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| 特集/2020年12月号 |
2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
| 女性が営むベーカリー | ||||||||||
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将来の独立を夢見て日々製パンの修業に励む人たちの中には、女性の数も少なくない。男性であることから来る強みがあるように、女性であることに由来する強みがある。そして、男性であるが故の悩みがあるように、女性であることによる悩みもあるだろう。今回は、将来自分の店を持つことを励みに毎日頑張っている女性ブーランジェの参考になればと、女性が営むベーカリー2軒を取材した。
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10年後を見据えての移転
───移転は規模を拡大したいなど何か理由があっての事だったのでしょうか。 北村 それもありますが、多摩境の店は実家の一階にあったので、娘がまだ幼いうちは家族の支えがないと続けていくのは難しい状況でしたが、娘が小学校に上がるのを機にプライベートも店も改めて今後のことを考えるタイミングであったと思います。機材も全て中古で購入したものでしたので、製造量やパンの出来にも限界が見えていた感じでした。新たに購入するにも厨房が狭くて設置できない機械や設備もありましたし、震災を機に車で移動する人が減って客足が急激に落ちてしまった事もあり、今後今の形で10年続けられるか考えた末、思い切って移転しました。 ───移転場所は南大沢団地の一角に広がる古くからの商店街ですが、この場所を選んだのは何か理由があったのでしょうか。 北村 以前の店から車で10分ほどの距離なので前からのお客様の集客が見込めることや、東京都の管理物件のため家賃が安かった事などもありますが、環境的にも近くに幼稚園や小学校、大学があり、団地自体は高齢の方が多いのですが、近隣には幅広い年齢層の方がお住まいなのでご来店いただけるかもしれないと考えました。また店を広くして、イートインを設置することで、お客様にはよりゆっくり落ち着いて買物をしてもらいたいと思いました。 ───HPに出ていましたが近道をすれば駅からは7分ほどで着きますしね。途中、自然豊かな公園の中も通るので、ついでに散歩もできそうです。 北村 以前の店は、ひっそりとした住宅街の中にあり駅からは20分以上かかるので、口コミでマニア的な人が車で来てくれるという感じでした。ひとりで店を始めたばかりの頃は辛い事もありましたが、幸い、うちで働きたいと集まってきた人が一人、また一人と増えていき、皆良い方ばかりでした。「チクテ」の店のイメージばかりが先行していった部分もありますが、結果的に人に恵まれたのが良かったと思います。 ───移転を機に品揃えもだいぶ変わりましたか。 北村 粉、水、塩、国産小麦、自家製酵母で作るシンプルなパンという軸は変わらないですが、色々な年齢層の人が来られるようになったので、意識して日常に密着したパンも少しずつ出すようになり、例えば角食パンなども作り始めました。一枚でも満足できるようにずっしりと重く作った食パンです。 また以前は機材の関係でストレート製法の生地しか仕込めなかったのですが、今はオーバーナイトや成形冷蔵など色々な製法を試しています。酵母も4種類をうまく使い分けて、酸味を出さずに、小麦のおいしさをそのままパンにできるよう日々心がけています。 ───開業時からずっと継いでいる種もあるんですよね。 北村 全粒粉酵母の種ですね。ライ麦サワー種も状態を見て継いでいます。移転を機に新しく追加したものもあります。ルヴァンリキッドやレーズンの液種です。酸味を抑えて味に深みを出すために、適宜併用しています。 家族や仲間の理解と支え ───ところで、ご家庭との両立は大変ではありませんか。 北村 夫が理解ある人で助かっているかも知れません。パン業界とは全く関係のない仕事で店の事にはノータッチですが、器用なので家事を手伝ってくれています。子育ては両方の親族で助け合い、スタッフが子守をしてくれた事もありました。私はだいぶ恵まれていたのかも知れません。パン作りも大事ですが、家族との時間や仲間との繋がりは大切にしたいと思います。 ───パン屋を辞めたいと思った事はありますか。 