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| 特集/2021年5月号 |
2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
| パンの移動販売
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渡辺さんが「ロバのパン」を岐阜県で復活させることになった転機は、今から十数年ほど前に訪れた。もともとホテルを中心とした人材派遣業を営んでいた渡辺さんが、行きつけの店で飲み仲間と会食をしていた時に、そこにいた飲み仲間の一人で、当時はホテルのレストランでコックをしていた山田幸弘さんが、ひょんなことから思い出話の一つとして子供の頃よく食べた「ロバのパン」の話を始めたのだった。山田さんは後に渡辺さんが立ち上げた「一恵庵 ロバのパン工房」の職人兼取締役になった人物だ。 「飲み仲間と話しているうちに『ロバのパン』が岐阜でもまた復活すれば良いのに、といった話で盛り上がってしまったんです」と渡辺さんは振り返る。渡辺さんの仲間うちでは、それをきっかけに1年くらい「ロバのパン」のネタの話が続いたという。 渡辺さんはその間、自分が「ロバのパン」の一族と繋がりがあることを隠していたが、ある段階で、「実はロバのパンの代理店を運営する権利を嫁ぎ先からもらっている」と仲間に明かした。 それで結局、渡辺さんは、皆から推される形で「ロバのパン」を復活させる事になったのだった。ただ、渡辺さんは「当時は秘伝の材料やレシピも知らなかったため、『ロバのパン』の蒸しパンが作れなかった」と振り返る。 低速走行でも負担がない車 結局、渡辺さんは、三重県四日市市で老夫婦が細々と続けていた「ロバのパン」の代理店を見つけ出し、そこから商品を卸してもらえることになり、「ロバのパン」の営業ができる事となった。しかし、京都の本部の許可を得てからは、自宅の台所で作るようになり、2016年には岐阜市岩栄町に正式な自社工房を建設している。 また、販売に使う車は専門の業者に頼み、昭和後期に使っていた車のデザインに近いものをワンボックスカーを改造して作ってもらった。ロバのイラストが描かれ、赤と白を基調にした鮮やかなデザインのものだ。実は昭和後期に「ロバのパン」が徐々に消失して行った背景には、低速で動く車のメンテナンスが難しかったということがあった。そのため、車体に負担がかからないような、新しい車を作ってもらった。 現在では車の数も4台に増やし、岐阜のほか、愛知県西北部や名古屋方面に至るまで巡回している。また移動販売だけでなく、催事場や岐阜県美濃加茂市の道の駅「ぎふ清流里山公園」の売店での販売も行うようになった。 | |||||||||||||

渡辺さんが岐阜で「ロバのパン」を復活させてから10年以上が経過した。令和の時代を迎え、コロナ禍では、外食が制限される中、「ロバのパン」は高齢者だけではなく若い人からの引き合いも多くなっている。 「最近では企業のお昼ご飯にと巡回を頼まれる事も多くなりました」(渡辺さん) 近年は、頻繁に動き回るより、催事場など一カ所にある程度とどまって売れる販売スポットを増やすようにしているという。 「やっぱりなるべく最小限に動くようにする事で、車体への負担を避けたいという思いがあります」(渡辺さん) 日本でのパンの移動販売としては草分け的存在の「ロバのパン」だが、渡辺さんには、令和という新しい時代の中で将来の展望として思うことがあるという。 「本店がある京都までの道のりに、切れ目なく『ロバのパン』がある状態にしていきたいということと、浜松までのラインをも作る事の2点を目標としています」(渡辺さん) 昭和28年に初めて「ロバのパン」の移動販売が始まったのが、静岡県の浜松と、本店がある京都で、当時その四輪の馬車を提案してくれたのが浜松の「亀屋パン」の社長だったことから、浜松は「ロバのパン」と縁が深い場所なのだという。 「移動販売はコロナ禍の中では、その利便性ばかりが注目されがちですが、車で訪問する事自体が、お客様を励ます事に繋がるという側面もあります。続けるのは大変ですが、やりがいのある仕事だと思います」(渡辺さん) 店名:一恵庵 ロバのパン工房 住所:〒500‐8134 岐阜県岐阜市岩栄町2‐17 電話:058‐213‐8188 営業時間:午前10時〜午後8時(移動販売) 定休日:不定休 品揃え:定番12品に日替わり8品目を加えた合計20品目 スタッフ:製造常時2人、販売常時5人(移動販売3人、催事1人、道の駅売店1人) | ||||||||||
