高橋秀尚(株式会社パンワールド代表取締役、海外情報研究会主宰)
デリとベーカリーを合体させる試み、デリとベーカリーを合体させる試み、商品、顧客サービスの高質化が大切超時空座談会 Produced by Hidenao Takahashi今月号は特別企画として、アメリカのベーカリー・ビジネスに携わる方々にお願いして、筆者が電話やメールで意見交換したものを座談会スタイルにまとめて発表する。世界最大の市場規模を持つアメリカの業界事情を知ることで、少しでも参考になれば幸いと思う。
インタービュー参加者
●リテーラーズベーカリー協会理事長ピーター ホースル氏(文中でPと表示)
●コンサルタント会社社長エド ウエラー氏(Wと表示)
●国際デリベーカリー協会事務局長キャロル クリスチソン女史(Cと表示)
●司会及び文章のまとめは株式会社パンワールド高橋秀尚(Tと表示)
日米の食ビジネスの関係はさらに深まるT 2002年も3カ月を過ぎて昨年度の各業種、企業の事業内容や今年度の企業指針が発表されつつある。そこで製パン業界を含む食品業界全般にわたって業界を熟知している方々に実情と今後の見通しなどをお話ししていただきたいと思う。
W 聞くところでは日本はアメリカに次いで世界第2の製パン業界規模を持っているそうだが、我々の認識では日本人は毎日ライス(米)を食べていると思っていた。ところが日本を訪問した経験のある人々は、東京や大阪という大都市のベーカリー店舗や近代的な製造工場を見て、あまりに立派であることに驚いている。言葉や姿かたちが違う日本人の食生活に西欧スタイルのブレッドやロールがどのようにとり入れられているか、大変に興味が持たれる。また東京の中心地ギンザにあるベーカリー店舗を見せてもらったが、世界で最も土地値が高い場所で、ベーカリー店舗の経営が成り立っている事にも驚いた。これは余談だが、貴重な店舗スペースを割いて見慣れない装飾があるのにはさらに驚いた。それは、「スモール シュライン(小さな神社)、日本語でカミダナ(神棚)」と説明された。ベーカリーとカミダナの関係が理解できないが、これも日本のミステリアスな(不思議な)部分と思った。さらに余談だが、日本の人々が好きだというアンパンを試食したが、かなりの違和感(ストレンジ)を感じた。たぶんアメリカでは甘味をつけた小豆が一般的でないことによるのだろう。いずれにしても、世界一流の近代国家のニッポンと、独自の食生活(フードライフ)の組み合わせは、私たちから見ると大変にキュリアスな(興味が持たれる)ものだ。
さて前置きが長くなったが、私の意見は、アメリカと日本の食ビジネスの今後の関係はさらに強くなるだろうということだ。ただ言える事は異なる国々を良好な関係にしたいという時に、ベーカリー業界は力不足な場合が多いと危惧していることだ。どうしても流通業界などが主体となってしまう事を残念に思っている。
リテールベーカリーはこの時期としては健闘T それでは、アメリカのリテールベーカリーの2001年度売上総額はどうなの?
P 昨年の1月から12月までの統計が出たのでお知らせしよう。77億8700万ドル(1ドルを130円換算で約1兆123億円)、2000年度が75億3800万ドルだったので、伸び率は3・3%となる。昨年以来アメリカも消費が低迷しているので、この時期としては満足すべき数字だと思う。食品業界全体の事情に詳しいW氏はどう思いますか?
