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| 連載/2018年5月号 |
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| 東日本大震災、7年目に思う - 一粒の麦から43(文・本行恵子) | |
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7年前の3月11日午後2時46分、私は取材で新潟に向かう新幹線の車内でした。車窓から見える風景がゆがみ、列車は大きく揺れ緊急停車。熊谷の手前あたりで何事が起きたのか全く分からないまま、同行者のスマホに映る緊急速報と画像にショックを受けました。岩手、宮城、福島を中心とする東北地方太平洋沖に地震が起き、マグニチュード9を記録する大地震を伝えています。そして津波により沿岸部一帯が波に飲み込まれていく様子、福島第一原子力発電所事故による大量の放射性物質漏洩を伴う悪夢のような映像が流れていました。車内は停電状態でエアコンは止まりトイレも使えない中、5時間くらい閉じ込められたまま夜を迎えました。やっと車内放送があり、線路沿いに徒歩で熊谷駅まで避難する指示が出たのは夜8時過ぎ。その後JRが手配したマイクロバスで、市民会館に移動。すぐに水、クッキー、毛布が配られましたが、眠れない夜を床の上で過ごしました。しかし被災地ではもっと悲惨な状況が続いており、一刻も早く被災された方々が安全な場所に移動し身が守られるよう祈りました。
りんご農家からパン・菓子職人へ 以前にも紹介した「希望のりんご」は、東日本大震災の被災地のひとつ、岩手県陸前高田市米崎町の経済復興を目的に、りんご産業による雇用や生きがいを生み出す創生プランです。これまでにもたくさんのパン屋さんやお菓子屋さんの協力で、パンの配布、募金活動、パン教室、りんごの木オーナー制度による植樹や収穫体験ツアーなどを行い、時間の経過とともに変化しながら支援活動を行っています。秋に収穫された新鮮な米崎りんごは、農家の方々からパン屋さんやお菓子屋さんに送られ、様々なパンやお菓子になってお客様の手に渡っています。またオーナー以外の方々もりんごを積極的に購入し、農家の皆さんを支えています。そしていろいろな機会に現地に足を運び生産者と交流を深めることで、応援する気持ちも強まります。私も自分のりんごの木を育ててくださっている金野りんご農園をいつか訪ねたいと思っていましたが、昨年の夏やっと実現しました。 岩手県陸前高田市の今を訪ねて 昨年8月26日〜27日にかけ「希望のりんご」の仲間たちと一緒に、陸前高田市を訪れました。 東京からJRで一ノ関に行き、陸前高田市まではレンタカーで移動。昼食は、震災で自宅ともども津波にさらわれ、2014年4月に現在の場所に店舗を移した「こんの直販センター」で帆立貝や海藻がたっぷり入った人気の磯ラーメンをいただきました。そこから徒歩5分の場所にあるりんご農家の金野秀一さんの畑に行くと、自分の名札が付いたりんごの木には若い青リンゴが実っていました。畑から見える海は、7年前の津波を想像することができないほど穏やかで美しい風景が続いています。津波ですべてが流された沿岸部の復興作業は、現在も終わっていません。その後ボランティアガイドの方の案内で、津波の恐ろしさを後世に語り継ぐ「復興まちづくり情報館」や「奇跡の一本松」、そして被災遺構の「道の駅高田松原」を見学し、高台に建てられた被災者たちの集合住宅を訪れました。現地で出会った被災者の方々のお話を聞きながら、想像もつかなかった被害の大きさに心が痛みました。これからも被災者の方々に寄り添うことが、求められていると思いました。次回の希望のりんごツアーは、5月12日〜13日に予定されています。(希望のりんごの公式ホームページは、http://www.kibounoringo.com) 本行 恵子(ほんぎょう けいこ) パンと食のライター。家庭製パン教室を10年間主宰した後、パン業界専門誌『B&C』の編集記者、編集長として勤務。16年間の在職中、日本各地のリテールベーカリーや欧米、アジア諸国を訪問し、パンと食文化を取材。現在はフリーの立場で、業界専門誌や企業ホームページでの執筆活動、業界関連団体への企画提案などを行っている。ライフワークは、パンのある食卓の提案。 |




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