社会人としてお金をもらうことは、こういうことなんだ。問 まず、パンの道に入った頃のことを聞かせてください。
山本 18の時に新宿の中村屋に入社し、10年間働きました。実は私は、パンをやろうと思って就職したわけではありませんでした。たまたま配属されたのがパン工場だったんです。最初の3年間は、倉庫係でした。先輩が作るパンの材料を計量して準備しておく仕事です。材料の管理も私の仕事でした。各材料の残量を常にチェックし、残り少なくなったら、材料仕入れの部署に伝えて調達してもらうんです。
いわゆる下働きだったわけですが、つまらないとは思いませんでした。全てが初めてのことだったし、いろいろなことについて「何故」という疑問が沸いてきて、それを自分なりに考えながら仕事をしていました。社会人としてお金をもらうということはこういうことなんだ、と素直に受け入れていました。
そのうちに、レーズンを洗ったり、カスターを炊いたり、夜中に中種を仕込んだりもさせてもらえるようになりました。
初めて、パンの成形をやらせてもらったのは入社4年目のことです。中村屋での10年間の最後の頃、店舗の立ち上げを2回やらせてもらいました。商品の選定から、人事・労務管理まですべてを自分の責任でやらせてもらったことは、私の大きな財産になりました。
問 中村屋を辞めたあと、すぐに独立されたのですか。
山本 いえ。リテールベーカリーで4年働きました。中村屋はある程度の規模の会社でしたが、今度は小さな手作りパン屋ということで、何から何まで自分でやりました。それはそれなりによかったのですが、ある時点で「自分ならこうするのに・・・」という思いが強くなってきて、会社と折り合っていない自分がいたんです。それなりの経験も積んでいたし、欲求不満がたまっていきました。「もう、自分でやるしかない」と強く思うようになっていました。
少しきつい状況を常に保つことが繁盛店を作るコツ問 そして、1999年に独立されたわけですね。5年間でこれだけの繁盛店にするにはどうしたらよいのですか。
山本 最初は自分も含めて製造が2人でした。あとはパートの販売スタッフ数人の体勢でした。オープン当初は天板も熱が入っていなくて馴染まないし、ミキサーや窯などの製パン機械のくせもつかみきれていません。店のオペレーションにしても、不慣れです。そうした状態でいきなり多くの来店客があると、うまく対応できないし、仕事が粗くなります。その状態で店を評価されてしまうと、取り返すのは至難の業です。
ウチの場合は、オープン4カ月ぐらいから客数が伸び始めました。その頃には天板にも熱がまわって馴染んできていたし、機械のくせもわかって使いこなせるようになっていました。
客数が伸びて、さらに気合が入っていきました。朝2時半から仕事を始めて、終わるのは午後10時、11時という日々が続きました。
自分の限界は自分自身が決めるものだと思います。自分でこれが限界と思ってしまったら、そこでストップです。きつい状態が一生続くわけではないのですから、ここぞというときは死に物狂いで働くべきです。
すぐに人を増やすのではなく、きつい条件の中で、やりくりすることが重要だと思うんです。もし平日の売上が50万で土日が100万円だったら、50万円の体勢の店にすべきです。土日はその条件の中で、何とかやり繰りするようにするのです。
製造スタッフの技術が向上し、販売スタッフの身のこなしがよくなっていけば、最初はきつかったことが、スムーズに運ぶようになってきます。人間、必要に迫られたときほど、貪欲になるものです。
もし、土日の売上が100万になったとき、100万円の売上を想定した体勢を作ってしまうと、それ以上の発展が難しくなるような気がするんです。最もお客様の数が少ない日に、スタッフ全員が目いっぱい動けるような状態に常にしておくべきだと思います。スタッフが忙しそうにきびきびと働くことは、店に活気をもたらします。それはお客様に伝わって、お客様の気分を高揚させます。そしてさらにお客様が増えて、スタッフのレベルも向上する、という好循環を生み出します。
店に活気を出すには、お客様が一番多い時間帯に、製造の現場が最も忙しくなるようなオペレーションを確立することも大切です。朝一度にパンを並べてそれっきりというのは論外だと思います。
ウチは「1時間10万」を目指しています。開店から3時間たったら30万、閉店前の1時間もそれに近い状態でありたいと考えています。閉店間際に入ってきたお客様にも、ある程度選択肢は確保しておかなければなりません。ある程度のロスを織り込んだ上で数字をはじき出しています。
問 あらゆる好みのお客さまに対応できるよう、品揃えがかなり多いと聞きました。
山本 パンの種類は160品目と多いと思います。子供から年配の方まで、日本の昔ながらのパンが好きな人も、フレンチテイストの固焼きパンが好きな人も、ソフトなパンが好きな人も、ありとあらゆる人に来ていただける店を目指しています。
問 あまりにもいろいろな人の好みを考えていると店の主張が薄れてきてしまうということもいえると思うのですが、この店はそうではありません。店の主張を強く感じます。理由は何ですか?
