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| 特集/2023年8月号 |
2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
| うちの看板商品
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祥子さんは同店をオープンする前、東京・四谷の「PAUL」を皮切りにいくつかのベーカリーでアルバイトをしたが、三鷹の「リトルマーメイド」で働いてた時に、友人の紹介で、フランスへ3カ月の短期研修をする機会を得た。 たまたまフランス人と結婚して現地に住む友人がいて、彼女がフランスのアントニーにある個人店で働く仕事を紹介してくれたのだという。その時の3カ月の経験は短いけれど人生を大きく変える貴重な経験になったそうだ。 「フランスで研修した店で皆が作っていたバゲットに大きな衝撃を受けました。作り方そのものは日本と大きくは変わらないんです。でもフランス人は毎日バゲットを食べるからすごくたくさんの量を作ります。それで作り方が雑なように見えても要所要所を押さえているからおいしいものができるんです」(祥子さん) 決して丁寧ではないけれど、本質的なところは押さえて大胆に見事なバゲットを作っていくフランスのパン職人たちに祥子さんは深い感銘を覚えた。 「その店では皆親切にパン作りだけではなく、フランス人の日常の中にある焼き菓子やチョコレートなどのことも教えてくれて、言葉もよくわからない状態でしたが、フランス人の日常の中にある食や文化について色々と学ぶことができました。そこで学んだことは今でも店の商品作りに生かしています」(祥子さん) 同店のオープン前に看板商品であるバゲットを開発する際にも、フランスで培った知識が生きたという。 「フランスで食べていた伝統的なバゲットを再現しようと、現地で使っていたものに近い味のフランス産の粉を多めに使いながら、他の小麦も適量ブレンドする事で中味のもっちり感を出しました。ごく少量のイーストを用いて冷蔵で一晩、時間をかけて長時間発酵させて作っているのですが、はじめはどうしても生地がだれて満足のいくものができませんでした。そんな時、水をフランスで使っていた硬水のコントレックスに変えました。そうしたら生地が引き締まり小麦本来の旨味がしっかり引き出せるようになって、劇的に出来具合が変わりました」(祥子さん) | ||||||||||

| イメージキャラクターの「バゲット君」が店のあちこちで客を迎える | ||||||||||||||||
同店でのバゲットは1日平均で、平日がおよそ90本、土日がおよそ100本売れる。バゲットのみならず「クロワッサン」(税込260円)などのヴィエノワズリーの人気も高いが、祥子さんの思い入れが強い「バゲット」は、同店にとってやはり切り離せない存在だ。そのため店のイメージキャラクターである「バゲット君」も一役買っている。バゲットの形を模した可愛らしいキャラクターで祥子さんの高校の同級生であるイラストレーターの斎藤ひろこさんがデザイン。温和で気さくな性格の祥子さんは、人との出会いや繋がりにも恵まれている。 同店を訪れると、店の入り口の脇に吊るされた旗に印刷されてはためくバゲット君の姿のほか、レジの向こうの棚にもバゲット君の姿を描いた絵や人形が並べられ、バゲット君はあちこちで活躍している。ガラス張りの入り口に貼ってあった案内の紙にもバゲット君はさりげなく登場している。 店の名前である「パサージュ ア ニヴォ」はフランス語で「踏切」という意味。今では高架になっているが、店がオープンした頃は店の目の前に踏切があった。 「開かずの踏切」とも呼ばれ、渋滞や南北の分断の原因にもなるため2014年の12月頃に撤去され高架になったが「踏切の前で足を止めるように、当店にも足を止めていって欲しいという思いは残っていますね」と祥子さんは話す。 渋滞を緩和するため線路を高架化し、高架の下には商業施設を入れ街を活性化していくという街づくりの構想が実現していく中で、この辺り一帯も徐々にその様相を変えつつあるが、祥子さんのバゲットに対する思いは変わらないようだ。 「バゲットは朝8時15分には焼き上がるようにしていますが、標準タイプのもののほか、ドライフルーツ入りの『フリュイ』(税込390円)やカボチャやひまわりの種、ゴマ入りの『3グレン』(税込410円)もおすすめ商品として出しています。他にバゲットを使ったサンドイッチも色々な種類のものを出しています」(祥子さん) サンドイッチにはフランスでレシピを教わったマヨネーズを自家製造して使用。フランスの食文化を感じながら食べてもらうことを大切にしている。 またバゲットは当日中に食べることをすすめているが、翌日になってしまった場合のおすすめの食べ方として、卵や砂糖を染み込ませてフレンチトーストのようにして焼く方法を伝えている。 