故三藤喜一氏が50年以上前に決断したブルーオーシャン戦略が今日のポンパドウルを作った - 私の販売集大成ノート(26) - ブランスリー電子版

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連載/2023年1月号

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故三藤喜一氏が50年以上前に決断したブルーオーシャン戦略が今日のポンパドウルを作った - 私の販売集大成ノート(26)
パンが特に好きな訳でもなかった

 1978年9月、ポンパドウルの販売マネージャー候補として中途採用で入社した。この年、成田空港が開港し、ファミレスが誕生した。日本と中国の平和友好条約が結ばれた年でもある。
 兼ねてより食に関連する仕事に興味を持っていたが、ポンパドウルの存在すら知らなかった。ベーカリーに興味があった訳でもなく、パンが特に好きな訳でもなかった。
 心を揺さぶったのは募集記事の「店の販売業務を任せます」と言う文言であった。
 新宿小田急ハルク内のポンパドウルで焼き上がったばかりのフランスパンのドゥリーブルを一本買った。香ばしい香りと焼きたてパンの温もりが印象として残った。店内は多くのお客様で賑わい盛況で、若い販売員が忙しく対応していた。入社試験前に店の雰囲気と味を知っておきたかった。

前身はパン製造販売会社の「昭和堂」

 実はポンパドウルとの縁は、私が小学生の時に既にあった。ポンパドウルの前身はパン製造販売会社の「昭和堂」である。故三藤喜一氏が戦後に起業し急成長して、1960年代後半には20憶円の売上で神奈川県製パン企業のトップになり、全国で8位にランクされた事もある。
 会社の所在地が川崎市昭和町である事から「昭和堂」と命名したと三藤達男会長の著書「幸せを運ぶ赤い袋」(神奈川新聞社)に記されている。
 私はこの昭和町の隣の四谷上町で生まれ育った。小学生の頃から何回となく工場の前を通り過ぎていた。活気ある工場という印象だけで、パン製造工場である事を知らなかった。そこがポンパドウルの前身である事を知ったのは入社五年後の事である。当時の三藤喜一会長の地方店舗巡回同行時に「昭和堂」時代の事を伺った事がある。その時代を懐かしそうに話されていたことが思い起こされる。

誰も追いつけない企業への脱皮を決断

 その事実を知ってからある事に大きな疑問が湧いた。神奈川県の製パン企業のトップにまで成長した企業が何故、その地位を捨て新たなスタイルを描くに至ったのかという疑問である。ここで再度「幸せを運ぶ赤い袋」を読んでみた。
 「1965年頃から昭和堂は山崎製パンや第一屋製パン等の大手資本の進出によるシェア争いに巻き込まれる事態となり、強い危機感を持つに至った。このままでは近い将来、大手対大手の潰し合いになる。資本力に劣るほうが負けるのは目に見えている。他社が競争しているうちに、誰も追いつけない企業に脱皮すべきではないか」という分析の結果、経営者として重い判断を下すことになる。
 同業他社との情報交換や海外視察を経て、フランスパンとデニッシュペストリーを主力商品とし、明確なコンセプトでチャレンジすると言うポンパドウル構想を打ち出した。ポンパドウル誕生の根っこである。当時の流れに逆行する多品種少量生産と焼きたてパンを提供する為に店舗内に工房を併設する一店舗一工房のスタイルを導入した。

常に危機感を持ち現状に満足しないこと

 大手資本力に怯えるだけでなく自ら生き延びる為の強味を作り上げ、競争に立ち向かう姿には感動するものがある。決断の時点でその時あった何かを捨て去り失うものもあっただろうが、しかし得るものの方が多く、それが人々に幸福をもたらすと経営者は信じたに違いない。
 そして、今日の事実が、その決断が正しかったことを証明している。今日思えば、誰も追い着けない企業態勢の中で働けた事と、具体的な目標達成の為に私も微力ながらその一員として力を発揮出来た事を誇りに感じる。
 在職中、先代会長が口癖のように言っていた「常に危機感を持つ事」という言葉が浮かび上がる。危機感とは「現状に決して満足しないこと」という明確な会長の答えがあった。
 察知した危機感は、シェア争いが激化したこの時代に形成されたのだ。危機に対応した経験から得た言葉は今も我々に力を与え続けている。

 望月 康男 販売アドバイザー。1946年神奈川県川崎市生まれ。東京都町田市在住。趣味は、ドライブ、登山、ビデオ撮影、映画鑑賞。1978年9月、株式会社ポンパドウル入社後、町田店、六本木店、伊勢佐木町店の販売マネージャー。1985年1月販売課長。1989年6月販売部長。1996年12月取締役販売促進部長。2001年10月取締役広報宣伝部長。2007年2月〜2010年1月顧問。全店の接客、品質、クレンリネス、品揃えの改善点をアドバイス。株式会社ポンパドウルの成長期、成熟期に販売関連業務に携わる。







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