1人でパンを作るベーカリー - ブランスリー電子版

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特集/2015年10月号

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1人でパンを作るベーカリー




無理のない経営で地域の人に愛される店に - フェルマータ
人気の「フェルマータの食パン」(税込230円)
真っ赤なテントが印象的な外観のベーカリー「フェルマータ」
パンのやけ具合を確認する鈴木さん
「売り切れ御免」の線を引く

 東京・国分寺市のベーカリー「フェルマータ」は、売場3坪、厨房6坪の店内で、オーナーの鈴木純一郎さんがほぼ1人で製造を行っている。販売とサンドイッチなどの調理は、スタッフの山村あゆみさんが担当。山村さんは鈴木さんが独立し同店を開店する前からの同僚だ。
 JR中央線・立川駅から立川通りを走るバスに10分ほど乗った所にある真っ赤なテントが印象的な外観の店だが、中に入ると、木の質感漂う陳列台で囲まれた売場や、その向こう側に広がる開放的な厨房の様子などが見える。
 「売場が小さいですから、回遊式で商品を選べる広々とした店舗と比べると、子供連れの人などは中で動きにくいこともあります。そういったことを考えると、買いやすさという点では大型店に勝てませんね。その分、小回りがきき、お客様の一人一人の反応や要望を聞きやすいという利点をいかすようにしています」(鈴木さん)。
 鈴木さんは、今から7年前にそれまで勤めていた大手ベーカリーチェーンのポンパドウルを退社し、独立した。
 鈴木さんが退社時に言われ、今でも覚えているのは「『売り切れ御免』の線をどこで引くのかが個人店の重要なポイントだ」という言葉だという。実際、今、鈴木さんはその言葉を強く噛み締め実感している。
 「開店当初からしばらくは夕方にも焼きたてのパンが出せるよう、ほとんど全ての商品に関して一日何回も焼成をしていました。でも今は違います」(鈴木さん)

結局、食パンが一番売れるとわかった

 現在の鈴木さんの1日の流れは、午前1時半頃起床し、店には午前2時半から3時位までに出勤、平日は午前8時、土曜は午前7時に開店する。閉店は午後7時だが、その前に商品が売り切れれば、その時点でその日の営業は終了だ。日曜は休みだが、仕込みなどで鈴木さんは毎日出勤。以前は日曜、月曜と連休だったが、月曜日は開けている。月曜日、鈴木さんがやむを得ず店を離れなければならない場合、販売のみ妻の晶子さんに手伝ってもらうこともある。
 「1人で製造をしていると自分さえ無理をすればと思い長時間労働をしがちなんですが、最近は、自分の身体を大切にしつつ仕事をするようになりました」(鈴木さん)
 7年前の開店当初は無我夢中でだいぶ無理もしたという鈴木さん。当時は鈴木さんと山村さんのほか、鈴木さんの妻・晶子さんも毎日出勤しており、1日を通して3人体制であったという。
 「当時は自分の思い入れで売れると思うパンをたくさん出していました」と鈴木さんは振り返る。フランスパンやクロワッサン類、デニッシュなど見た目が綺麗で手の込んだ菓子パンも多めに出していた。
 「クロワッサン類や、綺麗なデニッシュをたくさん出しても、売れ残ることが多く、結局は食パンが多く売れていきます。またフランスパンのバゲットを出しても、当店は地域柄、高齢の方の来店が多いので、硬いパンよりソフトなパンが良いと別のものを買っていったりしていました」(鈴木さん)
 夕方まで焼き続けても結局余らせてしまうことが多かった。当時は夜遅くまで仕事をして、眠気防止効果のあるといわれる飲料を飲んだりしていた。ただこうした事を繰り返し、鈴木さんが気づいたことがあった。
 「結局、食パンが一番売れます。それがわかるまで時間がかかりました。個人店が無理なく経営していくことを考えると、今日はこれだけしか作れないことを示す『売り切れ御免』の線を引く必要があることがわかりましたね」(鈴木さん)
 そしてある時期を境に鈴木さんは、混雑する土曜を除き、午後の焼成回数を絞るようになった。午前焼成に重点を置き、午後の分は昼前の売れ行きにより追加分を調整。夕方に売り切って閉店できるようにしている。また食パンの焼成回数を増やし、他のものは状況を見ながら判断するようにした。