フランスでは「パンペルデュ」と呼ばれるバゲットを使ってよく作られるアイテムだが、こうして作ったものが同店では実際に「パンペルデュ」(税込320円)という商品名で販売されている。 またチコリ茶を練り込んだバゲット生地にペッパー入りのミルククリームを挟んだ「ミルクチコリ」(税込330円)も一見変わっているが、食べると意外に癖になる味わいとして人気だ。 「今後も引き続きこのバゲットの味をキープできるように頑張っていきたいと思います。パン屋を志してから今まで、大変だと思ったことも、辛いと思った事もありませんでした。人にも恵まれたし、本当に楽しかったですね」(祥子さん) SHOP DATA 店名:パサージュ ア ニヴォ 住所:〒180‐0023 東京都武蔵野市境南町1‐1‐20 タイコービル1階 電話:0422‐32‐2887 営業時間:午前8時〜午後5時 定休日:火曜、水曜 品揃え:約70品目 店舗面積:厨房約10坪、販売スペース約4坪 スタッフ:製造常時4人、販売常時2人 | ||||||||||||||||

| 130年以上受け継がれてきたレシピが生み出す普遍的な味 - ウチキパンの「イングランド」 | |||||||||||||||||||
縦にしっかりと伸びた山型のクラムは軽く焼くと、サクサクしながらも、口溶けの良いもっちりした食感で柔らかい。噛むと雑味がないすっきりした味わいが口中に広がる。耳は対照的にザクザクとしっかり焼き込まれ、フランスパンのクラストを彷彿とさせる。 横浜の元町商店街で135年前からパンを作り続ける「ウチキパン」の創業当初から続く看板商品「イングランド」(税込410円)は、今でも135年前のレシピをもとに作り続けられる日本の食パンの元祖として知られる。 「日々心がけているのは、シンプルだけど毎日飽きずに食べたくなるような味にする事ですね」と工場長の打木豊さんは話す。 「イングランド」はイーストではなく、ビールの製造で使うホップから作った発酵種を用い、常温で長い時間をかけて発酵させる。ホップ種は乾燥したホップの花を煮出した液に、小麦粉、じゃが芋、モルト、蜂蜜、砂糖、塩などを入れ、機械で定期的に攪拌しながら4日間かけて育てる。 生地を焼く前日の午後2時頃にそのホップ種を少量入れて中種生地を作り、常温で時間をかけてじっくり発酵させながら翌日の朝5時位から本捏を開始する。そして昼の12時前には焼き上がる。 「最初の中種にはホップ種をあえて少なめに入れて、常温でじっくり時間をかけて長く発酵させることで、きめの細かいボリュームのあるパンを作り上げています」(打木さん) 味は濃すぎず甘みは抑え気味にして、食事パンとして食べやすい食パンに仕上げる。 「ともすると印象の薄い淡白なものになってしまうのですが、微妙なところを押さえ丁寧に作る事で、さりげなくおいしくて、ふと思い出した時に何となく食べたくなるような、そんな味を目指しています。もう15年ほど、毎日ずっと作っていますが、いつも95%はうまくいくけれど、気泡や膨らみ具合、ちぎれ具合など微妙なところで100%にはなかなか達しません。でもたまに100%満足できるものができるので、諦められないですね」(打木さん) 横浜変遷の歴史の 中で今日に至る 打木さんは「ウチキパン」の創業者である初代、打木彦太郎氏の玄孫(やしゃご)に当たる。4代目の打木宏社長の長男だ。5代目を継ぐ事を見据え、15年前から家業に従事するようになった。 「ウチキパン」が店を構える横浜の元町商店街は、横浜開港で日本の近代化を担った場所にある歴史ある商店街としても、日本有数のファッションストリートとしても知られる由緒ある商店街だ。 その地に「ウチキパン」は販売店と工場を兼ね備えた4階建てビルを構え営業。毎日70品目ほどのパンを作り続け、うち60品目ほどが息の長い定番商品となっている。食パンは山型食パンの「イングランド」のほか、角食パンの「ゴールド」(税込350円)やシナモンシュガーとレーズンを練り込んだ山型食パンの「シナモンレーズン」(税込470円)などもある。「アップルパイ」(税込220円)や「桜あんぱん」(5個入パック税込480円)などのロングセラーもある。「サワーブレッド」(税込270円)などのハード系の商品もあるが、看板商品である「イングランド」の存在感はやはり大きい。 「『イングランド』のレシピは文明開化後の横浜で、イギリス人のロバートクラーク氏から日本人で当社創業者である打木彦太郎へ伝わりました」(打木さん) 当時は今のようなイーストを用いたパン作りをする者はおらず、彦太郎氏はクラーク氏が本国から持ってきたホップ種を用いたパン作りを覚えた。ただ当時は、後にキリンビールとなるビール製造所が横浜にできていたこともあり、やがてそこから分け与えられたホップ種をもとにパンを作るようになった。ホップは発酵の過程で雑菌の繁殖を抑えることから、酸味を抑えたパンを作るために有用だった。 