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| 連載/2016年1月号 |
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| 昔ながらの煉瓦窯で焼く手仕込みのパン - 一粒の麦から29(文・本行恵子) | |
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昭和初期の製法を守る老舗
阪急神戸線・岡本駅徒歩1分の場所にある「フロイン堂」は、昭和初期に建てられた木造モルタルの建物がそのまま残る町の小さなパン屋さん。地元の人々だけでなく遠方からも訪れる人が絶えません。ガラス戸を開けると、売り場のショーケースや棚も、ガスコンロの上でアンドーナツを揚げている様子も昔のままです。私が取材した当時のことが、懐かしくよみがえってきました。 「フロイン堂」は創業者の竹内善次郎さんが、テレビドラマ「風見鶏」のモデルにもなった「フロインドリーブ」で修業した後、1932年にその支店として開業されました。 店には創業当時から使われている煉瓦窯と、手で生地を捏ねるフネ(アルミを張った木箱)があり、今では珍しい昭和初期の頃のパン作りを守り続けています。毎日30〜40キログラムの生地を40分くらいかけて捏ね上げる労力は相当のものですが、ミキサーを使えば、ボタン一つで捏ね上げることができます。しかし店主の竹内善之さんが敢えて手ごねにこだわるのは、職人の技と手の感覚がパンの仕上がりに反映すると考えているからです。 「すべてのことがどんどん機械化され、人間はラクしていますが、本来持っている力を大事にしてほしい。どんどん退化して感性が鈍ってしまう」と将来を案ずる竹内善之さん。 ここでは生地を手仕込みするだけではなく、パンが焼き上がるまでの工程すべてに感性を働かせます。捏ね上がった生地は、湯を沸かし温度と湿度を調整する手作りのホイロでじっくり時間をかけて発酵。捏ね上がり状態、ホイロの終点の見極めは、長い間に培われた勘がものを言います。生地を捏ねながら小麦粉と水が水和して行く様子や、生地を掴んだ時の手の感覚を体で覚え製パンに生かします。その技は3代目となる息子さんの隆さんや、親戚の松本良夫さんと岡山から修業に来た松浦順二さんに伝授しています。 そしてパンを焼く煉瓦窯も、フロイン堂のパンの味を決める大きな役割を果たしています。8年前から燃料を薪からガスに変えた現在は、ガスバーナーで窯の中が365度Cになったら蒸気を入れて40分かけて焼成します。炉内の場所によって温度が違うので、パンを移動しながら焼成することもポイントになっています。 阪神淡路大震災の時、店も窯も奇跡的に無事でした。そして地震から3日目には、当時はまだ薪を燃料にしていたおかげで、被災者の方々に煉瓦窯でパンを焼いて配ったそうです。人々の命を繫いだパンは、昔ながらの伝統的な製法で作られていたのです。 特製のパン焼き型が再び生産の方向へ 「フロイン堂」の食パンは、創業当時から窯のサイズに合わせた黒鉄製のパン焼き型を使っています。一般的にはシルバー製の合金やアルミ製のパン焼き型が使われていますが、黒鉄製は火通りも良く焼き上がった後、パンの美しさが際立ちます。丁寧に使い使用後は油を塗って手入れをしていますが、傷みが激しく劣化した型もあります。このパン焼き型を作る職人が今ではいないため、型の補充が心配されていたところ、思いがけない朗報が届きました。 創刊110周年を迎える月刊誌『婦人画報』が、記念プロジェクトとして「クラウドファンディングWESYM」(目的に賛同し出資すると、額に応じて商品や体験を買うことができる仕組み)を企画し、「フロイン堂」を支援することが決まったのです。支援する金額に応じて「フロイン堂」の商品や、工場見学とパンのレクチャー、パレスホテル東京でフロイン堂のパンの朝食と宿泊など素敵な商品が用意されました。すでにこのプロジェクトは終了しましたが、支援を申し出た多くの人々のおかげで黒鉄製のパン焼き型を特注できる方向で話が進んでいるようです。 雑誌やネットを通じて呼びかけた「昭和初期の製法を守り煉瓦窯でパンを焼く職人を応援」というメッセージが、人々の心を動かし、ミッションが実現したのです。このニュースは手仕事を大切にするパン職人さんたちにとって、大きな励みになることでしょう。 |



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