レジの様子。平日の客は年齢層が高いという
木の質感漂う陳列台が並ぶ売場
夏場はシュークリームを冷凍して販売している。バニラなど4種類があり、価格は税込130円から
「フェルマータの山型パン」(税込210円)
オーナーの鈴木純一郎さん
常連客の力を大切にする

 現在は店を回転させるペースも安定してきたという鈴木さんだが、売上は口コミで増えた常連客の力が大きいという。「実は開店当初は、この地域は昔から住む高齢者が多く、パンを食べる人はあまり住んでいないような場所ではないかと言われたこともありましたが、この規模で店をやっていくと決めていましたから、賃料などのコストがかかるところを無理して選ぶより、多少厳しい環境でもこの地域の住民の反応を見ながら新しい需要を開拓するのも良いと思ったのです」と鈴木さんは話す。
 ただし人手も資金も限られる中で派手な宣伝はできない。
 「お客様の生の声や反応を大切にしていました。口コミが命ですね。高齢の方はパンが好きではない人も多かったのですが、一度食べて良さがわかってもらえると強いんです」(鈴木さん)
 高齢者は一度にたくさん買い、それを近隣や友人などへ配って広めてくれる人が多く、それを機に一気に常連が増えたこともあるという。
 「この規模の店舗が生き残っていくためには、やはり商品そのものが愛される必要があります」と話す鈴木さん。アイデアがあれば即決して新商品を出すことができるところが小規模店の強みだが、製品も偏りがちになるため、率直に助言してくれる人を大切にしているそうだ。

身をもって体験することができた

 鈴木さんがこの規模で自分の店を出したのは、無借金でできる範囲で無理のない経営をしたいと考えたからだという。実際同店の開店資金は鈴木さんの貯金と退職金でまかなった。
 鈴木さんは製パンの専門学校を19歳の時に卒業しポンパドウルに就職したが、当時は安定志向が強く独立など思うよしもなかったそうだ。そんな鈴木さんが独立に興味をもったのは、ある小さなベーカリーを見たことがきっかけだった。
 「そこは1人で製造から販売まで行う小規模店だったのですが、店を見た時、ピピっとくるものがありました。この規模で店を持つことができると知った驚きもありましたが、自分の求め思い描いていたものはこれだったと思ったんです」(鈴木さん)
 小作りな店の中で自分が動く距離、商品を出す感覚などが自分の中でぴったりとはまった。設備も限られたコストの中で無理なく揃えていることに興味を持った。「その2年位前から『パンを作ること』をより追求したくなり、自分の理想と思う店を作りたいという想いが大きくなっていたので『自分のパン屋さん』という漠然とした夢が、現実の目標となりました」(鈴木さん)
 そんな時、たまたま通勤経路の立川通り沿いでぴったりな物件のテナント募集の貼り紙を見た。賃料は月7万9000円と破格な上、広さも考えていたものに近かったという。「自分の中ではかなり運命的な出合いで即決でしたね。開店にあたり店内レイアウトをしっかりミリ単位で測定しましたが、不思議と自分が想い描いた数値にぴったりだったんです」(鈴木さん)
 開店後の紆余曲折を経て、鈴木さんが自分の生活とのバランスも考えた上で軌道に乗って来たと感じたのは2年ほど前だという。
 「独立して良かったのは色々なことを身をもって体験できたことなので、良い人生経験になっていると思います。今後も無理のないペースで経営しつつ、地域の人に愛される商品と店づくりを心がけていきたいですね」(鈴木さん)

