パン職人は語る - ブランスリー電子版

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特集/2025年5月号

2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。


パン職人は語る




天然酵母と三たてで繁盛店に育て上げる - サンセリテ
高田知明シェフは1964年生まれ。ルノートルで修業後、1992年に家業である埼玉県狭山市のパン屋を継ぎ、「パングランプリ東京」などの数々のコンテスト入賞歴を持つ
「天熟食パン」(税込367円)。天然酵母使用で熟成させたという意味で、「天熟」と命名。湯種を使い、15時間フロアタイムをとっておいしさを引き出している
「カレーパン」(税込302円)。17年前にレシピを開発。ソフトフランスに近いもちもちの生地で特製カレーフィリングを包む
 埼玉県狭山市に本店を構えるベーカリー「サンセリテ」は、現在4店舗を展開している。高田知明社長は、ホシノ天然酵母パン種による熟成生地の旨味や、「焼きたて」「揚げたて」「作りたて」をモットーとした提供スタイル、さらに数々のコンテストでの受賞実績に裏打ちされた商品力を強みに、今秋に新店舗の出店を予定している。今後は職人を育成し、新たな店の経営を任せる形での拡大路線を構想する。同店をどのように成功に導いたのか、サンセリテの躍進のポイントを高田社長に語ってもらった。

今秋に神奈川県川崎市に新店舗

 私達はこれまで、埼玉・狭山に本店、東京・世田谷に3店舗を展開してきましたが、本年秋に神奈川・川崎の向ヶ丘遊園駅近くにもう1店舗を出店する予定となっています。同地のデベロッパーが当店の商品力を見込んでくれて、声がかかったようです。それに伴い、世田谷の祖師谷店を閉鎖予定です。同店は面積も狭くサテライト店舗という位置付けですが、祖師谷大蔵駅を挟んで南側に出店した店とカニバって(競合して)いる状況でしたので閉店時期を見極めていたところでした。
 向ヶ丘遊園店の名前は「サンセリテ・サーカス」。旧知の関係にある画家の小野淳二さんの絵本「パンのサーカス」をモチーフとして、夢のある世界観を実現することを目指しています。お客様にも作り手にも楽しんでもらうことがテーマで、これは全店舗にもいえることです。実は、どの店にも小野さんの絵が飾ってあるんですよ。

世田谷に3店舗を出店するまで

 私が父の店であるサンセリテを継いだのは1992年、27歳の時です。今でこそ「食パンが一日500斤売れる店」「面積12坪で日商90万円以上を売り上げる店」として名を馳せることができましたが、当時は全くダメでした。そこを改善したのは、ホシノ天然酵母パン種との出合いと、ベーカリーの基本で、「三たて」と呼ばれる「作りたて、揚げたて、焼き立て」を実践したことです。
 20代の頃は発酵がおもしろくて、いろいろな自家製酵母を使用してパン作りに勤しんでいました。しかしある時、レーズンやリンゴから種を起こしても小麦で種継ぎすれば、「菌叢は結局のところほとんど同じではないかと」との疑念が浮上しました。その頃、当時話題だったある店の「天然酵母クロワッサン」のおいしさを知り、それがホシノ天然酵母パン種を使用していると聞き、使ってみることにしました。同製品に使用する生地は、発酵に18〜20時間をかけるので熟成が進み、また小麦本来の美味しさが引き出されます。そして品質が安定した製品が得られます。また、消費者に毎日食べてもらえるのは、菓子パンでも惣菜パンでもなく食パンだということに気付き、完成させたのが「天熟食パン」です。どうやって売るかを考えたとき、コンサルの先生の講演会で習った、先述の「三たて」に注力しました。ほとんどの店は食パンは一度にまとめて焼くものです。それを当店では1時間置きに焼成します。カレーパンも一回5〜6個を何回も揚げるのです。本来は天然酵母使用生地と「三たて」とは相いれないもので、イースト使用生地の方が発酵時間が短い分、手際よく店頭に出せます。それを発酵温度や捏ね上げ温度を調整し、時間をずらす工夫をして三たてを実現した結果、瞬く間に人気が上がり、繁盛するようになりました。売場面積は12坪ですが、狭いぐらいの方が、三たてを実現しやすいことがわかりました。ただ、商品が間に合わなくなってきて本店の厨房は何回も広げました。また「パングランプリ東京」「ベーカリージャパンカップ」などのコンテストにも立て続けに入賞し、名声が高まると同時に、商品開発力も養われてきました。
 店としての実力が高まってきたこの頃からもう1店舗、出店したいと思うようになり、物件を探しました。私は日本リアルベーカリー協会、東京星雲会に属して活動しているため、協会員の店との競合は避けたいとの思いがあり、協会員がいない地区として東京・世田谷に目星を付けました。ハード系中心のおしゃれな店は多いけれど、当店のような街のパン屋は少なかったことも理由でした。

