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特集/2025年11月号

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コンテストと講習会への参加


 東京・葛飾区の「ブーランジュリー オーヴェルニュ」は、地域密着の人気店でありながら、国内外の製パンコンテストで数々の受賞を重ねてきた実力派ベーカリーだ。オーナーシェフの井上克哉さんは、自身の挑戦にとどまらず、スタッフにも積極的に挑戦の機会を与え、成長を支えている。講習会への参加費を出し、練習環境の提供を行うなどして、スタッフの育成に力を注ぐ姿勢は業界内でも高く評価されている。



挑戦したいというモチベーションが仕事の幅を広げていく - ブーランジュリー オーヴェルニュ
2023年の「iba cup」では、スタッフの市川美月さん(右)が日本チームの一人として出場。井上オーナーシェフ(左)も応援にかけつけた
2023年の「iba cup」での日本チームのテーマは「アニマル」だった
東京・葛飾区の「ブーランジュリー オーヴェルニュ」の外観
井上オーナーシェフが「カリフォルニアレーズンコンテスト」(2001年)で大賞を受賞した「カラメルレーズン」(6分の1カット税込193円)
井上オーナーシェフが「カナダ産小麦を使った食パンコンテスト」(2001年)で大賞を受賞した「マニトバブレッド」(1斤税込320円)
コンテスト挑戦に理解がある店

 東京・葛飾区のベーカリー「ブーランジュリー オーヴェルニュ」は、地域に根づいた繁盛店であると同時に、数々の製パンコンテストでの受賞実績がある店としても知られる。
 オーナーシェフの井上克哉さんは自分自身が数々のコンテストで受賞した実績を持つが、コンテストへの挑戦意欲を示す自分の店のスタッフのサポートにも力を注いでいる。また、講習会で講師を務めるなどもし、パン業界の発展に力を尽くしてきた。
 コンテスト出場希望者に対する理解があり、技術を高める目的での講習会にも参加させてくれるという理由で、同店への入社を希望する者も多い。実際にコンテストに挑戦し受賞の実績をつけたスタッフの中には、その実績を武器に独立していった者も何人かいる。一方で、引き続き同店に残り、責任ある業務を担いながら店を支えているスタッフもいる。
 「コンテストの出場と受賞経験を通じ広い世界で刺激を受け、パン職人として何らかの成長を遂げる事ができていると考えています」(井上さん)

挑戦し自信をつけることができた

 「自分自身を振り返っても、独立前から数々のコンテストに挑戦し、受賞したことで自信をつけることができました」(井上さん)
 もともと格闘家を目指す傍らバイトをしていた先がベーカリーだったという井上さんは、「ファリーヌ」や「ビゴの店」などのパン屋での勤務を経て、ドンクが運営する「ジョアン」池袋店でチーフに就任。その時に毎月多数の新商品開発を任されるようになり、1999年のカリフォルニアウォルナッツコンテストでは「ショソン ノア」というスリッパの形をした作品でグランプリを受賞。
 以降は、2001年のカリフォルニアレーズンコンテストで「カラメルレーズン」が大賞を受賞、同じ年にカナダ産小麦を使った食パンコンテストで「マニトバブレッド」が大賞を受賞し、カリフォルニアウォルナッツコンテストでも「クルミのココット」で菓子パン部門賞を受賞した。
 2003年に独立し「ブーランジュリーオーヴェルニュ」をオープンした後も挑戦は続き、2009年には「iba cup」に日本代表選手として出場している。

商品開発の幅が大きく広がる

 井上さんは講習会の講師としても、これまで、カリフォルニアレーズン協会が主催する技術セミナーで過去のコンテスト受賞作品の実演をしたり、「iba cup」やモンデュアル・デュ・パンの日本代表選手を応援する講習会などで講師を務めた。2015年の「iba cup」では「チームジャパン」の監督として参加し、代表選手二人のトレーニングを行うなど、出場者を支援することで業界全体を活性化させていく活動にも協力してきている。
 「コンテストに応募すると、賞金がもらえるとか店のブランドイメージが上がるとか、そういうメリットもあるのですが、実は一番のモチベーションは商品開発の幅が広がって作品を作る事自体が楽しくなる事です。また、せっかくパン職人というアイデアを生かしてものづくりができる仕事に就いたのですから、挑戦することで世界が広がる醍醐味を味わうべきだと思います」(井上さん)
 商品開発のアイデアは、日常の至る所で見つける。彩りや形などの見た目のほか、素材の組み合わせ方なども、パンとは関係ないところから見つける事が多い。井上さんも過去には美術館の展示物や子供の折り紙などから作品のヒントを得たこともあった。
 「最近はSNS映えを気にするためか、彩りがはっきりしたものが増えてきている気がしますが、実際コンテストでも写真選考があるので見栄えもやはり綺麗なものにする必要があります」(井上さん)
 井上さんが、今まで開発した商品のレシピは「ドンク」でチーフをしていた頃のものから全て保存してあり、膨大な数に上るが、コンテストに応募する場合はこうした過去のレシピも参考にしつつ、各コンテストの趣旨に合わせた要素を軸に新しいものを作り上げてきた。
 「素材をテーマにしたコンテストであれば、その素材が引き立つような作品作りを行うし、世界大会などであれば、出品する地域に合わせて、ある程度わかりやすい材料や味のものにします。店で販売する商品とはまた違った意味で、自分本位にはならないように、各コンテストにふさわしい製品になるように開発してきました」(井上さん)



