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| (続)パン屋さん手帖(14)/2004年6月号 |
2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
| 第2章ありのままのパン人生 - 文・橋本泰之 | |
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今回はモンタボーでのことを書いていきたいと思います。前回も書きましたが、年齢が高かったことを逆手に取り、いい意味でのプレッシャーを自分自身にかけ、テンションを上げていきました。そんな中で、売上増大の方法論を確立していきました。
橋本泰之(ベーカリーコンサルタント) 1956年横浜生まれ。新宿の専門学校を卒業後、銀座レストランみかわやに就職。その後センチュリーフーズ、モンタボーなどを経て、1996〜2001年、東京製菓学校教師。2001年10月、有限会社レーヴを設立、現在に至る。 |

| 一番広かった元住吉店に決めた。一番になると良い循環が生まれた
入社1カ月半で店長になった
店長には1カ月半でなりました。3カ月の間になればいいと言われていましたが、先輩から「6カ月以内に『凄い』といわせないと・・・」と言われたのが耳に残り、必死で頑張りました。 店舗の候補は3軒ありましたが、その中でも一番広かった元住吉店に決めました。 今まで私自身が働いてきた店舗が狭くて、もっと色々な種類のパンを並べてみたかったことが選んだ理由です。 それまでとは違った意味で私自身の勉強になった店舗だと思います。 人を使うことにはそんなに苦労はなかったのですが、大変だったのは材料の仕入れ・管理でした。 材料の発注などに関して、それに慣れていない問屋さんとスムーズにコミュニケーションがとれるようになるには、早くても2〜3カ月はかかります。結果を早く出したくて少々焦っていたかもしれません。 前の店舗では社員の誰かが必ず最後まで残っていました。モンタボー元住吉店では仕事が終わるとアルバイトに任せて帰ってしまいます。 「色々な会社があるな」って思いながらの店長でした。 店が一体となって3カ月連続の1位 店長会議に出席すると、各エリアの長も含めて50人くらいいました。 モンタボーでは、「パンの日」が各店で決まっていて、この日の売上の前年同日比、それとパンの日の製造スタッフ一人あたりの売上金額(パンの日の売上を製造人数で割った金額)の2項目などに関して、優良店に報奨金が出ました。 店長会議の中でその発表があります。その光景を見て「これだ」と思い、早速店に帰って行動を起こしました。 一人あたりの製造金額は売上金額を従業員数で割ったものです。この金額は大きな店舗も小さな店舗も条件は一緒です。売上伸び率よりもインパクトがあり、一人あたりの金額を上げることにより、売上前年対比も上がります。 具体的にどうするかを考えました。製造員が製造しても販売員が売ってくれなくては目標金額には届きません。逆にいくら売る気があっても、製造が間に合わなければ売上は同じように伸びません。 従業員(パート、アルバイトも)を集めてパンの日の説明をしました。 一番になると報奨金がもらえること、その報奨金をどのようにすればもらえるか、そして貰ったらそのお金をどう使うか、などを説明しました。 それによって店全体に、パンの日に頑張ろうという意識が高まりました。パンの日の前日から当日へむけて、店舗の従業員の意識が高まり(パンの日が非番のアルバイトやパートからその日は出たいと申し出があったくらいです)、その結果3カ月連続で一番になることが出来ました。 一番になると良い循環が生まれました。報奨金が入るとみんなでご飯を食べに行きました。残ったら従業員、パート、アルバイトで時間計算して均等に分けました。 ランチェスターの法則でも指摘されているように、売上の大きな山があると裾野は広がります。平日の売上も順調に伸びていきました。 |

| 人には必ず大小のチャンスがある。コツはパートの指導を余り行わないこと
関東南エリアの責任者になった。
ちょうどこの頃、モンタボーの東と西の部門の統合がありました。 それまで地産の1部門だったモンタボーが、株式会社モンタボーになり、名古屋の責任者であった方が社長に就任しました。 このことにより私は入社してから半年くらいで関東南エリアの責任者をさせてもらえるようになりました。私にとってはこれが最大のチャンスでした。 私がもしこの3年前にモンタボーに入っていたら、このような勢いがあったかどうか疑問に思います。 人には必ず大小のチャンスがあります。 そのチャンスに気が付かないで逃してしまうか、自分自身を磨いてそのチャンスをうまく利用出来るかによって大きくその人の人生が変わります。多分同じような体験をされた人も多いと思います。 チャンスがめぐってきたときにうまく対応するには、普段からアンテナをはっておく必要があります。 情報を収集して整理し、そして活用する事が大切だと思います。 前にも書きましたが人には節目があって、その節目には必ず大切な出会いがあります。 その出会いを大切にできるか、そのまま通りすぎてしまうかは、その人のスキル次第だと思います。 スキルを磨くには、出会いを大切にし、日常の中で感性を研ぎ澄ませ、常にアンテナをはり、雑誌等の情報も活用することなどが大切だと思います。 「負けたくない」が「共に頑張ろう」に 私にとっても大事な出会いがありました。その人は、自分の上司で今まで会った人とは違ったタイプの人でした。今もモンタボーにいます。強烈なリーダーシップがあり人を引っ張っていくのですが、隠れたところで緻密な努力をする人です。その人に負けたくない思いが、いつしか「一緒に頑張ろう」に変わっていました。人を引きつける魅力は行動力であり、その人の努力が大切な要因であると思います。 その後モンタボーでは、関東南エリアブロック長兼任で、藤沢西武店店長として働きました。 従業員の意識が、自らの意志で変わる 前にも書きましたが、私には店長としての1つのスタンスがあります。はじめの半月は前の店長のやり方をそのまま継承します(良い悪いは別として現状を把握します)。そしてその間に単品の原価計算をして適正原価になっているかを考えます。それと夕方からの商品の売れ方を確認します。そして残品の数量を確認します。半月または一カ月経ったあたりでこれを一覧表にします。こうしたことをある程度把握すると、商品構成を練り直し、ミーティングを行います。そしてその次の日から店舗のシステムを変更します。 ここで一番大切なのはパートさんの指導を余り行わないで放っておくことです。始めはみんな緊張していますが、時期がくると各従業員の性格が出てきます。それが出てから人のポジションを決めます。ポジションによっては責任者に前もって話をしておきます。こうすることで、システムの変更と同時に従業員の意識も変わっていくのです。 「ここはパートが強いから」になりかねない 店長として着任して、すぐにガンガン変えていく人もいますが、パートやアルバイトの意識が変わっていない状態で、いくら頑張っても、すぐにどたばたし出して、もとの店舗に戻ってしまうのが関の山です。『ここはパートが強いから』なんて言って嘆くことになりかねません。基本はお客様のために仕事をしていることを理解してもらうことです。もし理解できない人がいたら、申し訳ないですがやめてもらうしか方法はないと思います。少し大変でもその大変さがエンドレスに続くことはありません。お店のことを考える人たちで運営していった方がお客様のためにもなりますし、売上も上がります。 私は藤沢西武店でも、このスタンスで店を改革しました。次回はその辺のところを細かく書きたいと思います。 |

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