パン屋になって本当に良かった - ブランスリー電子版

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特集/2017年1月号

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パン屋になって本当に良かった




客とのやり取りに触発されて、パンは日々進化し続ける - ブレッド&サーカス
右から、店長の寺本康子さん、パンを作る夫の五郎さん、販売スタッフの女性
木製の棚には、大型の食事パンがずらりと陳列されている
神奈川県の温泉観光地として有名な湯河原町にある「ブレッド&サーカス」
上は「全粒粉カンパーニュ」(税込702円)、下は「リアルカンパーニュ」(税込648円)。レジ手前の木箱に入っている
 「いつも楽しいです。お客様に接することができて、そして喜んでもらうことができて。喜んでもらえたことが分かったとき、楽しさを実感します」。こう話すのは、神奈川県湯河原町のベーカリー「ブレッド&サーカス」の店主、寺本康子さん。

客の「来てよかった」の声が楽しさを実感させてくれる

 康子さんは販売を担当しており、康子さんの夫の五郎さんと、ほか5人のスタッフがパンを作る。
 同店は、取材時も、「知人から評判を聞いて北海道から来ました」と言う客や、その前日には、熊本からの客がいるなど、毎日のように遠方から訪れる客がいるという。
 「遠方からもわざわざ来て下さるのは、期待を裏切ってはいけないという、気が抜けない緊張感はありますが、嬉しいですね。来るまでに時間も労力もかかりますし、それに、今はとても寒いですから。そんな苦労をしてでも、来てよかったと思える店でありたいという思いで務めています」(康子さん)
 客がパンについて問い合わせると、康子さんは元居たレジカウンターの所からすぐに、そのパンの場所まで動き、対応する。その機敏さは、まさに真剣勝負といった動きだ。「来てよかったと思ってもらいたい」という、康子さんの思いの強さが現れている。
 全国各地からの客の憧れを集める同店のパンは、強い独自性を持つ。五郎さんが、多くの洋書も参考にしながら熱心な研究を重ねて作り上げてきた。 
 そんなパンの並ぶ様は、今朝焼き上がったばかりなのにも関わらず、それぞれが洗練された個性を放つベテランのような、堂々とした趣だ。そうしたパンの存在感があることで、余計に狭く感じる小さな売り場は、5人の定員で区切っている。
 店の外には、入りきれない客の為の椅子が用意され、座面には、暖かそうなふわふわのムートンが敷かれている。康子さんが取材時に何度か言った、「寒いのに外でお待たせしてしまって」という言葉が重なる。



定員5人の小さな売り場に、堂々とした趣のパンがならぶ
康子さんは販売担当。客から楽しそうだと言われるという
中に入り切れなかった客や開店前に並ぶ人のために用意された椅子には、寒さ対策でムートンがひかれていた
好きなことができている喜びを噛み締めて

 康子さんが自分の店を持ったのは20年前で、現在のベーカリーという姿ではなく、イタリアンコーヒーとサンドイッチをメニューの柱とする喫茶店だった。
 「喫茶店のときから、パンは店に並べて販売していました。メニューのサンドイッチには、もちろん自分で作った食パンやカンパーニュなどを使っていました」(康子さん)
 パン作りは、喫茶店を始める前からも自宅で行っていたという。
 「子どもの頃から料理が好きで、家族の食事も作ってしまうほどでした。パンも料理の一つとして作っていたのですが、パンは一回作ると、一度に食べきれない位たくさんの量が作れます。ですので、友達やご近所に配って回るのですが、それが楽しくて。作るのも、皆に振舞うのも、昔から好きなんです」(康子さん)
 康子さん、五郎さん夫妻は元々は、デザインや建築の仕事をしており、昼夜逆転の生活を送っていた。ベーカリーを始めてから、その生活は一転し、さらに十分な睡眠時間を取るのが難しくなった。康子さんは現在、夜12時に就寝し、深夜3時に起床している。
 「辛いことと言ったら、朝早い時間に、必ず起きなければいけないことですね」(康子さん)
 日中立ちながら寝そうになってしまうこともあるそうだ。しかし康子さんは、そこまで身体を酷使しているとは思えないほど、店頭では精力的だ。客からは「いつも楽しそうで、趣味を楽しんでいるみたい」とよく言われるという。また、最近同年代の人からは、今頃になって、肉体労働でヘトヘトになるまで働くことへの憧れがあるという話をよく聞くという。
 「身体が一日中動いて、こうして働けることが幸せで、生きがいですね。ベーカリーを始めてよかったと思っています。毎日、仕事が終わったときは、感謝の気持ちでいっぱいになります」(康子さん)
 康子さんは、ブログのほか、フェイスブックやツイッター、インスタグラムなどのSNSを利用して、頻繁に同店の情報発信をしている。康子さんおすすめのパンの食べ方や料理など、同店のことに限らない内容もある。閲覧していると、豊かな食を疑似体験できて、頻繁に来店できない遠方からの客にとっても、有り難いサービスだと言えそうだ。
 「更新作業は、例え徹夜しても苦にならないくらい楽しいです。好きなことをただひたすら書くということが、楽しいんだと思います。最初に始めたブログは、閲覧者がゼロに近い開設当初から、楽しんでやっていましたね」(康子さん)