新製法でベーグルの差別化に成功

 2016年に世田谷線上町駅近くに「サンセリテ北の麦」を出店しました。当時人気が高まっていた北海道・十勝産の小麦にこだわったパンを提供しています。もともとパン屋さんがあった店舗に居抜きで入ったのですが、位置が悪かったのか、最初は一日15万円程度の売り上げで苦戦しました。次第に口コミで来店客も増加、日常使いのパンとして定着し、40〜50万円売り上げるようになりました。厨房が広いためここで生地を仕込み、近隣に焼成だけする小さい店があってもいいなと考え、人流も見込める小田急線・祖師谷大蔵駅北口に店舗を見つけました。それが2019年のことです。窓側にずらっと看板商品の食パンを並べたところ大好評で、小規模店舗にも関わらず一日50〜60万円の売り上げになりました。それで今度は同駅の南口で少し広めの物件を探すことになりました。2022年に出店した「プロフィテ」ではベーグルを中心に据えました。講習会の講師をやるとき、よくベーグルを作ってはいたのですが、店では提供していませんでした。単価も高いし、利益率も高いアイテムなのですが、茹でてから焼くのは、大変手間がかかります。バラエティー化にしても、具材を練り込むかスライスしてはさむだけでは、他店と差別化ができません。そこで、焼成時に100度Cのスチームを3分かけることでケトリングと同じ効果が得れらることが分かり、茹でる工程と置き換えました。さらに具材を焼成後にはさむのではなく包むことで目新しさを付与し、好評を得ています。実はレストランもやってみたかったので、同店出店の3〜4年前にフランス料理教室に通い、認定証も取得し、2階をビストロとして開業しました。
 この店が軌道に乗ってくると、場所が近い祖師谷大蔵駅北口の店はやはり調子が悪くなり、閉店を考えていたところに先の向ヶ丘遊園の話が来たわけです。



職人と会社がウィンウィンとなる成長戦略
サンセリテ本店の外観。右側にはイートイン・テラスを備える
活気ある店内。レジは3台備えて、客を待たせない配慮
5年在職したら退職金100万円

 今後も出店の話があれば、受けていこうと考えています。昨今は社会全体で人手不足が深刻化しており、店舗を出店するには店長となる人材の確保が課題とされています。しかし、当店では十分な人材が確保できているため、その点については問題はありません。当店は、5年いてくれたら退職時には100万円の奨励金を出しているため、定着率が高いのです。3年いたらある程度は技術を覚え、その職人が新人に技術を伝達し、職人が次々と育ちます。
 また、以前は独立志向が高い人が多かったのですが、最近はそれがめっきり減少してしまいました。たぶん、現在インフレが続いており、独立して出店するにも初期費用が高くなっていることが大きいのだと思います。当店にしてみたら、定着率が高いというメリットは大きい一方、初任給25万円を出しているので、5年、10年と定着すると、等級も上げなければならないので、だんだんと給料も高くなるというデメリットがあります。会社としての成長がなければ、給与を捻出する資金もなくなってしまいます。そこで成長のためには出店が必要となってくるのです。
 支店を出すからには、支店の責任者である店長に、ある程度は「任せる」という気構えでいます。もちろん最終的には私が責任を取りますが、当社の方針を守りさえすれば、あとは「採算がとれるように好きにやってみて」という感じですね。全て完璧に目を届かせようなどと考えていたら、大変過ぎて支店なんか出せませんよ。現在の支店の店長同士も、皆で相談し協力してやっている部分もあります。競争する気持ちもあるでしょうから、それが刺激となり全体として伸長していると思います。

ゆくゆくはセントラル工場を設立したい

 今後も会社の成長のために店舗を増やしていこうとは考えていますが、当店で修業し、当店のパン作りを理解している人に「のれん分け」するようなシステムも視野に入れています。これは当社のノウハウなどを提供し、店長の店舗経営を認めるものです。ゆくゆくは、セントラル工場を狭山に造り、生地、フィリングなどをまとめて製造して、そこから各店に輸送する仕組みを作りたいと思っています。若い人たちはライフワークバランスを重視する傾向にありますが、パン職人は本来は長時間労働が付き物です。たくさんの生地数、具材をつくるには時間がかかります。それを解消するためにセントラル工場からの配送を活用すれば、分業ができますよね。そして品質担保のためには、生地は冷凍ではなく冷蔵にこだわりたいですね。天然酵母を使用し、運んでいる間に発酵・熟成するように調整して運搬する仕組みです。
 また今後、原材料高が続けば小規模店舗は益々厳しくなります。規模が大きければ問屋と価格面での交渉もしやすいので、当社傘下の一員として一緒にやっていく方がメリットを享受できます。会社と職人、両者にウィンウィンとなるようなシステムを作っていきたいですね。