フェルマータ
住所:〒185−0035東京都国分寺市西町5‐36‐7
電話:042‐534‐3334
営業時間:午前8時〜午後7時(月曜は午前8時〜午後3時、土曜は午前7時〜午後7時、いずれも売り切れの場合はその時点で終了)
定休日:日曜
品揃え:60品目
スタッフ:製造1人、販売・製造補助・調理1人
店舗面積:厨房約6坪、販売スペース約3坪
日商:平日4万円、土曜9万円



今の環境だからこそ作れるパンを大事にした - SOHA(ソア)
JR根岸線・洋光台駅から徒歩7分の自宅の敷地内に店舗を建築した。住宅街に溶け込んだ佇まいだ
1人で製造する棚橋美佳さん(右)と、販売を担当する母の仁子さん
入り口は引き戸になっており、床はコンクリート
エアコンには目隠しを付け、店内の雰囲気を大事にしている
濃紺と木目調でまとめられた店内。木製の陳列台に、パンが一つひとつ丁寧に並べられている。レジの横に厨房に続く出入り口がある
販売を任せられれば1人で作れる

 JR根岸線・洋光台駅(神奈川県横浜市磯子区)を出て、駅前の大通りを渡り、大手スーパー裏の住宅地に入ると、黒い外壁のベーカリー「SOHA(ソア)」が見えてくる。同店では、パン職人の道に入って20年近くになる棚橋美佳さんが1人で製造している。
 住宅街の一角に佇む同店だが、黒い外壁が周りの住宅とは異質で、何軒か離れたところからでも見付けることができる。しかし、大きな看板が立っていないので、同建物がベーカリーだという認識は、店の前まで来ないとしづらいだろう。初来店の人には分かりにくいが、一度来たことのある人にとっては、最寄駅からも近く、便利な立地だ。
 引き戸の入り口を開けると、販売を担当する美佳さんの母、仁子さんが、笑顔で「いらっしゃいませ」と迎えてくれる。
 途中、休憩で仁子さんが抜けることがあるが、午前10時に開店してから午後6時半に店を閉めるまで、2人だけで店を切り盛りする。
 「1人でパンを作っていこうということは早くから決めていました。でもいざ、店を開こうとなったとき、販売までは手が回らないと思い、母にお願いしたんです。逆に言うと、販売を安心して任せられる人がいれば、製造は、1人でやっていけるという自信がありました。自分1人で製造できる最大量を知っておくことも重要ですね」(美佳さん)
 美佳さんは、朝5時に厨房に入る。パンはすべて、前々日もしくは前日仕込みなので、オープンの時間に合わせ、次々に成形や焼成をしていく。
 「オープン当初は、最後の焼成が終わるのは13時頃でしたが、何カ月かして慣れてくると、12時過ぎくらいには終えられるようになりました」(美佳さん)
 焼成が終わり、昼のピークが過ぎた頃、販売を仁子さんから美佳さんへシフトし、仁子さんは休憩に入る。仁子さんが休憩から戻るだいたい14時頃から、美佳さんは翌日のパンの仕込みを始め、閉店する6時半から7時頃までに終える。
 「昨年7月にオープンしてから、1年通してやってきたことで、生地の発酵の仕方など、季節ごとの違いを体験できました。1日のスケジュールも、無理なくいいリズムが掴めています」(美佳さん)

壁と同じ濃紺の布の上に「SOAHのバゲット」(税込280円)など、ハード系のパンが並ぶ
生成り色の麻の布には、「チョコレートフランス」(税込180円)や「ブリオッシュ・シトロン」(税込150円)が並ぶ
「クロワッサン」(税込180円)や「クリームパン」(税込200円)、「ショコラ」(税込200円)などが丁寧に並べられたコーナー
「ベシャメルソースとハムのホットサンド」(税込160円)。食パン3枚を使用。隅々まで具が行きわたっている
レジ側から見た店内。間接照明がパンを照らしている
店の空間にも満足してもらいたい