「全粒粉カンパーニュ」(税込702円)。粉はカナダ産最高級小麦粉を使用
円筒形の型で焼かれた「パンドミ」(税込410円)。バターを減らしサワークリームを使用しているため、ややさっぱりとした味
ユダヤ地方発祥の焼き菓子「ハーマントッシュ」(税込280円)。ビスケット生地に、甘酸っぱいフルーツを合わせてある
食べ方を知ることで世界が広がる喜び

 店の営業が終わると、スタッフ全員で賄い料理を食べる。賄い料理は康子さんが担当している。
 「当店は食事パンが多いので、賄いで作るのはそれと合う料理が基本です。賄いを皆で食べるには目的があって、それは従業員にパンの食べ方を知ってもらうことです」(康子さん)
 明確な目的がありながらも、賄いの時間は、おいしく食べることに集中するという。
 「従業員には、目的があることは打ち明けていません。言ってしまうと、頭で考えて、食べ方が変わってしまうと思うんです。食事は、おいしいと五感で感じて楽しまなければ、身に付いていかないものです。ですので、まずは楽しむことが第一で、今はわからなくても、後で気が付いてくれたらいいと思っています。パンの作り方しか知らないというのでは、お客様と接するとき困ります。お客様は、パンを楽しみたいと思っているのですから、食べ方をお教えできることが大事なんだと思います。知らない世界を見せてもらうことは、わくわくして嬉しいものです」(康子さん)
 一方で、同店の客は、外国暮らしの長い人もかなりおり、食べ方については逆に教えられることも多いという。
 「食べ方は聞かれることも多いですが、『パンおいしかった』という感想と共に、教わることも数多くあります。『デーツといちじくの甘めのパン』(税込453円)はクリームチーズと相性がいいのですが、そこにちょっとブルーチーズをのせても、また別のおいしさがあると、お客様が教えてくれました。とても参考になりますね」(康子さん)
 同店は、開業から約3年の間は、品揃えのほとんどが食事パンだった。しかし、客の要望によって、菓子パンや焼き菓子なども豊富に揃う現在の品揃えになったという。
 「私自身が甘いものをそれまで食べてこなかったので、甘いパンのイメージが沸いてこなかったんです。でもお客様から、『甘いものがあると楽しい気分になるのよね』と言われたことがきっかけとなって、作るようになりました。今では、甘いパンを食べるとほっとできたり、コーヒーがよりおいしく感じたりすることが分かりました。楽しみの世界を広げていただいたことに感謝しています」(康子さん)

SHOP DATA
店名:ブレッド&サーカス
住所:〒259‐0303 神奈川県足柄下郡湯河原町土肥4‐2‐16飛田ビル1F
電話:0465‐62‐6789
営業時間:午前11時〜午後5時
定休日:水曜、木曜
品揃え:約50品目
スタッフ:製造6人、販売1人
店舗面積:売り場約6坪、厨房約8坪
日商:35〜40万円(通販も含む)



情熱に動かされて行動し、想像を超えることが沢山起きた - ブーランジェリー セイジアサクラ
オーナーシェフの朝倉誠二さん。手には、窯から出したばかりの「黄金色のバゲット」(税込324円)
「黄金色のバゲット」(税込324円)はフランスで身につけたポーリッシュやルヴァンリキッドの技術を生かしている
「チーズカレー」(税込329円)。グリュイエールチーズ入りで野菜たっぷりのカレーを、薄いハード系の生地で包み込み焼き上げた
 「もともと最初からはっきりと夢や目標があったわけではありません。自分がパン屋としてできる事を続けていったら、自分にとって想像もつかなかったような良い事が何度も起きました。振り返るとそんな感じです」と東京・港区のベーカリー「ブーランジェリー セイジアサクラ」の朝倉誠二オーナーシェフは話す。