| 30年以上続けた移動販売コロナ禍を経て大きく変革 - エッセングループ | |||||||||||||||||||
神奈川県横浜市を拠点に展開するエッセングループは、1985年の創業から30年以上パンの移動販売を続けてきた。現在は10台以上のパン専用の販売車でそれぞれ20カ所以上の販売ポイントを回っている。 販売場所は街中や住宅街の路上もあるが、最近は企業の敷地内や学校、期間限定のイベント会場や結婚式場などで販売スポットを確保することが多くなってきているという。 「販売する前に、必ずその場所を提供してくれる側の責任者に会って話し、口約束での取り決めですが販売の許可を得ます」(エッセングループ広報) 基本的には、許可は得ても場所代を請求されるような事はほとんどないが、逆に向こうから頼まれてその場所へ売りに行く場合でも、巡回料などはもらわないという。 1日の客数は1台につき、60〜100人ほど。それぞれルートや販売スポットがかぶらないように割り当てているが、場所を提供している側の都合で販売ポイントが減る事もある。逆にドライバーや営業担当者の新規開拓により販売スポットが増える事もある。 今はコロナ禍で、昼休み中も社員を外に出したくない企業などから巡回の要望をもらう事も増えてきた。また何年か前に老人福祉関係の展示会に出展してからは、老人ホームや介護施設からの引き合いが多くなり、販売スポット数も巡回頻度も目覚しく伸びてきているという。 エッセングループは製造を主な事業とした会社、エッセンと販売会社であるエッセンハイムを中心に5つのグループ会社で構成される。 グループの代表で創業者でもあるエッセンの角田憲治社長は「移動販売は投資コストが低いので始めるのは比較的楽ですが、雨の日も風の日も外を回らなければならないし、客単価は低いから薄利多売で続けていくのは大変です。車のメンテナンスも大変ですよ。パンだけじゃなく、車も好きでないと続けられないですね」と話す。 ドイツの行商から得たヒント 角田社長は今から40年以上前、25才の時にベーカリー業界に入る。もともと京都から22才で上京し、スポーツグッズの輸入販売業を営んでいたが、縁あって紹介状を頂き、東京・丸の内の東京會舘内のベーカリーで見習いのパン職人として働き始める事となった。 そして3年ほどして、取引先の貿易会社の社長の紹介でドイツに行き、現地のベーカリーで修行させてもらう事になったのが人生の大きな転機となったという。 「パン作りだけではなく、向こうの文化から生活の様々な事に至るまで見聞きし、実に色々な経験をしました。ドイツだけでなくヨーロッパの各地を回ったりもしましたね」(角田社長) 中でも、今に通ずる経験となったのが、中部ドイツ・ハイデルベルグでメルセデスのワゴン車で魚を売りに来ていた行商の姿を目にした事だという。人々の生活の中に自然と溶け込んでいたその魚売りの姿は角田社長の脳裏に、大きなインパクトを残した。 そして角田社長は、帰国後ほどなくして独立し、ベーカリーを立ち上げる。まだ移動販売という形式は取り入れず、普通の「街のパン屋」だったが、まず東京・八王子で1店舗目をオープン、続いて新横浜で2店目、そして3店目を現在まで続く横浜・鴨居でオープン。 そして珍しい事に新横浜店では併せて自動車の製造・販売も手掛けるようになった。 それというのも、実は角田社長は無類の車好きだったからだ。パン作りだけではなく、自分で部品を組み立てて車を製造することもできた角田社長は、そのうちに、パンの移動販売車のような車の開発・製造・販売も始めるようになった。そして3年ほどが経過する。 「店を作ってからしばらくして、自分が作った配送車を使って自分の店のパンを売る事を始めました。ドイツで見た魚売りの姿が脳裏にあった事もありますが、遠くに住んでいて店まで来られない人達にも当店のパンを届けてあげたいという思いがありましたね」(角田社長) 当時は角田社長ともう一人の従業員とで作ったパンを角田社長が一人で車に乗って販売に回り、販売スポットは団地や町工場が中心。