山本 もし、そうだとしたら、「食卓パン」をかなり強く意識しているからだと思います。パンはあくまで、日常の食べ物です。少なくてもウチの場合は日常の食べ物としてのパンを提供しているつもりです。多くの人の嗜好を意識していても、「日常のパン」ということでは一本筋が通っているということじゃないでしょうか。
それと、顧客の好みに合わせて、ありとあらゆるパンを作っていますが、そのひとつひとつについて、全ての材料を1から検討し、パン職人として納得できるものにする最大限の努力をしているつもりです。ひょっとしたら、そのことがお客様に、ウチの主張として伝わっているのかも知れません。
問 窯がお客様の間近にあったり、スタッフが窯の前でパンの仕上げをしていたりと、店の雰囲気を盛り上げる工夫が随所に見られますね。
山本 私は、職人としておいしいパンを作れるのは当たり前だと考えています。また、パン作りは、「これでいい」ということはありません。一生追及していかなくてはならないものです。それが当たり前。しかし、当たり前のことだけやっていては、繁盛店は作れません。
私の感覚でいうと、パン作りに合格点が出て20%、という感じです。「パンをいかにして販売するか」「スタッフのやる気をどうやって引き出すか」「資金繰りをどうするか」など、やることは山ほどあります。そうなると、ものをいうのが、それまでに培ってきた人格、そして人脈です。ですから、もし将来独立したいと考えるなら、とにかくいろいろなことに興味を持って積極的に飛び込んでいって経験し、人とのつながりを大切にすることだと思います。
パン屋で成功するということは、例えばラーメン屋やレストランでも成功できるような能力を持つということす。
完全週休2日制まで、もう一歩のところまで来た。問 これだけの繁盛店となると仕事はかなりきついのでは?
山本 ウチは完全週休2日制を目指しています。現在、1カ月の休みが7日、というところまで来ました。週休2日制を実現させるためには、スタッフ1人1人のレベルを上げることが必要です。仮にスタッフの能力が2倍になれば、スタッフ数が倍になったのと同じことですから、無理なく休みを増やせるわけです。
比較的来店客が少ないと予測できる日は、ベテランスタッフだけでこなして、残りのスタッフは一斉に休ませるということもしています。やはり、ベーカリーも労働条件は整備すべきだと思うようになりました。独立希望者でなければ採用しない、といっていたこともありましたが、今は必ずしもそうは思いません。社員として責任ある仕事を任せようと思ったら、それなりの労働条件を提供すべきです。楽をさせるのでは決してなく、仕事をする時は目いっぱいして、休む時はゆっくりと休むというメリハリが必要だと思うのです。
問 今後の展開についてのお考えは?
山本 2号店を出すことを視野に入れています。創業当時からのスタッフ2人には、店長として店一軒を仕切っていくことを前提として仕事を覚えてほしい、と伝えてあります。複数の店舗を展開する場合の基本的な考え方は、「あくまで自分の目が届く範囲内で」ということです。ですから3店舗ぐらいが上限と考えています。