いつも誰かに助けられていた

 地元・徳島県の地方都市にいた高校生の頃からアルバイトとしてパン業界に入り、以降20数年以上、業界一筋できた朝倉さんにとって、パン屋でいる事は良くも悪くも当たり前のことだった。続けられたのは、パンそのものに対する朝倉さんの好奇心や情熱に突き動かされた面もあるが、その一方で、パン屋である事はあくまで手段で、そこに仲間が集まり共通の目標に向けてつながる連帯感みたいなものを楽しんできたという側面もあるという。
 「今思えば、その時その時で誰かが引っ張ってくれて、結局誰かに助けられてきたので感謝の気持ちが強いですね」と朝倉さんは話す。
 朝倉さんは、パン業界に入ったきっかけについて「お好み焼き屋でバイトをしようと連絡したら、採用を締め切っていたので代わりにベーカリーの仕事を紹介してくれました。それが始まりです」と話す。
 そこは地元では大手企業として知られるベーカリーで、もともと早く社会に出たいという気持ちが強かった朝倉さんは懸命に働いたという。
 そして高校卒業と同時にそこに就職。ゆくゆくは自分の店を持つ事を考え始めた20歳前に、その大手ベーカリーから地元で繁盛店だった個人店のベーカリーへ移った。
 「自分にとって『才能』ってよくわからない概念です。だから自分の生き方は『運』と『努力』が全て。その意味では自分は徳島の個人店で良い師匠に出会えたと思います。それは運が良かったからだと思います」と朝倉さんは話す。そのオーナーから多くの事を学んだが、中でも店を運営していく上での様々な課題として、経営の効率化や労働環境の問題などを聞かせてもらったことは財産になっているという。
 「利益率の考え方とか、製パン技術以外に必要な事も多く学ぶ事ができました」と朝倉さんは話す。

「チーズカレー」(税込329円)には、大きめにカットした野菜を入れたカレーと、香ばしいグリュイエールチーズが入っている
東京・港区のベーカリー「ブーランジェリーセイジアサクラ」の外観。奥に長く伸びたこぢんまりとした作りだが、鮮やかで真っ赤な色の扉が情熱的な雰囲気を醸し出す
ゆずの天然酵母を使用した「柚子香るクリームパン」(税込162円)
ゆずの天然酵母を使用した「メロンパン」(税込193円)。バターと柚子酵母の旨みと風味のバランスがポイントとなっている
情熱を抑えきれなくてフランスへ渡る

 その後、朝倉さんは見ず知らずの世界であるフランスへ渡るという思い切った行動に出る。好奇心や情熱を抑えきれないところからくる決断で、ツテもコネも何もなく、飛び込みで働かせてもらうよう頼み込む日々を経験した。厳しい実力社会だったが、やがて、ベルナール・ガナショーやエリック・カイザーなどフランスのパン業界の重鎮に師事するという幸運を得る事ができた。
 「言葉も何もわからない中で雇って面倒見てくれました。フランスでは信じられないくらい色々な人にお世話になりました。その恩は忘れられません」(朝倉さん)
 帰国後、朝倉さんはメーカーでの商品開発などの経験を経て2008年に「ブーランジェリーセイジアサクラ」をオープン。フランスで身につけたポーリッシュやルヴァンリキッドの技術をもとに独自開発した3種の天然酵母を使い分けた商品を展開するなどし、地元の人の間で高い人気店となる一方で、遠方から訪れる熱烈なファンを多数抱える繁盛店へ育てていった。
 中でも「シェフのスペシャリテ」である「黄金色のバゲット」(税込324円)はパンマニアのコミュニティーサイト上でバゲット部門の金賞を受賞し、また今では看板商品となった「チーズカレー」(税込329円)の発売後は東京で一番おいしいカレーパンの店と言われるまでになった。

