ポンパドウルの成長と自身の成長が重なる30年だった - 私の販売集大成ノート(11) - ブランスリー電子版

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連載/2021年8月号

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ポンパドウルの成長と自身の成長が重なる30年だった - 私の販売集大成ノート(11)
赤い袋は最初は大きな不安要素だった

 1969年11月、異国情緒漂うファッションの街、横浜元町にポンパドウル一号店がオープンした。世の中は少品種大量生産が主流であったが、全く逆の多品種少量生産を掲げ、フランスパンとデニッシュペストリーをメインにして、セルフ販売方式でスタートした。
 当時食品業界で赤いパッケージを使う事は殆どなかった。赤色を使う事は大きな不安要素だったと故三藤会長から聞いた事はあるが、結果はお客様からお洒落であると受け入れられた。以来赤い袋はポンパドウルの代名詞となっている。
 余談だが時々ポンパドウルで買物をして赤い袋に入ったパリジャンを鷲掴みにしながら街を歩いてお洒落感覚を楽しんでいる。

第一突進期、成長期、転換期を経て力強く歩む

 ポンパドウル在職中の成長経過を私なりに捉えると以下のようになる。
 1969年からの10年間は「第一突進期」。横浜元町一号店のオープン後、神奈川県内で次々に店舗展開を進めながら東京への進出を開始した。
 1979年からの10年間は「成長期」。横浜元町に本社ビルが完成した。九州小倉店を皮切りに地方出店を果たし全国展開を開始した。技術研修の場として三浦半島の油壺に研修センターが落成した。   1989年からの10年間は「転換期」。創業者三藤喜一社長が取締役会長に、三藤達男氏が二代目社長に就任して、大規模な組織改革が行われた。元町本店ビルがリニューアルオープンした。日本経済はバブル景気に浮かれたが後にバブル崩壊による景気後退も経験した。

第二突進期は、年間最多出店などで躍進

 1999年からの10年間は「第二突進期」。一年間で最多の六店舗が新規オープンした。デパートブランドの「ポンパドウル」とは別に、スーパーやショッピングセンターに出店する際のブランドとして「アンジェターブル」が誕生した。
 他に「人事トータルシステム」や「ベッカーマイスター制度」が導入された。全店コンピューターによる売上や商品管理システムが導入された。各種の研修が積極的に実施された。何時も組織が何処かで動き、何処かで変革の準備が進められているという実感があった。それはエキサイティングであり魅力的であった。

191日間で約4万本のバタールを無料配布

 バブル景気に沸く1989年3月から10月まで横浜市100周年を記念して、みなとみらい地区で「横浜博覧会」が開催された。横浜という一都市を世界に向けて発信する一大イベントに地元企業としてポンパドウルはフランスオーブンを設置して出展した。
 バタールを1時間毎に1日6回以上焼き上げ、開催中の191日間、毎日無料配布した。少なく見積もっても約4万本と膨大な数となる。 
 私は横浜ポンパドウルの販売担当であった事から、博覧会の運営に携わった。期間中毎日2名の販売員と製造員が必要となり各店から順次派遣してもらった。焼き上がりを待つお客様の数は日増しに膨らみ盛況であった。
 販売員はポンパドウルの拘りを宣伝しながら一人一人に焼き上がったばかりのバタールを手渡しするのがメインの仕事であった。日頃はお客様に直接アピールだけをすることはなく、不慣れな業務に戸惑った販売員もいた。

ポンパドウルの知名度を上げる絶好の機会

 1333万人の来場者数は目標を大幅に上回り大盛況で「横浜博覧会」は閉会した。現在稼働しているみなとみらい地区の「大観覧車」や桜木町駅前の「動く歩道」は当時建造されたものである。
 「横浜博覧会」はポンパドウルの知名度とフランスパンの味をアピールする絶好の機会と三藤社長は捉えていた。開催期間中に聞かれた様々な反応や声から、その目的は十二分に達成出来た事を実感した。
 多くの時間と多額の諸経費を使い、販売と製造従業員が直接関わった大掛かりな宣伝活動は、私の30年の在職期間中これが最初で最後であった。

望月 康男 販売アドバイザー。1946年神奈川県川崎市生まれ。東京都町田市在住。趣味は、ドライブ、登山、ビデオ撮影、映画鑑賞。1978年9月、株式会社ポンパドウル入社後、町田店、六本木店、伊勢佐木町店の販売マネージャー。1985年1月販売課長。1989年6月販売部長。1996年12月取締役販売促進部長。2001年10月取締役広報宣伝部長。2007年2月〜2010年1月顧問。全店の接客、品質、クレンリネス、品揃えの改善点をアドバイス。株式会社ポンパドウルの成長期、成熟期に販売関連業務に携わる。







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