ベーカリーの地産地消 - ブランスリー電子版

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特集/2023年10月号

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ベーカリーの地産地消




食を通じた繋がりで、世界が広がっていく - 充麦
「充麦」の店主、蔭山充洋さん
神奈川県三浦市のベーカリー「充麦」
売り場奥の厨房でパンを作っている様子がライブ感覚で見られる
冷蔵ケースには、パスタなど自家栽培の小麦使用の製品が並ぶ
小麦を栽培している小麦畑の収穫前の様子
小麦栽培からのパン作りを実践

 「バックパッカーでフランスを訪れた時に出会ったパン職人夫婦の隣の家が農家で畑があって、そこで採れた小麦を使ってパンを作っていると聞き興味を持ったんです」
 近所に自分達がパンを作るための小麦畑を持つ神奈川県三浦市のベーカリー「充麦」の店主、蔭山充洋さんは小麦を育て始めたきっかけについてこう話してくれた。
 同店は2008年にオープン。
 京浜急行電鉄久里浜線に乗り終着駅の三崎口駅まで行くと、三浦半島の南西、日本有数のマグロ漁港につながる場所にたどり着く。さらに三崎口駅前のバスターミナルから国道134号に沿って北へ向かうバスに乗り、2つ先のバス停「矢作入口」で下車。そこから南に少し戻ると右手に見えてくるのが「充麦」だ。
 入り口の上に明朝体ではっきり「充麦 みつむぎ」と書かれているのが印象的だ。入り口の引き戸にはすだれがかかっている。隣は昔ながらの牛乳販売店。
 「充麦」は小麦栽培からパン作りを行う異色のベーカリーとして注目を集めてきた。
 古くからある個人商店用物件を内装のみ改修したと思われる店舗の木枠の引き戸をガラガラとゆっくり開けると、中から香ばしい小麦の香りが漂ってくる。製粉したての小麦粉はこんな香りだろうという考えが頭をよぎった。バス停から店まで歩く道のりの中で感じた暑い夏の日差しも、ここにくると自然の流れの一部だったのだなと妙に納得したような気分になる。
 嗅覚から感じるものとは対照的に、耳に入ってきたのはヒップホップのブラックミュージック。もともと隣町の横須賀市でDJをしていた蔭山さん。音楽はメンタルを安定させるために必要だという。
 「パンに限らず人が食べるものには、なんでも作り手の『気』が入るように感じます。だからパン職人にとって心身ともに健康であることはすごく大切だと思うんです」(蔭山さん)
 入ってすぐ真正面にある木製の平台には、野菜をふんだんに使用した惣菜パンの姿が目立つ。野菜やソーセージなどの具材は地元の農家や知り合いが生産したものを多く使っている。
 左手には食パンやバゲットなどハード系の食事パン。全粒粉のパンが多いが、これは自分が育てた小麦はふすままで無駄なく使いたいという蔭山さんの思いを反映したものだ。
 右手の冷蔵ケースには、パスタやビールなどパン以外の商品も並ぶ。これらも自家栽培の小麦を使ったものだ。
 さらに、卵やマグロ加工品など地域の生産者が作った色々なものも置かれている。
 「同じ野菜でも、収穫までの色々な苦労とかを含めて色んな事があって、それらに対する作り手の思いを知れば、別のものに見えます。だから無駄にはできません」(蔭山さん)
 店の惣菜パンに取り入れる場合は、作り手の思いをいかに生かしていくか、いつも考えながらパンを作っているという。