世界中のパン職人との見えない連帯感を感じる

 「今まで起きた事は自分の想像を超える出来事が多かった」と、感慨深く語る朝倉さんだが、フランスへ行ったおかげで世界は自分の想像を超えて広い事もわかったという。
 そして「今この時も時差があるから世界のどこかでパンを焼いている職人がいます。そう考えると世界中のパン職人同士の間で言葉は通じなくても見えない連帯感を感じてしまいます。『世界各地に言葉が通じなくてもパンを焼いている仲間がいる』という感じです」と熱く語る。
 ただ朝倉さんがこれまでパン業界の道を歩んできたのは、意外な話だが「消去法」によってだったという。「自分ができること、社会から求められていることをつき合わせたら、やっぱりパン屋しかありませんでした。でも、辞めたいと思ったことも何度もあります」と朝倉さんは話す。
 ただいつもやめたいという気持ち以上に朝倉さんのパンに対する好奇心や職人達が継いできた技術を伝えていきたい使命感や、そうした気持ちの方が勝ってしまうのだという。
 「いつも仲間に恵まれていたので「やっぱりパン屋だなという風になってしまうんですね」(朝倉さん)

原価計算女王
原価計算女王
ぶどうの天然酵母使用の「豆パン」(税込244円)。鹿子豆大納言の甘さと、生地の塩味、旨味の組み合わせが特徴
販売スペースは3坪と狭いが、それほど窮屈な感じはなく、センスよく製品が並べられている
「アロマホップ生クリーム食パン 2枚」(税込125円)はアロマホップの天然酵母を使用
同店ではベーカリーで1000円の商品を売る試みとして「フォアグラハンバーグサンド」(税込1080円)を発売した
安定した経営を続け長く生き残ることが目標

 実は、朝倉さん自身も経営者になり、パン業界が抱える色々な問題についてより深く考えるようになり、その間、徐々に朝倉さんの中で目標とする事に対する意識も変わってきたという。
 「開業からしばらくの間はやはり売上を伸ばし、会社として事業を成功させる事が重要でした。でも今は、適正な従業員数に対する適正な売上があり、スタッフの皆が安心して生活できるよう、皆の生活水準をあげられるような会社でありたいと思っています。当店は開業時からスタッフが週休2日を取る事を想定した上で利益率の設定を行っていますが、会社としてのクオリティーを高め、パン屋で働く事で皆に良い人生だったと思ってもらえるようにしていきたいですね」(朝倉さん)
 だから朝倉さんにとって最終目標は会社として安定した経営を続け長く生き残る事だという。もちろん、以前から考えていた、いずれはパリに店を出したいという目標もあるが、実現するかよりも、その過程の方が大切なのだと朝倉さんは考えている。「そのためには、生産効率を上げながら付加価値をつけられる商品を増やす事が必要です」(朝倉さん)。
 そのために朝倉さんが、まず実践しているのが、「レディ トゥ ベイク」という手法。ホイロ後、生地を冷蔵する事により、必要な時にすぐ焼成し、焼きたてを出す事ができるという手法で、「チーズカレー」などの看板商品もこの方法を取り入れている。
 また、最近同店ではベーカリーで1000円の商品を売る試みとして「フォアグラハンバーグサンド」(税込1080円)を発売した。「呼び水的な目的もありますが、大企業がプライスリーダーとして作り上げてくれた高付加価値商品の市場に対し、小売業ベーカリーの立場からも何ができるのか考えた時、この商品が生まれました」(朝倉さん)
 朝倉さんは、「パン屋は夢のある商売で、目指してくる若い人は純粋な人が多いんです。だからそういった若者の夢を裏切るような業界のあり方は問題です。自分はこの業界で色々な人のお世話になり、人との出会いを大切にして一生懸命やれば道は切り開かれることを学びました。だから恩返しをしたいという気持ちがあるので、自分の立場でできる事をしてバトンタッチしていきたいですね。懸命に進めば限られた想像力でも限定できない未来が待っています。そう期待する事自体がワクワクして楽しくなりますよね」と語っていた。

SHOP DATA
店名:ブーランジェリー セイジアサクラ
住所:〒108‐0074 東京都港区高輪2‐6‐20朝日高輪マンション104号
電話:03‐3446‐4619
営業時間:午前9時〜午後6時半(売り切れ次第終了)
定休日:木曜
品揃え:60品目
スタッフ:製造常時5人、販売常時1人
店舗面積:厨房10坪、売り場3坪


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