今のように催事場へ呼ばれて行くような事はなく、店の工場で製造したできたてのパンを各販売スポットへ直接配送して届けていた。 メニューは初期の頃はライ麦パンなどのドイツパンやハード系のパンなども多く出していたという。 「ドイツパンやハード系のパンは、固定ファンもいたのですが、移動販売の車に集まってくるお客様が多く求めているものを考えた結果、高齢のお客様も多いので柔らかいパンの方が増えていきました」(角田社長) やわらかいパンが多い中でも、ドイツパンの影響が残るパンも多く、「モーン」や「アプフェル」など、ドイツの名残が窺える商品もある。 | |||||||||||||||||||
創業から40年近く経つが、実は同社はこれまで「有限会社エッセン」として上海や韓国などの海外にも出店や指導で進出した経験もあり、様々な投資を行ってきたという。 「多くは人から要望があって海外へ店を出したものでしたが、やるからには良い仕事をしいと思いました。結果、浮き沈みもありましたが、全ては血となり肉となり、良い経験として現在のエッセングループの一部になっています」と角田社長は語る。 ただ最近は海外展開よりも、2015年頃から開始したデパートや大型ショッピングモールなどの催事での販売に力を入れるようになってきている。 催事販売は結果が良ければまれに常設店になる事もあるが、デパート側からすると冒険になるので、実現することはまれだという。 エッセン側にとっては移動販売の枠のみに拘っているわけではなく、催事販売の拡大にも引き続き力を入れていきたいが、それでも売り上げの半分は今でも移動販売によるものだという。 その移動販売は昨年、売り上げが例年よりおよそ2割伸びた。 コロナ禍が追い風となった可能性のほか、もともと新規の販売スポットが増えてきていた事もある。特に増加がめざましい老人ホームなどは、販売車で入って集まってきた客へ直接売る場合と、施設側に在庫を卸売りする場合があるが、両方とも手応えがある。 「ロングセラーで長く続いている商品の人気がやはり手堅いですね。添加物などは極力入れず丁寧に作るように指導していますが、庶民的で入りやすい感覚も忘れず、価格は無理のない範囲で抑えるよう心がけているのが良かったのかもしれません」(角田社長) 高齢者が食べやすい優しい味で、なおかつ、普段はなかなか外に出られない買い物弱者である事を意識した気配りができるかどうかもポイントだ。 ドライバーも兼ねた販売スタッフは行列ができるような場所でなければなるべく丁寧な接客を心がけるが、さりげない会話の中で客の動向をつかみ、新商品などを紹介をする事も忘れない。 若い世代の育成がポイント エッセングループは、移動販売車での販売と同じくらい、本部工場内の職人スタッフの技術力育成や商品開発にも力を入れている。 新商品は本部工場で、新人の若いスタッフも含め皆がなるべく参加し提案しあって決めていく。 「商品開発に携わることは、上下関係なく皆にとって成長の機会になるから、なるべく参加してもらいたいと考えています。人材あっての会社成長ですが、今は会社にとって大きな変革機を迎えているのではと感じていますね。だから今は移動販売業のみに拘らない様々な形での投資を行っていきたいとも考えています」(角田社長) 体制的には、製販分離で分社化したが、今後は若い世代の育成がキーポイントとなってくると考えている。 独立希望者も受け入れはするが、何事も勉強だと思って挑戦していけるような理念や哲学がないと厳しいと助言はしたいという。 「人とのつながりを大切にして、チャンスのタイミングを見逃さずに、そのワンチャンスにかける勇気で成功につなげて欲しいですね」(角田社長) 店名:エッセン 住所:〒226‐0003 神奈川県横浜市緑区鴨居1‐9‐12 電話:045‐935‐3108 営業時間:午前10時〜午後7時ぐらい(移動販売) 定休日:日曜 品揃え:20〜60品目 スタッフ:製造常時30人(本部工場)、販売約20人(移動販売、催事販売、本店店頭などを合わせた数字) | ||||||||||||||||
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