小麦に関わる人々との出会い

 「パン職人になる前はDJやバーテンなどをしていたんですが、その頃からの色々な経験の集大成がこの店になっている感じです。お客さんにはライブ感覚でパンを作っているところを見てもらって、ビールやワインも売っています」(蔭山さん)
 決して人通りは多くない場所にも関わらず、土日は噂を聞いた観光客が訪れ、平日も横浜方面のほか、伊豆や鎌倉など近隣の地域から訪れる客も多い。
 同店の目の前の国道134号の向こうには広い畑が広がっている。蔭山さんの小麦畑はそのさらに向こうの丘の裾野辺り。車で5分ほどかかる。
 「食という字は人に良いと書くんですよね。おいしいとか栄養にあるとかもあるんですが、食を通じて人との繋がりが色々広がってきました。これってすごい事だと思います」(蔭山さん)
 話好きで人当たりが良い感じの蔭山さんは、隣の横須賀市出身。音楽が好きで10代の頃からバンドを組んだり、米軍基地近くのドブ板通りでバーテンダーやDJなどをして働いていた。しかしある時、何かを作る仕事をしたいと考えるようになったという。パン職人に興味を持ったのは、粉から長時間かけて作ったパンを一瞬で食べてしまうという刹那的な過程に何か感じるものがあったからだそう。
 自宅近くのベーカリーに就職し、そこで5年位パン作りから経理まで、ベーカリー経営に必要な経験や知識を吸収していった。
 「おいしいパン屋はたくさんあるから、自分があえて店を出すための理由が必要です。だから自分にしかできない事ってなんだろうって考えるようになって、ヨーロッパを放浪し始めたんですね」(蔭山さん)
 バックパッカーとしてヨーロッパのあちこちを放浪し、最終的にはフランスのアヴィニョン地方にたどり着いた。そこで道に迷ってしまった事があったが、その時、偶然出会った日本人と仲良くなり、彼と話し込んでいくうちに「これから自分の知り合いのブーランジェに会いに行かないか」と誘われた。そこで出会ったのが隣の農家が作っている小麦を使ってパンを作っているパン職人夫婦だった。
 「それまでメーカーから卸した粉を使ってパンを作る事が当たり前だったので衝撃的でした。それではじめはその隣の農家のようにパン用の小麦を自分でも作ってみたいと思うようになったんです」
 実は、蔭山さんの妻の実家は三浦半島の農家。義父の協力を得て休耕地を貸してもらうことになった。ただ当時、三浦市では小麦栽培を行っている農家はなかったため、県の農業技術センターへ相談にいったら、病気に強い「ニシノカオリ」という種類の小麦を栽培する事をすすめられた。
 2005年10月に初めて種を撒き、最初の年に採れた小麦は300キロほど。収穫まではうまくいったが、適切に保存する方法を知らず、全部ダメにしてしまった。
 そこで翌年は800キロくらい収穫し、義父から借りた農業用の倉に入れる事で保管もしっかり行う事ができた。
 「はじめはとにかく小麦を育ててみたいという気持ちだけだったんですが、作っても卸先がないし、だったら自分でパン屋を出してそこで売ろうと考えました。普通のパン屋じゃなくて小麦を栽培するところからパン作りを行うベーカリーだったら、自分にしかできない事じゃないかと思ったんです」(蔭山さん)



「三浦のふすま食パン」は、自家栽培小麦のふすまを加えた定番の商品で、しっとりとした食感
「充麦バゲットとバゲットの食べ比べセット」(税込530円)は2種類のバゲットの食べ比べができる
「ブルギニオンバターとじゃがいものデニッシュ」(税込420円)には三浦産のじゃがいもを使用
「ブルーチーズとネギと柚子胡椒」(税込360円)は蔭山さんの知人が作った松本一本ねぎを使用
現在、保管している小麦。今は「ゆめかおり」を育てているが、一度収穫すれば4、5年はもつという
ノウハウや理論に縛られすぎない

 2006年に初めて収穫して以来、何年かに一度は不作だったり、病気や水害で小麦をダメにしてしまった事もあったが、概ね順調で、一度収穫した小麦は倉で保管すれば4、5年は使える。そのため、店で販売するパンを作るのには問題のない収穫量を確保できているという。
 ただ収穫する小麦に合わせ、作るパンも少し工夫して変えてきた。
 蔭山さんは修行時代に、全粒粉を使うのに適したハード系のパンは、作った経験があまりなかったという。そのため店を持ってからは、興味が深かった自家培養酵母についての様々な事柄を含め、製パンの技術的なことを改めて総合的に勉強した。
 当時はパンの様々な製法に関する本を買いあさって読んでいたという。しかし、そんな蔭山さんを予期せぬ災害が襲った。
 「6年前に洪水で店が床上浸水してしまい、それまで買いためていたパンの製法に関する本がダメになってしまったんです」(蔭山さん)
 水害は、小麦の収穫にも悪影響を与えた。しかし周りの色々な人に助けられ、改めて人との繋がりの大切さを感じる事となった。
 「水没してダメになってしまったものは色々ありましたが、逆に良い機会だからゼロから再スタートしようという気になりましたね」(蔭山さん)
 今は「食」を介して色々な人が繋がっていく事が、やはりただただ不思議だという。
 「自分じゃなくて、『自分達』が作ったものという意識があります。そう思うと作った食べ物って簡単に無駄にしたり捨てたりしなくなります。自分は理論的に突き詰めていくことも大切だとは思うんですが、やっぱり、色々な作り手の『思い』をいかに重ね合わせてパンを作っていくかが大事だと思います。感性でわかってもらえるもの作りを最近はよく考えるようになりました」(蔭山さん)
 一例としてアンパンマンのジャムおじさんの「おいしくなあれ、おいしくなあれ」という言葉をあげてくれた。
 「おいしいって理屈じゃなくて、だからあんまり考えすぎるんじゃなくて、作っている人の思いを素直に伝えられたらいいなと思います。そういう気持ちを大切にしてパンを作るようにしているんです」(蔭山さん)
 パン作りは一つのコンテンツだという蔭山さん。今後はパン作りを通じて色々な世界が広がっていく様をさらに見続けていきたいと考えている。