 店舗は、自宅の庭だった場所に新たに建築した。店舗の設計は、設計士をしている姉の由佳さんが請け負った。
 「店内が素敵な空間だと、それだけで満足できるくらいですし、自分のパンを一から作るという意味で、空間づくりは重要な課題でした。建物の施工に1年かかりましたが、その間も、姉にイメージを伝えたり、相談に乗ってもらいました」(美佳さん)
 「店内は教会の中のような雰囲気にしたい」ということから、一般家屋の2階に相当する部分まで、吹き抜けの造りにした。
 「教会の扉を開けて中に入ったときのように、外の雑音が聞こえなくなって、一瞬で気分も変わるような空間にしたいと思いました。お客様に、その異空間に飛び込んだような感覚も楽しみながら、パンを選んでもらえたらと思っています」(美佳さん)
 陳列台に並べられたパンは、空間が醸し出す雰囲気とあいまって、一つひとつ丁寧に作られていることが見た目だけで伝わってくるようだ。 
 「味一つとっても、形一つとっても、心を動かすことができるようなパンを作りたいと思っています。食べるのは瞬間ですが、記憶としてずっと残るようなパンでありたいと思っています」(美佳さん)

修業先で1人で作る自信を付けた

 約20年前、パン職人の道を選んだときは、将来独立開業することは考えていなかったという。
 「専門学校を出てベーカリーに就職したのですが、それまで自分が思い描いていたイメージと現実との違いから、自分の将来に迷いが出てしまいました。それで一時、パン作りから離れて考えてみたんです。そしたら、やっぱり自分はパンを作っていきたいんだ、と強く思うことができました。それからは、自分が作りたいパンを、自分の足で探そうと決めました」(美佳さん)
 独立するきっかけとなったのが、神奈川県伊勢原市の名店「ブノワトン」への就職だった。同ベーカリーは、店主の高橋幸夫さんが死去したため、現在はない。
 「尊敬する高橋さんのパンは、まるでパンの方から語りかけてくるかのような、見ているだけでも心が動くようなパンでした。『ブノワトン』で働き、その後、高橋さんが新たに開業したベーカリー『麦師』で5年ほど働きました。開業した年の1年間、高橋さんの横で学ばせてもらったことと、『麦師』の工房長を任せてもらえるようになったこと、この2つがなければ、独立はできなかったと思います。独立して、1人で作っていける、という自信を付けさせてもらいました」(美佳さん)
 修業先で得た自信や、自宅の敷地内に店を建てられたこと、設計士の姉に店舗デザインを相談できたことなどの好条件が重なって、独立開業となった。
 厨房にあるオーブンやミキサーなどの機械はすべて中古だ。これも一つの出合いだという思いで、買い揃えたという。
 「厨房は、8坪という大きさも、揃えた機械も、自分一人で作っていくのにぴったりな環境です。サンドイッチや焼き菓子など、やってみたいことはたくさんありますが、今のこの環境だからこそ、作ることのできるパンを、一生懸命作っていきたいと思っています。誰かと一緒に作るのは、刺激があって楽しいですが、一人だと、枠にとらわれないでやり方を変えてみようと思えたり、常に自由な発想を持っていられる楽しさがあります。ただ、指摘してくれる人がいませんから、気を抜かず、自分に対する厳しさを持ち続けていかないといけないと思っています」(美佳さん)

SOHA(ソア)
住所:〒235‐0045 神奈川県横浜市磯子区洋光台3‐8‐31
電話:045‐294‐1910
営業時間:午前10時〜午後6時半
定休日:日曜、月曜
品揃え:パン約20品目
スタッフ:製造1人、販売1人
店舗面積:厨房8坪、売り場4坪

原価計算女王
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