記事の閲覧
| <<戻る | 写真をクリックすると拡大写真が見られます。 |
| 特集/2003年5月号 |
2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
| 徹底取材! - 2号店を出したとき状況はどう変わったか | |
|
分業体制にして効率化を図る。パンは自分の目が届く状態で作る - ドゥ・リーブル 1号店の将来が立地的に不安だった。いったんはパンの製造をスタッフに任せたが、満足できる製品ができなかった。 1号店の将来が立地的に不安だった 東京・町田市のべ−カリー、ドゥ・リーブルは、およそ10年前に2号店を出した。それまでは、町田市の藤の台団地内に店舗を構え、それなりの売上げを上げていた。 ただ、団地の入居者数が減少傾向にあったことから、「このままでは先細りになる」と判断し、車で3分ほどの街道沿いの場所に2号店を出店。 土地と建物が自分のものだったことと、道を挟んだ向かいにスーパーができていたことが、出店場所選定の理由だった。 ドゥ・リーブルは、ハード系から食パン、菓子パンなどまですべてのパンをホシノ天然酵母で発酵させて作る天然酵母パン専門店で、現在3店舗を展開している。 2号店出店当初は、1号店と2号店で、それぞれ別々に商品を製造していた。 しかし、9カ月がたった時点で、パンはすべてオーナーの深本恭正さんがしきる2号店で作り、1号店ではパイ、クッキー、バウンドケーキ、スコーンなどの焼き菓子や、メロンパンのビス生地などを専門に作る、という分業体制に切り替えた。 2号店で作った製品を車で1号店へ運び、1号店で作った製品を車で2号店へ運んだ。製造の効率が飛経的に向上した。 自分がすべてを把握しておく 深本さんは「天然酵母のパンは、生地の見極めが難しく、製造を完全に任せられない、というのが一番大きな理由でした」と分業体制にした理由について振り返る。 深本さんの目が届きづらい1号店ではどうしても、満足できる製品ができなかったのだという。 「1号店の商品がどんどん悪くなっていってしまいました」(深本さん) パンの製造を2号店に集約するにあたって、「(1号店で)パンを仕込まなくなるので酵母の香りがしなくなる」という大きな不安があったが、売上には影響なかった。 ドゥ・リーブルは現在、1、2号店のほか、神奈川県のスーパー内にも店舗構え、合計で3店舗を持っている。3号店には2号店で仕込んで1次発酵をとり分割した生地玉を車で運んでいる。成形、ホイロ、焼成の工程を3号店で行うのだ。 マドレーヌや甘食、グリッシーニなど3号店で粉から仕込む製品もある。 各店は、自店で作っていない製品について、他の2店へ3日前にオーダーを出すシステムになっている。 深本さんは、複数の店舗を運営していく際のポイントについて「全ての店舗について、一定期間、自ら製造現場に入って、どの工程がどれだけ時間がかかり、どれぐらいの仕事量か、について、からだで感じておくことが大事です。そうすれば、指示も出しやすいし、スタッフがマイペースで仕事をしてしまうことも防げるわけです。日が届かないことが多いわけですから」と話す。 |

| 1号店では実現できなかったことを2号店で実現した。 - ナチュール | |
|
2号店はサンドイッチが中心の店にした。1号店ではサンドイッチの製造許可をとっていなかった。1号店が安定してきて、精神的な余裕も出てきた。
2号店としてサンドイッチの店 山梨県松本市のべ−カリー、ナチュールは1999年、JR松本駅前にサンドイッチを中心にした2号店を出した。 オーナーの澤田友行さんは1997年に松本市の住宅街にべーカリー、ナチュールをオープンし、独立を果たしたが、その2年後の2号店出店だった。 2号店をサンドイッチ中心の店にした理由について、澤田さんは「1号店ではサンドイッチをやっていなかったことがあります。また、最初の店が安定してきて気持ちの余裕が出てきたこともありました」と話す。 「サンドイッチを販売するには、昼食の需要をとりこまなければ」と考え、駅前の立地を選んだ。 いい場所が見つかったことも2号店を出した大きな理由のひとつだった。 「ここはいいな、と思っていた場所にちょうどいい具合に開き店舗があったんです。問いい合わせてみると条件もよかったし、すんなりと決めました」と澤田さんは振り返る。 自分ひとりでもまわせる状況 「2号店を、もう1軒の新たなべーカリーとして出すためには、自分の分身というか、技術的に信頼できるスタッフが必要です」。 澤田さんは、以前パン職人を雇っていたことがあったが、パン職人を育てることの難しさを痛感していた。 人を管理することの大変さを身をもって感じていた。澤田さんが独立したのは、人を使いたいからではなく、とにかくパンを作っていたかったからだった。 「いざとなったら、自分1人でもまわしていける状況を作ることが大切だ」とも感じた。 現在は、1号店で澤田さんと数人の製造補助スタッフがパンを製造し、2号店ではパートスタッフがサンドイッチを加工するという分業体制ができ上がった。 「『店を2つ持っていると、1店が不調でももう1店が好調』というような安心感はあります。しかし、2店とも不調というリスクもあるんですよ。それが如実に現れるのが、『どか雪』(大雪)のときです。今年は多かったんですよ。どか雪のあと3日間はみんな外出しなくなるので、結構きついんですよ」 |


2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。









