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| インタビュー/2016年7月号 |
2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
| 緩やかな発展を目指す - パン工房ポッシュの吉川知良社長 | |
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埼玉県さいたま市の北浦和駅近くにあるパン工房ポッシュ(電話048−831−2823)は、太平洋戦争後間もない、1947年(昭和22年)創業の老舗ベーカリーだ。現在は3年前に三代目社長に就任した吉川知良さん(36歳)が現場を仕切る。創業者の祖父が手掛けた食パンの味を守りながら、地域の嗜好を反映した商品作りに取り組む。「長いスパンでパン作りを行ない、緩やかな発展を目指したい」と語る吉川社長に話を聞いた。
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創業以来現在地で69年営業
―――戦争が終わって、まだ社会が安定していない頃の創業だとか。 吉川 1947年5月の創業です。今年で丁度69年になります。当時の北浦和は田んぼだらけで、その中に駅がポツンとあった場所だったそうです。 ―――なぜパン屋さんだったんですか。 吉川 戦争中、祖父は東京でパン職人をしていました。パンの製造技術を持っていたおかげで、徴兵は免れたと聞いています。パン職人を戦争中も続けられたことで、製粉業者をはじめ、材料メーカーともずっとつながりがありました。それが、戦後間もない頃の独立となったのだとおもいます。 ―――創業以来ずっとこの場所ですか。 吉川 はい、ずっとです。北浦和の東口には他に5店舗のベーカリーがありますが、入れ替わりも多く、昔から営業しているのは私どもだけです。 ―――駅の近くにも店舗をお持ちですね。 吉川 駅前店は3年前のオープンです。 ―――3年前から2店舗体制に。 吉川 いや、創業から5年後の1952年(昭和27年)に既に支店は開店していました。支店の場所は、これまで数か所移転しています。 ―――駅前店にも工場があるんですか。 吉川 ありません。この本社工場で作って運んでいます。十分に2店舗分の製造が可能です。約30坪ありますから。創業当初は工場も狭かったのですが、その後土地を得ることが出来て、今の広さになりました。 ―――広い工場では、何人の製造担当者が働いているのですか。 吉川 私を入れて6人です。ベテランの方は15年になります。短い人でも3〜4年です。全員が仕込みと窯を担当します。早出の人は3時30分から、あとの人は4時から仕込みに入ります。 長いスパンの経営で黒字を維持 ―――製造作業はどのようなスケジュールで行いますか。 吉川 食パンや調理パンなどは2回焼き上げますが、他の商品は1回のみの焼成です。昼前には全商品が売り場に並びます。午後2時には製造作業は終了します。 ―――終了時間は早いのですね。 吉川 はい。父の時代からこのスタイルを続けています。これからも変えません。従業員への負担を少なくしたいので。長いスパンでベーカリーの経営を見ていきたいからです。パン職人は働き過ぎだと思いませんか。働き過ぎは、かえってやる気をなくすように見えます。 私は大学を卒業した後に東京製菓学校で1年間学びました。最初に就職したのが、池袋にあったルノートルです。5年半ほど経験を積みました。そこでの就業時間は午前6時から午後4時まででした。私自身、働く時間はこの位が限界だと感じていましたので、私どもは、基本的に製造は午前4時始業午後2時終業としているのです。 ―――午後2時までに作った商品は売り切るわけですね。 吉川 頑張れば、がんばっただけ結果が付いてくると思いますが、作れば売れるわけではありません。例えば、デパート内のベーカリーは常に豊富な商品展示が必要でしょうが、私たちはロスを出せません。本店に商品が残りそうな場合は、午後8時30分までオープンしている駅前店で午後5時か6時過ぎから、10〜20%の商品値引きサービスをします。ロスを出すよりもお客様に喜んでもらうことが大切なんです。 ―――売り上げに影響はありませんか。 吉川 お陰さまで、売り上げ的には黒字は続いています。3年前に社長に就任して以来、商品動向を改めて見てきました。今は売れる商品の傾向が見えてきたように思います。現状維持の状態が続いていますが、今後は、緩やかな右肩上がりを目指そうと思います。 |



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