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| 連載/2019年11月号 |
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| 地球の裏側の国、ブラジルへの旅 - 一粒の麦から52(文・本行恵子) | |
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ブラジルのサンパウロから600キロ離れたアリアンサ村にある弓場農場で暮らす従兄弟を訪ね、飛行機で25時間以上の長旅に挑戦し、貴重な体験をしてきました。自給自足の弓場農場で過ごした10日間は、物が溢れる消費社会に慣らされてしまった私に、人間本来の生き方を考え直す機会を与えてくれました。
ブラジル移民集団の一つの弓場農場 日本の海外移民の歴史は1868年、ハワイのサトウキビプランテーションへの渡航からはじまります。その後北米、ペルー、ブラジルなどにも、多くの日本人が新天地を目指しました。弓場農場は1926年に日本からブラジルに渡った弓場勇さん一家と仲間たちによって開拓された、日系人の生活共同体です。ここでは全員が農業、酪農、養鶏、木工などの仕事に就き、空いた時間に自分が好きな芸術に親しんでいます。みんな当たり前のように自主的に仕事をしていますが、強制はされません。畑を耕し野菜や果物を作り牛や豚や鶏を育て、毎日の生活に必要な食べ物を作っています。現在は赤ちゃんから100歳近い高齢者までの約50人前後が、お互いを支えあいながら暮らしています。農場で作られるオクラ、生シイタケ、トマトなどの旬の野菜、そしてマンゴー、グアバなどを収穫し、箱詰めしてスーパーなどに卸しています。また大豆を育てて作る味噌、醤油や、ラー油、福神漬け、かりんとう、豆板なども弓場ブランドの加工食品として人気が高く、近隣の村から定期的にお客が訪れ購入していきます。現金収入は公的な財産として会計係が管理し、その中から農場に必要なトラクターや乗用車を購入し、ガソリン、電気、ガス料金などを支払います。バックパッカーの旅人も無償で受け入れているので、労働奉仕をしながら数カ月滞在する人もいます。また弓場農場では芸術活動も盛んで、ほとんどの人がバレエや演劇を演じ、ピアノ、バイオリン、フルート、チェロなど楽器の演奏もできます。敷地内にあるテアトロ・ユバと呼ばれている劇場での公演は、脚本はもちろん、演目で使う舞台装置や衣装、メイクも、すべて自分たちの手によるものです。昼間は大地を耕す労作にいそしみ、夜はクリスマスや発表会のためにバレエ、コーラス、楽器、演劇の練習に励みます。自分の体を使って創作表現する喜びが、皆の笑顔から伝わってきます。 お金では買えない豊かさがある 農場の一日は、朝6時の角笛の合図で始まります。敷地内にある大食堂に人々は集まり、全員で黙祷してから食事をします。朝食はご飯とみそ汁、納豆、つくだ煮、漬物などの純和風のものもあれば、弓場農場特製の焼きたてパン、目玉焼き、野菜サラダ、ジャム、ヨーグルトなどの洋風のものもあります。大テーブルに並ぶすべての料理が、農場内で収穫されたもので作られています。 夕食も一世の人達が作っていた日本の家庭料理が受け継がれ、自家製豆腐、ほうれん草のお浸し、根菜類の煮物、てんぷら、焼いた川魚、鶏のから揚げ、そしてたっぷりの生野菜が毎食登場します。最近まで石窯を使って焼いていたパンも、扱いが難しい年代物のガスオーブンとミキサーを使い上手に焼いています。原材料の小麦粉、イースト、塩、砂糖は購入していますが、牛乳、バターなどは自家製です。毎日焼く食パンのほか、シナモンロール、子供たちと一緒に作る動物パン、ピロシキ、シフォンケーキ、バースデーケーキなどバラエティーに富んでいます。 土を耕し、芸術を愛し、祈りを捧げる弓場農場の人々から、大地の恵みを頂き自然と共に生きる豊かさを学ぶことができました。 |



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