
ドイツのバインハイム国立製パン学校にある販売員教育教室モデル店舗。実務と同じ内容で訓練を受ける。(2001年12月、筆者撮影)

ドイツ中部のリテールベーカリーにおける対面販売風景。販売員がお客と会話をしながらバッグに商品を入れている。(2001年12月、筆者撮影)

すべての商品は包装されずにショーケースに納められている。最近のドイツではこのように甘味のあるイースト商品(ズスヘーフェ ゲベック)が増えている。(2001年12月、筆者撮影)

アメリカ中東部の田舎町にあるリテールベーカリーで見かけたお客の順番待ち番号札。お客が自分で札を取って順番待ちし、番号を呼ばれたら札を店員に渡すきわめて簡単なシステム。(2001年6月、筆者撮影)

高橋秀尚(株式会社パンワールド代表取締役、海外情報研究会主宰)
欠品などの場合は2種類の代替商品を薦める、順番待ちのイライラを避ける方法アメリカには研究テーマとして、「マーケティング心理学」という研究分野が確立されているが、わが国ではいかがであろうか?
一般的にいえば繁盛する店を支えるものは良い商品や立地が良くてきれいな店と思われがちであるが、それらがすべてではないとも言われている。
商品より接客?昨年5月に筆者がコーディネートして実施したドイツにある製パン学校でのベーカリーマーケティング講習でも、このことが話題になった。
講師はドイツでも有名な販売員教育の専門家であったが、筆者に次のような質問をしてきた。
「ミスター タカハシ、日本から来たグループを代表して私の質問に答えてください。ベーカリー店舗でお客様が買い物をする際に、商品そのものと、それ以外の心理的な影響との配分はどのようなものであると思いますか?」
「先生、その心理的な影響とは何ですか?」と聞いてみると先生は「例えば、あの店には感じのよい店員がいます、あの店は入りやすい雰囲気を持っています、というような売っている商品とは直接関係ない、フィーリングが及ぼす影響力のことです」と答えてくれた。
そこで日本の場合を答えることになったのであるが、自分の判断で無責任な答えをするわけにはいかない。
まあ常識的な答えとして、「日本では商品力が80%、その他のフィーリングが20%かと思います」と筆者は答えた。
ところが驚いたことに先生の説明するところでは、ドイツではまったく逆であるという。つまり特定の店に行って商品を買う理由(来店および購買動機)の約80%は『サイコロジカル』つまり心理的要素によるものであるとの説明であった。
このような議論は個人差も大きく影響するので、数値的な結論を出すのは難しいと思うが、ただ言えることは、対面販売主体のドイツでは対応する販売員の力量が店の売上に大きく影響するということである。
それゆえにドイツには「販売員教育」という研究分野が確立され、6週間の事前教育を受ける制度が必要とされるのであろう。さらに「販売員教育」の内容で興味深かったことを述べよう。
難しいお客の対応やたらと文句を言い、自分の意志(ほしい商品は何か)を明確に言わない、すべてに満足しない(または、していないように見える)、店にとって扱いにくいお客は多い。
これは筆者の個人的な見解であるが、特にドイツ人は自己主張が強いので、販売員が一度お客の機嫌を損ねると後の対応に苦労するようである。
この種の「難易度の高いお客」は来店直後に見分けることが重要であるが、あいさつをしない、目線を合わせないなどの振る舞いで判断するという。また商品知識の過剰なお客も店にとって扱いにくいという。
特に最近のドイツでは、Bio(ビオ)と呼ばれる有機栽培によって育てられた食材を使ったベーカリー商品が市場に現れて消費者の関心を呼んでいる。ところが販売員のほとんどはこれらの新商品に対する知識を持っていないので、お客の質問に対応できない。そこでベーカリー組合では説明パンフレットを作って店頭に置くという方法をとっている。このような「顧客啓蒙」も店の商品とともに重要視されている。
代替商品の薦め商品が売り切れた、何かの理由で欠品した、自分の店では品揃えしていない、などの理由でお客の要望に応えられない場合は、代替(オルタナティブ)商品をお客に薦める。まず最初に正確に理由を言ってお客に詫び、類似商品を薦めるが、販売員は日頃から同類商品を把握しておく必要がある。またお客に薦める類似商品の数は2種類が適している。1種類では少なく、3種類では多すぎてお客が選択しにくい。統計的には類似商品を断るお客は30%前後という。なお代替商品を気に入って、以後ごひいきになるお客も多いとのことである。また代替商品と本来お客がほしかった商品との価格差が大きすぎてもいけない。その差は最大限で20%とされる。
試食の薦めすでに常識となっている試食(サンプリング)は特に新商品を紹介するには絶好の手段とされる。さらに最も有効な宣伝手段は「口コミ」であるが、試食は口コミを誘発する率が高い。ただし幼児は避ける。特に有効なのは年配者と10代。
お客との会話手法日本には『言葉のあや』なる表現があるが、世の中いずこも同じであろう。ましてや店頭での限られた時間内でのお客との会話は神経を使う。ただし先生(年配の女性であったが)はお客との会話には商品開発や顧客サービスの面でさらに有効なヒントが含まれている場合が多いという。なお人の噂、家族、政治や戦争、宗教などについての会話は避けるように言われた。またお客の会話を途中で遮ることは絶対にいけない。ただし反論がある場合は、文頭に否定的な会話を入れないで商品説明をするのが良いという。
混雑時間帯(ピークアワー)の客さばきこれは異なる国民性も関係しているが、せっかちな人が多い日本と、順番を待つことを当然と思う欧米人とでは解決方法も違うようだ。これは筆者も多く体験しているのだが、会話の途中で別の知人が視野に入っても、絶対に視線を向けない。それを礼儀と思っているのであろう。日本人であれば、さりげなくサインを送るのではないだろうか。
それでも混雑する立地の店などでは、客が順番待ちのイライラを避けるためにAutomat(アウトマート)と呼ばれる順番待ちの番号札を取る機械を置いてある。入店したら番号札を取り、順番が来るまでに買う商品を決めておく。なお「対面販売」と「セルフサービス方式」のどちらが良いかという質問は欧米のベーカリー店舗を見学する際に必ず出るが、ドイツでは包装していない商品は必ずショーケースの中に入れなければならないという法律がある。また包装してある商品は焼きたてではなく、新鮮ではないというイメージが強いので必然的に包装しないでケースに入れて対面で売るようになった。
余談ではあるが郊外のベーカリーではケースの中に蜂がいることがある。私たちが『衛生的でないですね』と言うと、『ハチが来たのはパンがおいしい証拠です』と言われた。所変われば解釈もまた変わるものだ。
お客が店や商品を選ぶのは心理的要素が大いに影響していることをドイツで学んだが、一方アメリカでは主として流通業界において販売心理学の研究が進んでいる。別表では食品販売店舗に対する「顧客要求内容」の調査結果を示す。ベーカリー店舗に対しても、ほぼ同様のことが要求されよう。清潔な店舗と、満足のいく販売員の顧客対応が当然のように求められている。
最後にドイツにおける講習で先生が話された多くの内容の中で、忘れられない一言をお伝えして今月のまとめとする。『いったん失ったお客を再び取り戻すには、3倍の努力を必要とする』