W ほぼ同時期に発表された数字を見てみよう。昨年度におけるアメリカの食品および飲料の販売総額は約4800億ドル(62兆4000億円)で伸び率は3・3%だから、特にベーカリー業界の売上が低迷したということではない。ただし、それ以前の伸びが4%前後であったから、やはり伸び率が落ちているとも言える。ただリテールベーカリーが抱える問題はほかにあるので、後で詳しくお話ししよう。参考までにスーパーマーケット業界の昨年度総売上高は3%増の4344億ドル(56兆4720億円)だった。
ベーカリービジネスを大きく変えるT この「座談会記事」を読んでくれる読者のほとんどは日本のリテールベーカリーなので、アメリカの業界事情を話してくれませんか? それも普段はあまり話題にすることもできないような裏話をお願いします。
P そう、おそらくアメリカは無論だが、日本もヨーロッパもおそらく同じ事が言えると思うが、いま最も大きな問題は利益率の低下と商品開発や商圏の取り合いなどだろう。
W いや、最大の問題はもっとほかにあるね。私が知っているベーカリー経営者には自分の息子が商売の後を継がないので、廃業に追い込まれた例が少なくない。業界誌でも「残念ながら後継者がいないので店を売ります」という広告がよく出ている。
C そこで私の出番がきたようね。私が指導している国際デリベーカリー協会は創立してから20年ほどたつけれど、活動の目的は、ベーカリーというビジネスを現代風に大きく変えようとすることにあるの。また顧客が望んでいる食生活にマッチした店や商品の姿を実現させることが最大の目的なの。
T それは私にはよく理解できる。私は今お話ししている皆さんの団体のただ1人の日本人会員で、ここ10年ほど続けて展示会やセミナーに遠路参加しているけれど、それぞれの異なる展示会に出品されるベーカリー商品が違っているのが面白い。例えばデリ関係の展示会には具を包むスタイルのラップと呼ばれるサンドイッチが出されるが、これはベーカリー業界の展示会には出品されていない。一方で、デリ業界の展示会には一般的なブレッド類は出品されない。デリベーカリーの基本構想はデリとベーカリーを合体させるということですね?
C その通り。ここで興味深い数値をお話ししましょう。アメリカ人の約69%は食品類をスーパーマーケットで購入しますが、そのスーパーマーケットにおけるベーカリー商品の売上構成比率は全米平均で2・4%です。ところがデリ部門は4・6%を占めます。さらにデリ部門の売上の中には惣菜などに組み合わせて食べるのに適したバラエティブレッドが含まれます。そしてこれらの商品の利幅はベーカリー部門より大きいのです。つまりベーカリー部門の商品はホワイトブレッドに代表される日用性の高いデイリーブレッド(毎日食べるパン)、ところがデリ惣菜などの売り場にあるのは付加価値を付けた利幅の大きいクラスティブレッドなどで各社とも商品開発に力を入れている。私たちは日頃「お客さんを見てビジネスを考えましょう」といっています。
ベーカーであることにプライドを持たせるT それで先ほどのリテールベーカリーの問題点だけれど、具体的にどのような事なのか話してください。
P 私が率いる「リテーラーズ ベーカリー協会」の会員数は約8000人、内訳は約6000人がリテールベーカリー、その他がスーパーマーケットのインストアベーカリーや関連業界(英語ではAllied=アライドという)で構成されます。アメリカ全体のリテールベーカリー数は不明ですが、約3万軒ほどと思います。私の協会が昨年の9月に「リテールベーカリーの実態調査」を行いましたが、その結果を簡単にお話しします。まずベーカリーという商売の満足度ですが、60%が「満足、ほぼ満足」、30%が「何らかの点で不満足」、10%が「もう廃業を考えるほど」と回答している。
T その不満足とは具体的に何なの?
P 大きく分けると、「利益が出にくい」「仕事がきつい」という現実の問題以外に、「仕事に夢が持てない」とか「夏の季節に長い休暇が取れない」などと訴えている。私の協会では最近になって会員が自由にインターネットでメールで意見交換できるシステムを作ったが、このような切実な問題をお互いに意見交換している。これがお互いにストレス解消に役立っているようだ。
T 問題の解決方法は考えているの?
