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| (続)パン屋さん手帖(12)/2004年4月号 |
2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
| 第2章 ありのままのパン人生 - 文・橋本泰之 | |
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今回は前回に引き続き、センチュリーフーズでのことを
書きたいと思います。前回書いたように突然店長が辞めて、パート2人と自分でどうにかやっていきました。でも翌年の3月に従業員を補充してくれて、商品作りや販売にさらに力を入れました。 橋本泰之(ベーカリーコンサルタント) 1956年横浜生まれ。新宿の専門学校を卒業後、銀座レストランみかわやに就職。その後センチュリーフーズ、モンタボーなどを経て、1996〜2001年、東京製菓学校教師。2001年10月、有限会社レーヴを設立、現在に至る。 |

| 「未だにパン屋さんに入ってすぐにトレーを持ったことがありません」
夏は蒸し風呂のように暑かった
今から思うと本当に勢いだけでパンを作っていました。 横浜線の鴨居にあった忠実屋(現在はダイエー)の中の店舗で、工場と売り場を合わせても9坪(工場は4坪)しかなく、空調もドウコンも、電源の関係で入れられませんでした。 オーブンは2段窯の4枚差でした。夏は蒸し風呂のように暑く、生地がすぐに発酵してしまいます。 冷凍庫も大きなものではなく、いつも中はいっぱいでした。 パンが売れて楽しいから頑張れる そんな中、どうしたら売上が上がるかを考えて、「日替わりブレッド」を作ってお店で一番目立つセンターに、ポップをつけて並べて販売しました。ストックするスペースがないので、繰り返し焼き上げました。結果的にこの繰り返しが評判を呼び、「いつ行っても焼きたてが買える店」のイメージが浸透していきました。 日替わりブレッドを始めてからブレッドと食パンの売上構成比が25%を超しました。すぐ横ではホールセールのパンを売っていましたが、お客様がそうしたパンと、焼きたてパンとの違いを認識してくれたのだと思います。 食パン、ブレッドが売れるようになって売上も上がっていきました。売上が上がると毎日が楽しくなり、楽しいから頑張れる、という好循環が生まれました。毎日が勉強で、夕方から閉店までレジをやり、お客様と会話を交わすうちに、お客様が何を望んでいるのか、そして何から売れていくのかが身をもってわかりました。そしてお客様の動向を考えられるようになってきました。このころの体験は、その後の私の店舗運営で最も役立っています。 パンを買ったら、作り方を想像する 作るだけではだめです。作ったものがどういう形で販売されているのか、どのように袋に入れられるのか、そして買ったお客様はそれをいつ食べるのか、などを考えるようになると、製品の作り方や焼き上げ時間も違ってきます。こうしたことを理解してお客様に合った店舗を目指した結果が、売上増に結び付いたのだと思っています。 このころ定休日には、よく家族で出かけていましたが、行った先々でパン屋さんを覗いていました。失礼だと思いますが、いまだにパン屋さんに入ってすぐにはトングとトレーを持ったことがありません。店内をゆっくりとひとまわりして店の雰囲気や従業員の態度なんかを見ています。店ごとに独特な雰囲気があるものです。それを楽しみながらそのまま帰ることが多いですね。でも面白い製品を見つけると、その時点でトレーとトングを持ち、買います。そして、頭でイメージして、このパンはどんな配合でどんな味がするのかを考えます。実際に食べてみると、喜びを感じることもあれば、失望を感じることもあります。 買って食べて、ただ美味しかったね、でもよいのですが、出来ればどう作るのかをイメージして頭の中で一度作ってみるといいと思います。それをヒントにその製品をアレンジして、自分のものにする事が大切だと思います。 |

| 考えられることは片っ端からやってみた。 | |
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店長のペースで仕事をさせる
こんなことをしながら今月のベスト3や今月の新商品、夕方焼成コーナーなど、考えられることを片っ端からやってみました。前回も書きましたが、こうしたことを実践するには従業員やパート、アルバイトの協力が必要です。 もう時効だと思うので告白しますが、当時、サンドイッチは、作るスペースがないのでレジのテーブルで作っていました。ですから開店前に作り切らなければなりませんでした。パートさんには随分無理を言ったと思っています。8時30分にパートさんが出勤して、9時45分までの間に、3〜4万円のサンドイッチを作っていました。 サンドイッチを始めてしばらくの間、そして祭日には、見本を示すために自分が作っていました。従業員のペースではなく、店長のペースで作らせることが大切だと思います。しかし中には丁寧で遅い人もいます。その時は私が製造の仕事をしながら、所々で手伝っていました。人を1人増やすよりも1人でやってもらう方が、口よりも手が動くようになるのでいいと思いました。それによって生産性が上がり店の利益に貢献します。 この時は店舗が狭かった分、行動範囲も狭くて済むので、効率が良かったと思っています。 このことは、後で生産管理を考える上で重要事項になってきました。作業導線や販売の導線については次回以降に説明します。 ベーカリー運営で大切なことは・・・ 結局、鴨居の店舗には3年間いました。最後の2〜3カ月は他に移りたくてしようがない時期でした。しかし3年間忠実屋(27店舗くらいあったと思います)の中で売上の伸び率と坪当たりの売上は一番でした。 私がベーカリー運営で大切だと思うことをまとめてみます。 1.お客様のことを考えること。 2.製販一体になること。忙しい時にはお互いを手伝うこと(販売と製造が完全に分かれている店舗もありますが、それでも1日何回かは売り場を見に行くこと)。製造も販売も全員が売ろうという意識を持つこと。 3.お客様が見て買いやすい店舗であること(詳しくは以前私がブランスリーに書いた「商品開発」についての文章を参考にしてください)。 4.店に勢いがあること(明るく楽しい雰囲気を出していること)。 ところで、ちょうどこの頃、横浜の有名店(私も入りたかった店です)を定年退職して、センチュリーフーズに入社してきた人がいました。この人との出会いは、今の私の原点を作ってくれた出来事のひとつだと思っています。人には色々な出会いがあります。出会いの大切さを出会った相手と共有するには、自分自身を磨いていないと駄目だと思います。そうしないとチャンスにも気づかないし、相手から得たものを自分のものとして消化できません。一番大切なことは、素直に人の意見を聞き、実行してみることです。その上で判断をすることが何よりも大切だと思います。 この時に、原価計算や月半ばの棚卸し、人件費、そしてロスのチェックなどを教わりました。このことが、のちに私の第2のスタートになったと思っています。 この頃あるパン専門紙でベッカーマイスターの検定試験の記事やブランジェリー浅野屋の夏の軽井沢塾の記事を読んで、すごく遠くて夢の世界のように感じました。いつかこんな試験を受けたい、夏の軽井沢塾に参加したい、こんなことを夢のように思っていた時期でした。 多分このブランスリーを読まれている人にも同じように感じている人がいると思います。ただ夢は実現するために自分を磨いていくものだと信じています。今になって考えると、夢が現実になり、そして自分自身も成長してきました。 皆さんもいっぱい色んな夢を見てください。そしていかに実現させるかを考えていきましょう。 今回はこの辺で終わりにします。次回はモンタボーに入ったときのことを書きたいと思います。 |

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