受賞作を日常に溶け込ませ、地域に根ざしながら挑戦を育む
「リスドオル発売40周年記念パンレシピコンクール」(2009年)で元スタッフの長岩崇之さんが準大賞を受賞した「ディモンシュ」(税込172円)
「かつしかJaぱんカップ」でグランプリ受賞の「トリプルチーズのジューシーフランク」(左、税込297円)と「とろけるWチーズのモッチリ塩パン」(税込220円)
9月の新商品「かぼちゃロール」(税込270円)。かぼちゃ、クリームチーズ、チョコチップを合わせたクリームを巻き込んでいる
10月の新商品「ビーフシチューパイ」(税込330円)。パイ生地の中にビーフシチューとかぼちゃを包んでいる
最近人気の高い生ドーナツのシリーズで季節商品の「生ドーナツ《ピスタチオクリーム》」(税込226円)
「ブーランジュリー オーヴェルニュ」の店内の様子
受賞作は独特の雰囲気で定番化も

 コンテストでの受賞作品は、店頭でも販売はするものの、ポップなどで「受賞作品」と記して売られているわけではない。HPで紹介などはするが、場所柄、同店の常連客の多くは地元住民で年齢が高めな人が多く、日常食として自然に取り入れられるパンを求める人が多いからだ。
 「特に受賞作品だからといって強く販促をかけているわけではありません。何かのきっかけで、コンテスト受賞作品であることを知っていただいた時に、同店の技術力の高さがさりげなく伝わればいいと考えています」(井上さん)
 受賞作は、その旨の積極的なPRはしていないが、ほぼ例外なく人気商品になっている。日常食として力を入れている食パンは定番の角食パンのほか、発芽玄米や雑穀、米粉、北海道産小麦を使用したのものなど様々な種類のものが売られているが、受賞作で砂糖を使用しないシンプルな味をカナダ産小麦で作った山型食パン「マニトバブレッド」(1斤・税込320円)も角食パンと並ぶ定番の人気商品となっている。
 26年前に初めてコンテストで受賞した「クルミのココット」(税込246円)は彩り豊かな華やかなヴェノワズリーが並んだ売り場に花を添える存在。球状の独特の形が印象的な「ディモンシュ」(税込172円)は独立した元スタッフが2009年にリスドオル発売40周年記念コンテストで準大賞を受賞しているが、今も1日に数回焼き上げる人気商品となっている。
 一方で2001年にカリフォルニア・レーズンコンテストで大賞を受賞した「カラメルレーズン」は、今年になってまた新たに開催された、歴代入賞作品の中から関係者による投票で選ぶ「レーズンパン選手権(2025)」で銀賞に輝いたが、その事はHPでニュースとして告知し、店での販売量が増えた。
 ここ数年は、井上さん自身は店の運営とスタッフの教育に力を入れるため、新商品開発に関しては基本的にスタッフに任せているが、地元商店街が主催する「かつしかJaぱんカップ」には数年前からスタッフらと協力して参加。毎回、店で一つの商品を出品し、「トリプルチーズのジューシーフランク」(税込297円)、「とろけるWチーズのモッチリ塩パン」(税込220円)などで賞を受けている。