北村 実は一度だけあります。2006年頃、ヘルニアになって歩くのも座るのも苦しくなってしまったのですが、手術後後遺症も残らず良くなりました。手術前は今後の見通しがたてられずに店をいちど閉めたのですが、自分はパンを作る事以外で何ができるんだろうと考えた時に、やっぱりパンしかないと思いましたね。 ───最後に女性ブーランジェとして成長していきたいと考えている後輩へ、何かメッセージをお願いします。 北村 当店のスタッフはほとんどが女性なのですが、やはり結婚や出産などもあり、若いうちに業界を去ってしまう人が圧倒的に多いようです。今は若い人でパン職人を志す人が減り、業界自体は人手不足ですから、女性で経験のある人が長く働ける仕組みづくりが今後は特に必要なのではと思います。独立するにしてもしないにしても、女性がパン作りの仕事を続けるには難しい事が多くありますが、家族や仲間などの理解と支えがあれば続けていけるのではないかと思います。周囲をたくさん巻き込んで諦めずにパン屋の仕事を長く続けて欲しいですね。 |

| 素材の味を活かした体に優しいパン - GET WELL SOONの吉田絵里子オーナー | |||||||||||||||||||
どうしても作りたかった酵母パン ───「GET WELL SOON」は開業してまもない頃から、店頭販売とあわせてネット通販や専門店への卸売などにも力を入れていましたよね。全国各地で安定した根強いファンを獲得しているかと思います。開業した1998年当初は天然酵母パンの黎明期だったとも聞いていますが、当時の事について教えてください。 吉田 はじめは福島県の浅川町にある私の実家の小売酒屋の一部を改装してのオープンでした。 ───パンの世界にはどのような経緯で入られたのでしょうか。 吉田 実は私はもともと理系で、大学院で物理学を専門に研究していて、パン屋とは全く関係のない研究職の分野で就職も決まっていました。 その一方で、私は子供の頃からお菓子作りがとても好きで、自分が本当に好きな事を仕事にしたいという強い気持ちも持っていました。 ただ当時はお菓子だけでパンは作ったことがなかったのですが、研究員時代に都内近辺で自家製酵母パンの店を回るうち、作る人の生き方や食生活までも内包する酵母パンの魅力にはまってしまい、どうしてもこれを作れるようになりたい、関わっていきたい、と思うようになりました。 結局内定先は辞退し、当時は都内にあったとある天然酵母パンのベーカリーで卒業後から働かせてもらう事になりました。 ───好きな事を仕事にすることができて良かったですね。 吉田 はい。でも修行の厳しさに耐えられなくなって、結局一年半で辞めて実家に帰ったのですが、しばらくすると、やっぱりどうしてもパンやお菓子を作りたくなってしまうんですね。そうこうしているうちに、作ったものを自分で売る事を考えるようになりました。 そこで、父が資金面でも全面的に協力してくれ、酒屋だった実家の倉庫の一部を改装してパン工房にしてしまって、後に引けない状況になって始めた、というのが本当のところです。ただ田舎だったので、当初の店頭販売は酒屋の売り場の片隅にパンを少し置いてもらうくらいでした。あとは自然食品の店への卸やチラシを配って注文がきたところへ配達するなどの業務が中心でした。 転機は2000年4月からインターネットでの通信販売を始めた事です。 ───当初から健康志向で、シンプルに素材の味が伝わってくるパン作りを心がけていたようですが、ネット販売をきっかけに日本各地から注文が来るようになり、売り上げがぐんと伸びたとお聞きしました。 吉田 そうですね。その頃、ネットで雑貨を販売しているカリスマ的な人がいて、その人経由で繋がりを広げていくうちに口コミで広まったり、雑誌に取り上げてもらったりして、売り上げの9割弱はネット通販からのものになり、月商も90万円を超える月が続くなどして好調でした。 2種類の酵母を使い分ける ───店のパンは2種類の自家製酵母を使って作っていらっしゃるんですね。 吉田 はい。無農薬の小麦全粒粉から起こした酵母は少し酸味がありますが、酵母パンらしい定番のパンに使っています。酸味が少ない柔らかいパンには、自然栽培や無農薬栽培の玄米から自分で作った玄米甘酒を発酵させた酵母を使用しています。小麦全粒粉酵母はバタールやカンパーニュなどのハード系が中心で、玄米甘酒酵母はほんのりと甘い香りがするので、パンドミやクリームパン、マフィンなどの柔らかい生地を作るのに向いています。 