SHOP DATA
店名:充麦
住所:〒238‐0113 神奈川県三浦市初声町入江54‐2
電話:046‐854‐5532
営業時間:午前7時〜午後4時(月曜、金曜は8時30分頃〜午後4時)
定休日:火曜、水曜
品揃え:約35品目
店舗面積:厨房6・5坪、売り場3・5坪
スタッフ:製造常時3人、販売常時1人(平日)、製造常時4人、販売常時2人(土日祝)



店のすぐ前は柴漁港、新鮮な魚をパンに使用 - ブレーメン
オーナーシェフの長嶌大輔さん
柴漁港から大通りを挟んだ場所にあるベーカリー「ブレーメン」
整然と多くのパンが並ぶ店内の様子
柴漁港の新鮮な太刀魚をフライにして、トマトやレタスと合わせてサルサソースで味付けした「太刀魚のタコスドッグ」(税込465円)
柴漁港で多く水揚げされる太刀魚
柴漁港で水揚げされたアジを使った「アジフライコッペ」(税込346円)
地元の名物を作りたい気持ち

 神奈川県横浜市、新交通システムの金沢シーサイドライン・ 海の公園柴口駅から徒歩5分。すぐ近くの柴漁港から大通りを挟んだ場所にあるベーカリー「ブレーメン」は1991年のオープン以来、柴漁港で獲れたシャコを使用した「シャコパン」が爆発的な人気となり、全国的にも有名となった。しかし2000年代に入ってから、海中の環境変化によりシャコが突如激減。禁漁が繰り返されるなどの事態を経て「シャコパン」は終売となった。
 「シャコパン」の考案者だった父から店を継いだのは現在の代表であるオーナーシェフの長嶌大輔さんだ。
 「終売後もシャコパンを懐かしむ人の声は予想以上に多いので、、シャコパンの代わりにはならなくても、地元の名産品を作りたいという気持ちはずっと強くありました」(長嶌さん)
 6年前の2017年のある時、柴漁港の漁師に「魚を使ったパンを作りたいがなんとかならないか」と相談した。すると「魚が自分でさばけるなら、漁で獲れた魚の一部を入れてあげるよ。だから頑張って」と言われた。
 シャコがほぼ消えたあとの柴漁港で注目を集めていたのはアナゴだった。そのためまずはアナゴのさばき方を教えてもらった。しかしアナゴは単価が高かったためパンに取り入れる素材としては現実的ではなかった。
 長嶋さんは「まだ安定的にとれていたアジや太刀魚などの魚を仕入れさせてもらうことにしました。自分でさばけるよう訓練し、今は漁の後に合わせて週2回位のペースで買い付けさせてもらっていますね」と話す。
 これらの魚を使った商品が店内にあった。シャコパンに変わる新たな名物となった「太刀魚のタコスドッグ」(税込465円)や「アジフライコッペ」(税込346円)などだ。

