記事の閲覧
| <<戻る | 写真をクリックすると拡大写真が見られます。 |
| 連載/2024年1月号 |
2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
| パン職人は、色、形、香り、味、食感など数多くの要素で、自分を表現できるので、美術を志した経験がある私は、羨ましいと思う - 普通のパン屋さんが普通に頑張れば繁盛出来る話(79) | |
|
私事で恐縮ですが、私は武蔵野美術大学の油絵学科を卒業しました。学生時代は、絵を描く日々を過ごし、「美とは何か」などと思い悩むこともしばしばでした。
そして私は今、パンの専門誌を発行する仕事をしています。これまで多くのベーカリーを取材し、多くのパン職人の方々と話してきて思うのは、彼ら彼女らも「美とは何か」と日々思い悩んでいるのではないかということです。 パン職人の方々は、バゲットやパン・ド・カンパーニュ、クロワッサンなどのパンについて、自分が理想とする究極の在り方を、香り、食感、味、外観などで捉え、日々「美とは何か」に想いを馳せ、その答えを出すために、日々生地を仕込み、パンを焼いているように私には思えます。 技を極めたパン職人が焼くパンは、この上なく美味しいのですが、同時に美しくもあると思います。エッジの立った美しいクープを誇らしげに携えて、黄金色に焼けたカリカリの薄い肌に覆われたバゲットのボディーは、もはや国宝級の美術品のような品格があります。 ところで、「おいしい」は「美味しい」と書くことからも分かるように、美術を志したことがある私にとっては、パンの美しさは、その姿形にだけ存在するのではなく、味や食感の中にも存在するように思えます。 画家が生み出す絵画作品は、口に入れて味わうことはありませんから、パン職人は画家より多くのことを表現していると言えるでしょう。画家の表現要素は、基本的には色と形ですが、前述のように、パン職人の表現要素は、色と形のほかに、味や香り、食感なども加わってきます。表現の要素が多いということは、とても羨ましいことです。 美術を志したことがある私にとって、パン職人が羨ましいと思うことはまだあります。それは、パン職人は経済基盤が比較的安定しているということです。パンは多くの人達にとって、日常の食べ物であり、比較的頻繁に購入されるものです。価格もそれほど高くありません。 それに比べて、画家の経済基盤はないに等しいものです。美大を卒業してからも頑張って絵を描き、画商に売り込みに行ったり、自前で個展を開いたりしても、絵はほとんど売れません。たまに知り合いが半分お情けで購入してくれるぐらいです。 ベーカリーを開業して、毎日パンを作って、一年間まったくパンが売れないということは絶対にないでしょう。そんなことがあったら、作ったパンはどうするのかということになり、食品ロスの問題を悪化させる要因になりかねません。 しかし、ほとんどの画家の卵たちは、描いた絵は、長い間全く売れません。長期間にわたって日々食うや食わずの生活を続けているうちに、神経を擦り減らし、知らず知らずのうちに、表現することへのモチベーションを維持することが出来なくなってしまう人を私は何人も見てきました。多分、私自身もその一人だったのかも知れません。 パン職人たちは、何とか自分の生活を維持しながら、自分が理想とするパンの追及を続け、それを店で発表することで、日々顧客からの刺激をもらい、製パンの腕を磨いていきます。そして、そうしたパン職人たちの多くは、美の表現者としての道を極めていきます。 考えてみれば、パン職人は、パンという自分の作品を集めて、店舗という名の画廊で、毎日個展を開いているのかも知れません。来店客は、並んでいるパンという作品をじっくりと鑑賞し、その中から気に入ったものを何点か購入していくのでしょう。 私がこれまで取材してきた繁盛ベーカリーのパン職人達は、ごく一握りの成功したプロの画家たちに似ています。プロのパン職人もプロの画家も、自分が理想とするものをいかにして表現し、それを、パン職人であれば、自分の顧客に、画家であれば、画商や自分の絵のファンたちに、いかにして伝えるかということを常に考えています。 このように、画家との比較でパン職人を見てみると、表現の要素が多い点と、生活の基盤を安定させやすい点から、私はとても羨ましいと思います。(RO) |



2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。







