大きなトレンドとして注目しているが、その一方でクロワッサンやデニッシュなどの折り込み生地を使用したパンも伸びしろを感じているという。 パンスイスは過去に「アップルスイス」の商品名で、中にりんご果肉を入れた商品を出した事もあったが、「プレーン」の１品目に絞っている。製造は10人体制だが、技術的にパンスイスが作れる人員は５人のみで、誰でも作れるものではない事を考慮してオペレーションを考えている。 その一方で、「ニューヨークロール」「キューブデニッシュ」「パン・オ・ショコラ」（税込４２０円）といった折り込み生地の変化系商品はバリエーションを広げている。「パン・オ・ショコラ」はバトンショコラを巻き込んだ層を何層にも重ねて焼き上げた商品にリニューアルし、ボリュームを出した。「クロワッサン」（税込３２０円）も一般的なものよりややボリュームを感じさせる独特の形になっている。場所柄多く来店する男性客の需要も意識しているという。 「もともと本店である『ラシーヌ ブーランジェリー アンド ビストロ』で食事と合わせたメニューとして出してきたパンなので、ある程度しっかり食べられるようにしています」（北奥さん） フランスのグロレ氏のようなパンスイスを作る場合、日本で障壁になるのは価格だと、北奥さんは感じているという。 「フランスではパンスイスが１０００円で売られていることもありますが、日本ではそういうわけにはいきません」（北奥さん） 売り場に並ぶ商品には、球の形で、３６０度どこから見ても折り込み生地の層が見える「餡クロワッサン」（税込４５０円）という変わり種の商品もあった。 「『餡クロワッサン』は、名前はクロワッサンですが、パンスイスのバリエーションに近い感じです。作り方は折り込み生地をぐるっと回して餡を包んだ感じですね」（北奥さん） アイデアは膨らむが、定番のパンスイスは引き続き看板商品の一つとして育てていきたい考えだ。 SHOP DATA 店名：ラシーヌ ブレッド アンド サラダ 住所：〒１７１-００２２ 東京都豊島区南池袋２丁目12−12 電話：０３−６９０３−１９１７ 営業期間：午前10時〜午後７時（売り切れ次第閉店） 定休日：年末年始 品揃え：パン約30品目、ドーナツ約30品目など スタッフ：製造常時10人・販売常時３人 店舗面積：計17坪 日商：平日60万円、土日祝日１００万円 | ||||||||||||||||
| 取材後記
今回取材した３店に共通していたのは、パンスイスを基軸にしながら、広い範囲で折り込み生地から作る商品の可能性を追求していることだった。
「ブーランジェリー・エス・イガラシ」はクロワッサンが一番の看板商品だが、パンスイスの製造にもいち早く取り組み、季節の素材を取り入れたクロフィンも独自開発してバリエーションを広げている。また「ラシーヌ ブレッド アンド サラダ」はニューヨークロールなどパンスイスと並んでブームとなっている折り込み生地商品にも力を入れていた。 今回取材した店以外にも、一昨年の後半位から積極的にパンスイスの商品化に取り組んでいる店が散見された。その中にはインスタグラムを通じて、その製造工程を動画で発信しているところもあった。 基本的な作り方はどの店も同じだが、最後に縞模様の生地を伸ばして成形するところで多少、各店の個性が見られる。 縞模様の線が太めで製品の輪郭が丸っこい商品は、女性や子供に喜ばれそうな可愛らしさが出ていると感じた。一方で、シャープではっきりとした輪郭の商品からは、作り手の情熱が感じられた。しかし、どんな形でも外皮のパリパリ感だけは共通している。 目を見張る造形美があって、食感の快感も連想させるパンスイスは、今後も長くベーカリー業界に定着し、そこから新たな商品が数多く派生してくる予感がした。 |
2023年11月18日から、発行から１年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