「ウチキパン」は、現在に至るまでクラーク氏直伝のレシピをほぼ変えず、ホップ種から育てた発酵種を使う製法をずっと守り続けている。 「途中、関東大震災や空襲などに遭い、多くの資料を消失してしまいましたから、レシピと言っても実際のところは口伝えです。でもその都度生き残った職人たちが作り方を伝えて現在まで受け継いできました」(打木さん) 初代、彦太郎氏は明治11年(1878年)、14歳の時に、クラーク氏が経営していた「ヨコハマベーカリー」で住み込みのパン見習工として奉公を始めた。10年経って明治21年(1888年)のクラーク氏引退に伴い、暖簾を譲ってもらって創業したのが現在の「ウチキパン」だ。明治32年(1899年)に「ヨコハマベーカリー 宇千喜商店」に改名したが、当時の客は外国人居留地に住む者や外国の軍艦船舶関係者などが主だった。 しかし徐々に文明開化が進行することにより、日本人の間に「イングランド」はもっぱら栄養食として紹介されるようになったという。 打木さんが見せてくれた明治30年代のビジネス誌「実業之横浜」に出していた広告を見ると「ゴールデン食麪(食パン)は栄養が豊富で老人小児の胃腸や肺の病、脚気や貧血に効く」などの記載がある。 またもう一つ見せてくれた写真は昭和35年(1960年)頃の「ウチキパン」製造工場の様子だったが、場所はなんと現在の「ウチキパン」のビルがある場所のほぼ隣で、現在は様々なテナントが入る商業施設になっている所だった。しかし打木さんが小学生の頃までは「ウチキパン」の製造工場があり、打木さんはそこでよく遊んでいたという。今の「ウチキパン」のビルが建つ場所は、当時は平屋の販売スペースだったそうだ。 「昭和59年(1984年)に事業を縮小し、ここにこの4階建てのビルを建て、1階は販売店、2階から4階は製造工場や事務スペースにしました」(打木さん) 当時から使っている年季を感じるオーブンは今でも3階にある。「昭和48年6月製造」とあり、手動でダイヤルを回すタイプのものだ。 「当時は祖父で3代目の打木吉則が社長でしたが、それまでの学校給食やホールセールをやめた後でした。従来のリテールベーカリーとしての業務に力を入れ直したかったのかも知れません」(打木さん) | |||||||||||||||||||
| 時代の変化の中で看板商品の変わらない味は眩い輝きを放つ | |||||||||||||
文明開化の横浜から始まり、関東大震災や戦争を経て、戦後の進駐軍駐留の時代へと続き、現在に至るまで、様々な変遷を経て、生き残ってきた「ウチキパン」だが、その佇まいは今に至るまでシンプルだ。 商品が最も揃っているという正午少し前に訪れ取材をさせてもらったが、真っ白い4階建てのビルの1階にある販売店は角地に建ち、ガラス張りの窓を通して店内の様子が通りから見ることができる。正面のガラスにはレトロな書体で「ウチキパン」の大きな文字が白く書かれていた。中に入るとシンプルで驚くほど均一に並べられたパンが明るい日差しに照らされ、懐かしいというより、一切の無駄を省いた事で生まれた洗練された感じがあった。 平日のため客層は、比較的年齢層の高い地元住民が多い印象だったが、土日はハイカジュアルなものを求める観光客が多く訪れ、様々な人がパンを買っていくという。そしてその中で最も注目されているのが「イングランド」だが、窯の1回の製造量に限りがあるため、土日で216個、平日は144個までが1日の製造限界量という。土日も平日も「イングランド」を買い求める人は後をたたない。シンプルで洗練されたものは時代を超えて普遍的なのだと教えてくれる。 「ウチキパン」はかつて多くの従業員を抱え、ホールセールに力を入れていた事もあったという。時代は流れ、今は様相を変えたが、代々受け継がれてきたレシピから生まれるパンは今でも訪れた人々を魅了する。「イングランド」に影響を受け自分もこのようなパンを作りたいと思いパン作りに励んだ人もこれまで多くいただろう。 実は打木さんは元町の商店会である「元町エスエス会」の街づくり管理委員長も務める。その組合の活動スローガンに「変わらない想い、変わっていくストーリー」というものがあるが、打木さんのパン作りに対する想いと一致するところがあるという。 「商店会としては、皆が来やすい街に変化していく事が重要だと思います。しかし、変化の中でも、『イングランド』などの看板商品の変わらない味は輝きを放ちます。変化と伝統のバランスが大事です。これからもこの街で愛されるパン屋さんであり続けたいですね」(打木さん) SHOP DATA 店名:ウチキパン 住所:〒231‐0861 神奈川県横浜市中区元町1‐50 電話:045‐641‐1161 営業時間:午前9時〜午後7時 定休日:月曜 品揃え:約70品目 店舗面積:厨房48・4坪、売り場8・5坪 スタッフ:製造常時8人、販売常時3人(土日祝販売常時4人) | |||||||||||||
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