P 具体化したものを紹介します。まず商品開発ですが、会報で新製品レシピを連載しています。また製品レシピ集を発行して会員に配布しています。次に、会員の社会保障制度ですが、病気や怪我の際の保障を対象とした保険制度を作りました。また会員相互の連帯感を保つための地域部会を活性化させています。この部会をまとめたものが、年に1度の協会主催の展示会とセミナーです。今年は10月に過去最大規模で実施します。また自分の職業に自身とプライドを持たせることは特に若い世代の技術者を育てる意味で重要です。そのためにヨーロッパの国に見られるような職業資格制度を作り、すでに実施しています。これは「マスター ベーカー制度」と呼ばれます。実技はもちろんですが、財務、食品安全なども含めた総合的な資格レベルを取得させます。
T 資格を取得すると会社での待遇が良くなるという事はありますか?
P 資格取得者のほとんどはベーカリーオーナーかその後継者なので、給料が上がるというような事はあまり起こりませんが、最も重要なのは本人が職業に対する誇りを持つ事と思います。資格保持者は自分の名刺に誇らしげにCMB(サーティファイド マスターベーカー)と書いています。
リテールベーカーは1時間12ドルT 現実的な質問だけれど、アメリカの時間給はどのくらいなの?
W それは私が答えましょう。ベーカーという職業に限定して調べた結果の全米平均値ですが、リテールベーカーが時給で、12ドル、スーパーマーケットのインストアベーカリーが18ドルです。
T 私が思っていたより高待遇ですね。
W でも今の若い世代は少しぐらい待遇が良くても仕事が楽で休暇もきちんと取れる職業を望んでいるようです。これは世界的な傾向だと思います。
C 私も同感です。ただし、私たちのような業界の指導者としては、もっと積極的なビジョンを持ってほしいと思う。おそらくリテールベーカリーとインストアベーカリーの差異はシステムの違いだと思う。時給の差は別としても職場環境の改善や就業規則を守る事などは重要でしょう。
ウオルマートの出店攻勢が脅威に!T さて、時間も少なくなりましたが、リテールベーカリーとして皆さんが日頃思っている事をお聞きします。まず、今後のビジネスの見通しはどうですか?
P アメリカのリテールベーカリーが最も苦しかったのは1995〜6年頃だった。当時はインストアベーカリーがリテールと同じ事をやろうとした。商品開発や顧客サービスなどでリテールに挑戦した時期だったと思う。結果的に彼らは技術力の不足や中途半端な顧客サービスで失敗したと思う。今はリテールとインストアベーカリーはお互いに自分ができる事や得意とする事で異なる客層を掴んでいる。商品について言えば、価格と品揃えの両面でお互いに自分のポジションをわきまえている。今後もこのような両者の良い関係は維持していけると思う。
T それではお互いに怖いものなしですか?
P それが、そうとも言えない。最近最も怖いのはスーパーセンター(超大型店舗)の進出だ。つまりウオルマートの驚くべきスピードでの全国規模の出店は商品の品質も向上しているだけに、低価格とともに脅威を感じている。
W それはリテールベーカリーだけの問題ではない。スーパーマーケット業界も大きな影響を受けている。ちなみに同じ大きさのホワイトブレッドをリテールベーカリーで2ドル50セント、スーパーマーケットのセルフサービス棚で2ドル10セント、それが驚くことなかれ、99セントで売られているという資料がある。
T 破竹の勢いで伸びているスーパーセンターへの対抗策はないのだろうか?
P それは彼らにできないサービス、商品開発だろう。
C 同感です。
W 私が経営指導をしている中小スーパーマーケットもスーパーセンターの進出に大変な脅威を持っている。大事なのは商品、顧客サービスの高質化だろう。
T この会社は日本にも近い将来進出すると思われます。その対策としてアメリカの事例研究(ケーススタディー)をしておく事が重要と思います。皆さん有り難うございました。
アメリカ中部インディアナポリス市近郊のリテールベーカリー、ウォーレットベーカリー
 アメリカ中部インディアナポリス市近郊のリテールベーカリー、ウォーレットベーカリー。木目を使ったカントリー調で、店内のムードを出している。 |  ウォーレットベーカリーの外観 |
 来店客のほとんどは車利用。店のサインもアイキャッチャーとして重要(ウォーレットベーカリー) |  スペシャリティ ブレッドと呼ばれる各種のアイテムが並ぶバック棚(ウォーレットベーカリー) |