SHOP DATA
店名:サンセリテ本店
住所:埼玉県狭山市狭山台3-11-2
電話番号:04‐2957‐8934
営業時間:午前8時〜午後6時
定休日:水曜
品揃え:約100品目
スタッフ:製造常時10人、販売常時3人
店舗面積:厨房50坪、売り場12坪
日商:平均およそ90万円

※サンセリテグループ全4店舗の年商はおよそ5億円



パン職人にしか味わえない醍醐味がある - プチ・アンジュ国立
代表の津金一城オーナーシェフ
チェダーチーズ、ゴーダチーズ、ナチュラルチーズがゴロっと入った「3種のチーズフランス」(税込638円、ハーフ税込324円)
「プチ・アンジュ国立」の店内の様子
東京・国立市のベーカリー「プチ・アンジュ国立」
 東京・国立市のベーカリー「プチ・アンジュ」の代表でオーナーシェフの津金一城シェフは、今から40年近く前に父の代から家業として営んでいたベーカリー「ポワラーヌ昭盛堂」に入社し、店を継ぐ事を決意。他店でも修業し、パン職人として、また同時に経営者として研鑽を積んできた。2009年には2号店の「プチ・アンジュ」を東京・国立にオープン。「もちもちべー」などの看板商品で注目を集めながら地域の繁盛店として育て上げた。

家業を継ぐため複数のパン屋で修業

――パン職人になり、お父様が創業した店を継ぐ事を決意した経緯について、当時の出来事と合わせてお聞かせください。
津金
 実はもともと店を継いでパン職人になる気はなく、学校を卒業してからは自動車会社に営業職として就職し、サラリーマン生活を送っていました。
 しかし、しばらくして父が急病で倒れたため実家に戻る事になりました。それで家業を手伝い、店を継ぐ事にしたのです。悩みましたが子供の頃からずっと見てきた店ですし、せっかく父が作り上げた店を潰すのも嫌だと思いました。
――家業を継ぐ事を決意し、初めの頃は他店で修業されていたそうですね。
津金
 はい。実は私が家業を手伝うようになってしばらくして父の病状も回復し、私がいなくてもなんとか店を回せるようになりました。それでまだ店を継ぐ前である今のうちに、パン職人として何年か外で技術や知識を吸収しておこうと考えるようになったのです。
 結局、当時まだベーカリー部門があったルノートルに就職させて頂きました。
――当時のルノートルでの修業は厳しかったと聞いています。
津金
 はい。世間知らずでしたが、先輩にお世話になり、だいぶ変わりました。技術的な事だけでなく、パン作りをする上で必要な五感をフルに使ってパンを作る事の大切さも学びましたね。今でも影響を受けている部分は大きいですね。
 ルノートルには3年ほどお世話になり、その後、別のベーカリーで1年ほど修業し、20代半ばで実家に戻りました。
――再び家業に従事するようになってからは、どのような苦労がありましたか?
津金
 父が営んでいた「ポワラーヌ昭盛堂」は、駅から離れた小さな商店街の中にある店だったので、求められていたのは地域住民の日常食として必要なパンを提供することでした。そのためルノートルで出していたような高級志向のパンを何度か出した事もあったのですが、なかなか売れませんでしたね。
 ですから、基本的な部分はあくまで父が作ったパンを踏襲しつつ、随所で新しいアイデアやトレンドを適度に取り入れながら変えていった感じですね。
 フランスパンにチーズを入れて食べやすくアレンジした「3種のチーズフランス」や、ベーグル生地を茹でるのではなく揚げて、きな粉などで味付けした「もちもちべー」といった看板商品は、いずれも地域住民のニーズに応える中で生まれてきたものです。