意欲の芽は育て、挑戦者は支援

 「残念ながら、業界全体でみると、コンテストに参加したいという若者は昔に比べると明らかに減っていますね。単純に若年層が人口減しているのもありますが、応募する人の比率も減ってきたように思えます。ベーカリーの開業数やパン職人の数自体は大きく減ってはいないと思うので、コンテストへ挑戦したいというモチベーション自体が低下してきているのかもしれません」(井上さん)
 また、講習会への参加を希望する若者の数も減ってきているという。
 「休日などプライベートな部分で自分の時間をどう使うかという考え方が変わってきているのかもしれません。コンテストの練習も講習会も自分の休日や終業後の時間を使って行いますから、参加自体に重きを置かなくなってきている風潮もあるのかもしれません」(井上さん)
 同店では、入社1年目から2カ月に一度のペースでスタッフ皆に1品ずつ新商品の開発をするようにさせている。
 「当店に入る者のほとんどが新卒入社なので、特に入社1、2年目の若いスタッフの興味を引き出す目的で新商品の開発をさせています。まだ頭が柔らかい若いうちに、アイデアを絞って考えることをしてほしいと思っています。コンテスト自体は無理に勧めるものではないのですが、モチベーションや興味を持つ芽は育ててあげたいという感じです」(井上さん)
 新商品開発では、普段行わない原価計算や、商品価格の設定、プライスカードのコメントまで考えさせて、主に季節に合ったものをテーマに開発してもらうという。とりあえず売れるかどうかはあまり考えず自由に作ってもらい、とにかく自分でアイデアを出し作り上げていくことの楽しさを知ってもらうようにしている。
 井上さんとしてはこうした作業を通じモチベーションが高まれば、コンテストへ参加したいというスタッフも増えていくのではと考えている。
 「コンテストに参加したいというスタッフには店の定休日や日々の業務が大体終わる午後3時以降に場所を貸したり、材料も提供するなどしています。講習会も本人が希望すれば費用を負担するなど、なるべく参加できるような体制を整えています」と井上さんはいう。
 さらに「コンテストに応募してもすぐに受賞できるわけではありません。講習会などにも参加して技術を磨き上げ、うまくいかなくても何度か挑戦していく事が大切だと思います。長い目で見守っていますので、仮にうまくいかなくても、挑戦する中で成長があればと思います。挑戦したいというモチベーションがある人には積極的に支援し続けたいですね」

SHOP DATA
店名:ブーランジュリー オーヴェルニュ
住所:〒124-0012東京都葛飾区立石6-5-7
電話:03-3691-5102
営業時間:午前7時〜午後6時
定休日:水曜
品揃え:220品目
スタッフ:平日は製造常時7人、販売常時2人、土日祝は製造常時7人、販売常時3人
店舗面積:売り場4.5坪、厨房16.5坪、折り込み室7坪
月商:約1000万円



ブーランジュリーオーヴェルニュに学ぶ3つのポイント

 ブーランジュリー オーヴェルニュの取り組みは、地域密着型のベーカリーでありながら、コンテストや講習会を通じて常に外の世界に学び続ける姿勢に特徴がある。オーナーシェフの井上克哉氏が示すのは、受賞そのものを目的とせず、挑戦の過程で職人が成長し、店全体の力を高めていくという考え方だ。スタッフ一人ひとりが主体的に学び、支援を受けながら実力を磨く環境が整っており、その姿勢は業界全体に示唆を与える。
 以下に学ぶべきポイントを3項目にまとめてみた。

❶挑戦を促すことで、職人を育てる

 コンテストへの参加は単なる競争ではなく、職人一人ひとりが自分の可能性を試し、技術と発想力を磨く場だ。受賞の有無にかかわらず、挑戦の過程で得られる経験や学びは大きく、作品づくりを通じて新たな素材や表現に出合うことができる。
 結果よりも過程を重視する姿勢が、日常の製パン業務にも良い影響を与え、仕事に対するモチベーションを高める。外の世界に触れ、他者の作品や技術を知ることで、自店の方向性や自分自身の課題を客観的に見直すきっかけにもなり、パン職人としての成長を大きく促していく。

❷支援体制が人を育て、店を強くする

 会社が材料や設備を提供し、定休日や営業時間外に練習できる場を設けることや講習会や研修への参加費を負担することは、経済的支援にとどまらず「挑戦を尊重する文化」を築く行為だ。
 結果だけを求めず、努力やその過程を認める姿勢がスタッフの信頼を生み、やがて自発的に学ぶ風土を育てる。
 こうした支援の積み重ねが、人材の定着と成長を促し、最終的には店全体の技術力と組織力を底上げする力となる。

❸地域密着と挑戦の両立が信頼を築く

 地域の常連客に親しまれる日常のパンづくりを大切にしつつ、外部のコンテストや講習会で技術を磨く姿勢は、顧客の安心感と店の信頼性を両立させる要素だ。受賞歴を過度に宣伝せず、品質の高さを日常の商品で静かに示すことで、地域の人々は自然にその実力を感じ取る。
 華やかな話題性よりも、日常に根ざした誠実な姿勢こそが長く支持を得る基盤となる。地元に愛されながら、外で学び続ける姿勢が、店を持続的に成長させる最大の原動力となる。

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