魚が好きな人が集まる店

 「太刀魚のタコスサンド」は太刀魚をトマトやレタスで合わせてサルサソースで味付けした商品で、隠し味にタルタルソースを加えた。
 「アジフライコッペ」はたっぷりのソースにつけたアジフライにキャベツを合わせたボリューム感あふれる商品。
 これらの商品は、芝漁港近海の資源保全の観点から、漁獲量がほどほどに抑えられているため、大量生産はできないが、観光客が多い土日を中心に多くの人が購入していくという。予約も受け付けていて、土日は1日に10個以上、平日は1〜2個の予約が入るという。
 「地元で獲れた魚を使ったパンは、量的にはそれほど多くないので、全体の売り上げへの貢献度は高くありませんが、こうした地元の名物とリンクする看板商品がある事で、メディアにも取り上げられるようになったし、店としての認知度も徐々に上がってきたので良かったと思います」(長嶌さん)
 長嶌さんのこうした「魚パン」への思いは強く、今後も力を入れていく意向だ。しかし買い付けするアジや太刀魚などが届くのがいつも漁が終わった夕方5時頃のため、魚が届いた日はハードスケジュールになる。
 早朝3時半頃から店の厨房で仕事を始める長嶌さんだが、店をオープンし、ピークが過ぎた夕方5時以降に魚をさばく作業に時間を割くのは決して楽ではない。
 「届いたらさばいてすぐ冷凍保存する事が魚の新鮮さを保つためには大切なので、外せない作業です。さらに冷凍した魚は1週間以内に使い切るようにしています。到着後すぐにさばいて冷凍する事で、その時点での鮮度を保てるので、地産地消のおいしい『魚パン』を店頭に出すためには必要な事です」(長嶌さん)
 同店には柴漁港から直接買い付ける魚を使用したパン以外にも、「白身魚フライサンド」(税込259円)や「焼き鯖の塩レモンコッペ」(税込270円)など、普通に業者から仕入れた魚を使ったパンもある。
 「やはり海に近く、潮干狩りや釣りをして帰る人も多いので、ここに来る人たちは魚が好きな人が多いと思います。自然と魚を使ったパンの人気が上がるので、魚を使った惣菜パンはなるべく種類を多くするようにしています」(長嶌さん)
 長嶌さんの知人が釣った魚を使用することもあるという。また、長嶌さん自身も釣りをするので、自分が釣った魚を使って作った商品を出した事もあった。
 漁で獲れる魚の量は天候に左右されるし、漁自体が中止になって漁獲量がゼロになることもあるので、思わぬ収穫があると大変助かるのだそう。



かつて販売され、大人気だった「シャコパン」
レモンと合わせたさっぱり味の「焼き鯖の塩レモンコッペ」(税込270円)
魚料理の定番である白身魚のフライをサンドした「白身魚フライサンド」(税込259円)
「湘南のミカンの八景あんぱん」(税込226円)は、ミカンの果汁を練り込んだ白あんを使用
「八景あんぱん(こしあん)」(税込216円)。「八景あんぱん(つぶあん)」(税込216円)もある
芝漁港には多くの魚が水揚げされるが、近年その漁獲量は少なくなっている
海の近くのベーカリーとして

 長嶌さんは地産地消という言葉を特に意識しているわけではないが、海の近くのベーカリーとして、地元の魚に興味を持ってもらえるような商品を出していくことは大切だと感じている。
 「シャコパンが1日に150〜200個位売れていた頃は、店の売り上げの1割位を占め、店自体の日商も全体で80万円くらいありました。当時は不況になる前で近くの工業地帯で夜働く人がいて遅い時間に買いに来たりしていたのですが、今はそういった人たちもこの町からいなくなってしまいました」(長嶌さん)
 店の軸だった「シャコパン」を終売してからは、販売する全ての商品が店の軸になるよう、それぞれに力を入れる事でスタッフ一同一丸となって頑張ってきた。
 2017年に厨房設備一式を入れ替えてリニューアルオープンする際に、いい機会だからと、地元の魚を使った地産地消のパンを出すことを理由に「ものづくり補助金」の制度に応募。その申請が通った事を機に新たな看板商品の開発にも力を入れた。
 アジや太刀魚は、骨やアラが残らないように慎重にさばいている。さらに魚は大切な海の資源であることを踏まえ、ロスを出さないように計画的にパンに使っている。
 「他よりも一歩進んだうちにしかないものを作りたい」という長嶌さんの強い気持ちから商品化された「魚パン」だが、多くの人のアイデアが詰まった商品でもある。
 だから長嶋さんには、自分が開発したというより皆で開発したものという意識がある。
 「アジフライサンド」は初めタルタルソースが一般的と考えたが、長嶌さんの母の「アジフライにはウスターソース」という強い意見があり、アジフライをウスターソースに漬け込むことにした。そこにほんの少しフレンチマスタードを入れる事で、素材の味が引き立つインパクトのある商品となった。
 「今後も魚を入れたパンに力を入れていきたいという思いは変わりません。ただ今は柴漁港で安定的にとれる魚がそんなにないので、可能であれば同じ市内の金沢漁港などからも買い付けられればと思っています。あとは趣味とはいえ自分の釣りの腕がもう少し上がれば、魚の調達に少しは貢献できるのではと思いますね」(長嶌さん)

SHOP DATA
店名:ブレーメン
住所:〒236‐0012 神奈川県横浜市金沢区柴町345‐86
電話:045‐788‐0520
営業時間:午前7時〜午後6時
定休日:木曜
品揃え:100品目
店舗面積:厨房10坪、売り場10坪
スタッフ:製造常時4〜5人、販売常時2人(平日)、製造常時5〜6人、販売常時3〜4人(土日祝)

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