店を繁盛させるための総合力

――2号店の「プチ・アンジュ」を出店した経緯は?
津金
 2007年に店を正式に継ぎ、オーナーとして踏み出していく中で2009年に東京・国立に2号店となる「プチ・アンジュ」をオープンしました。「ポワラーヌ昭盛堂」を運営する中で、「買いに来た人が楽しみながら買い物ができる店にしたい」と強く感じていました。「ポワラーヌ昭盛堂」は売り場が狭く車椅子やベビーカーが入れなかったので、国立の「プチ・アンジュ」は売り場16坪の広い店にし、家族連れなども入りやすく、中でゆっくり商品を見て選べる店にしたのです。同時に季節感を演出した売り場の飾り付けやフェアにも力を入れていきました。
――大変な事も多かったと思いますが、これまで続けてこられたのは何故だと思いますか?
津金
 パン職人の仕事は大変ではあるのですが、その一方、職人でないと味わえない醍醐味があります。厨房から売り場の様子が見えるのですが、自分たちが作ったものを買ってお客様が喜んでくれる様子を見るのはやはり嬉しいですね。色々とうまくいかない事もありますが、それを乗り越えていく中で生まれる小さな達成感を感じられるのもパン職人の良さだと思います。
――店を運営していく上で最も大切な事は何でしょうか?
津金
 「総合力」ですね。最近、同業者から何か良い事があったかどうか聞かれて答えたのですが、雨の日に店内にハンドタオルを置くようにしたらお客様からかなり喜ばれたという事があったんです。売り上げにはつながらないと言われそうな話ですが、自分としてはそうした小さな事が積み重なって売り上げにつながる店の「総合力」になるのではないかと思います。お客様に笑顔になってもらう要素が沢山ある総合力のある店でないと、お客様にリピーターになってもらえないのではないでしょうか。評価の基準がたくさんあって、評価してくれる人がたくさんいるというのは、パン屋にとってとても大事なことだと思います。

コロナ禍の中で地域の人達の支えを実感
「プチ・アンジュ昭盛堂」(旧・ポワラーヌ昭盛堂)の外観
製造と販売の壁を作らない

――スタッフを指導していく上で何か特別考えていることはありますか?
津金
 よく店のスタッフにも話すのですが、製造スタッフのみならず、販売スタッフや、サンドイッチなどを作る調理スタッフなども含めて、皆がそれぞれの立場で店を支えています。製造と販売の壁を作らない事が大切で、販売スタッフがお客様を代弁して、製造スタッフに様々な意見を正直に伝えるという流れが理想だと思っています。
――コロナ禍を通じ、変わったことはありますか?
津金
 以前は試食して納得してもらってから買ってもらおうという気持ちが強かったのですが、今はどれを食べてもおいしいと思ってもらえるような店作りに変えたのが大きな変化ですね。そのためにも販売の人が製造の人にはっきりモノが言えるようにしていく事が大事だと感じています。
 当店は地域の住民に支えられた店であるという事をコロナ禍を通じて実感しました。以前は参加しなかった地域のイベントにも参加するようになり、たくさんの人に支えてもらっていると感じています。コロナ禍が落ち着いたところで売り場の棚の位置を変え、なるべくお客様の目線に近い位置にパンを置くようにしましたが、それも良かったと思います。

業界の後進を育てていきたい

――パン業界では今どのような事が問題になっていますか? 人手不足が深刻だったり、パン業界に入りたいという若者が少なかったりという話もよく聞きますが。
津金
 働き方改革もあって、残業や労働時間を減らす動きが広まってきていますが、それに呼応して、作業を効率化する努力がしやすくなっていると思います。作業中の隙間時間を減らし、生産性を上げれば、余裕が出てくると思います。パン職人は、大変な事があってもそれを超える醍醐味がある仕事だと伝われば人は集まるのではないでしょうか。確かに昔のように成功したいという強い思いを抱いてパンの仕事を始める人は減りましたが、その一方で、パンを作る事そのものが好きで興味が深くて結果的にパンの仕事をするようになったという人が割と増えてきたような気がします。
 ただ一生懸命やっても変わらないという気持ちを持つ若者は増えてきた気がします。だから私がよくいうのは、日々の努力のひとつひとつは、小さなものにしか感じられないかもしれないけど、それが毎日積み重なって集まれば、ある時大きな「成果」に繋がるということなんです。ほんの少しの他人への思いやりや感謝も、一つ一つは小さな事ですが、それらが積み重なると、大きな影響になるんですよね。
――最近は昔と比べると短い修業期間で独立する人が増えてきましたが、長く店を続けて成功するためにはある程度は長く修業した方が良いのでしょうか?
津金
 商売は作って売るだけではなく、人の育て方も理解していないとできないですから、ある程度の修業期間の中で、人とぶつかったりする経験がないと、独立してからの色々なトラブルに対応できないこともありますね。近年は製パン作業の効率化が進み、生産性が向上した点は喜ばしいことです。しかしその一方で、若い世代が「どう動けば作業がスムーズになるか」といったことを、自ら考え、失敗を重ねながら身につけていく機会が失われつつあるように感じます。
――今後の課題は?
津金
 今までは色々と手を広げ過ぎた感じがあるので、今後は現在の2店舗の運営に集中していきたいと思っています。
 また、自分が若い頃から業界の勉強会に参加して色々と教わった事が多かったので、今度は自分が、業界全体の発展につながるよう、後進を育てていけるような活動に参加していきたいですね。

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