全粒粉酵母は東京で修行したベーカリーで使用したものと同じで、開業当初からずっと継いでいます。玄米甘酒酵母は、子供でも食べやすいように、酸味が少なく柔らかいパンが作れないかと考えて作ったものです。当時果物を使った酵母が流行り始めていたので、色々試したのですが、結局、玄米甘酒から起こした酵母が一番しっくりするものが作れると思いました。 また、こだわりとしてはそのほか、できる限り砂糖や添加物、卵、乳製品などの動物性のものは入れないようにしています。 例えばシュトレンなど一般的には砂糖をたっぷり入れるようなものでも、果実を多く入れて素材の甘みを味わってもらう事で、砂糖を入れなくても甘みを味わえるようにしました。 ───体に優しいものを作りたいという思いが強いわけですよね。どういったきっかけからそう思うようになったのでしょうか。 吉田 自分の中から自然と湧き起こってきた感じですね。2005年に結婚し子育てを経験してから、さらにその思いは強くなりました。 自分が子育て世代となったから感じるようになったのかも知れませんが、アレルギーや様々な現代の問題の悩みを話される方も多く、このパンがそんな日々のストレスを癒す手助けになっているということを感じさせていただくこともあります。 人間の体が本来持っている免疫力を高め心身ともに健康になれるように、体に負担がかからないものを子供達には食べさせたいと思います。そのためには、なるべく地元産の旬の素材を使って、自然の流れに沿った中で生み出された食べ物を与えたいといった思いが強くありますね。 ───店名の「GET WELL SOON」は英語で「早く良くなってね」という意味ですよね。 吉田 そうです。ここに来るとほっとするというお客様がいますが、食べる事で癒され元気になってもらえるような、そんなパンや食を届けたいという想いを店の名前にこめました。 | |||||||||||||||||||

───創業してからもう22年たちますが、その間、店の場所も2回移転していますよね。 吉田 そうですね。1998年の4月に実家の浅川町に開いた店から、隣町の棚倉町へ移転したのが、結婚と出産を経て生活に大きな変化が生じた2007年の事です。そこで長く夫婦で家族経営をしていましたが、実は2018年に離婚する事になったので、また店舗を同じ棚倉町内でも別の場所であるここ流字能登田に移転する事となりました。 ───今の場所で営業するようになって、営業日を週二日に減らしていますが、他の日はネット販売や卸売りの業務を中心にされているという事でしょうか。 吉田 実は、ネット販売や卸売りもなるべくは週二日の営業日に終わらせるようにしています。他の日は仕込み作業などが中心ですね。あと今は女手一つで15歳と11歳の子供を育てていますから、家の用事もありますし、店の方も私一人で回していますから、どうしてもできる事は限られてしまいますね。 ただ週二日にした事で逆に効率が良くなったのか、お客様もその日に集中して来て頂けるようになり、全体の売り上げはそれほど変わらないんですね。 コロナ禍以降はステイホームと免疫力を上げるため体に優しい天然酵母のパンを食べたいという方が増えたのか、ネット販売の売上がさらに伸びています。 ───やはりパン屋を続けながらの子育ては大変でしょうか。 吉田 どうでしょうか。私は出産後もおんぶしながら店を切り盛りしたりして、傍目には大変そうに見えたかもしれませんが、実は私の場合、子育て自体は苦痛と思った事は殆どありません。 結婚生活そのものは苦労が多かったですが、子供達の成長を見守るのはとても楽しく、今でも子供達がいるから頑張れるとも思います。 実はお店を開いた当初は自分が結婚するとは思っていなくて、予想外の結婚、そして離婚でした。ただ結果的に二人の子供達と出会う事ができたので、元夫とは別れたとはいえ、苦労も含めての醍醐味として結婚した事自体は後悔していませんね。 ───最後にこれから開業もしくはパン職人として成長したいという女性ブーランジェの後輩へ助言できる事があればお願いします。 吉田 女性だからというわけではないのですが、やはりどんなパンを作ってどんな店を作りたいかという強い想いみたいなものは持ち続けていた方が良いのではと思います。そういった想いや信念のようなものがあれば、色々な困難や不都合があっても頑張れるし、何が起きても後悔しないのではないでしょうか。 | |||||||||||||
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