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| 基調講演で話す北海道立総合研究機構中央農業試験場の吉村康弘氏 |
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| ハルユタカにゆかりの深い15人がハルユタカとの出合いなどについて「トークリレー」 |
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| 「祝う会」には、小麦生産者のほか、製粉会社、研究機関、行政機関などから約130人が参集 |
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| ハルユタカのパンやご当地自慢の食材を使った料理に舌鼓を打ちながらの交流会 |
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北海道で育成された小麦品種「ハルユタカ」が誕生して30年が経ったことを記念し、2月19日、北海道江別市で節目を祝う会が催された。
ハルユタカは「国産小麦ではパンが焼けない」といわれていた時代に登場し、幾たびかの不作に見舞われながらも市場の支持を獲得し、今日の国産小麦の隆盛の礎となった品種とされる。通常、小麦の品種は約10年ごとに新品種に更新されていくというが、ハルユタカは市場ニーズの後押しもあり、30年という長寿品種となっている。
祝う会は「江別麦の会」会長の片岡弘正氏(小麦生産者)を代表とする発起人が主催。生産者をはじめ、製粉会社、食品会社、研究機関、行政機関などから約130人が参集した。
片岡氏は、初冬に種を播き、雪の下で発芽、越冬させることで赤かび病や穂発芽を発生しにくくする栽培法「ハルユタカ初冬まき栽培」の先駆者。
同氏は開会に際し、安定栽培にこぎつけるまでの危機を振り返りながら「たくさんの業者から生産をもっと増やしてほしいと言われている。求められるものを作るのが生産者の使命だ」と力強くあいさつした。
基調講演では北海道立総合研究機構中央農業試験場の吉村康弘氏が、北海道産小麦の変遷とハルユタカの果たした役割について紹介。
栽培技術の向上により、この50年で北海道産小麦の生産量が飛躍的に増加し、いつの間にか北海道が小麦の主産地になったことや、多くの品種が生まれては消えていく中でハルユタカがどのようにブランド化を遂げていったのかを、品種特性や栽培技術・加工技術の発展など様々な面から解説した。
続いてハルユタカにゆかりの深い15人がハルユタカとの出合いやハルユタカに寄せる期待について「トークリレー」を行った。
30年前にハルユタカの育成に携わった前野眞司氏は「ハルユタカ誕生前夜」と題し当時の育種の時代背景や世に出る直前のハルユタカの実需評価について語り、帯広の満寿屋商店の杉山輝子会長は、地元十勝産小麦でのパンづくりを実現するために奔走していたという亡き夫の思い出を振り返った。
また、江別製粉の安孫子建雄社長は「多くの人にこんなにも愛され、慕われ、望まれて、幸せな小麦です。この小麦を通じて、皆さんに出会えたことに心から感謝しています」と語った。
続いて、当初江別市内の一部の生産者が取り組んでいたハルユタカの初冬まき栽培を拡大定着させるのに貢献した農業改良普及員や元農業試験場職員、農機設計者、江別に続き初冬まき栽培を地域ぐるみで導入したJAたきかわの生産者などが当時の熱気を伝えた。
また、「江別小麦めん」を発売した製麺会社、菊水の杉野邦彦社長は、「地域の誇れる食材としてのハルユタカを軸に商品開発をする中で、地元の生産者や消費者、子供たちとの距離が縮まった」と農商工連携のシンボルとしての意義を述べた。
インターネット通販で北海道産小麦粉を中心に取り扱うアルナチュリアの楠本社長は「一度他の小麦粉に移っても、また戻られるお客様が多い」とハルユタカに根強い人気があることを紹介し、会場を沸かせた。
その後はハルユタカのパン、ラーメン、肉まんをはじめ、ご当地自慢の食材を使った料理に舌鼓を打ちながら、多くの地域にまたがる関係者らが和やかな雰囲気の中、それぞれのハルユタカとの関わりを振り返りながら交流を深めた。