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| 連載/2014年11月号 |
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| 古典菓子から学び直すことも大切 - 一粒の麦から22(文・本行恵子) | |
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パンと洋菓子と喫茶のある店
兵庫県神戸市にあるドンクは、初代の藤井元治郎氏が「藤井パン」を創業してから今年で109年を迎えました。3代目の藤井幸男氏が1947年に事業を継ぎ、1951年2月28日に「株式会社ドンク」を設立。それと同時に、それまでの卸し中心から小売り店に転向しました。新時代を迎えるにふさわしいパンと高級洋菓子、そして喫茶室を設けた新しいスタイルの店を作り、一流の技術者による本格的な商品を販売しました。そして昭和30年代には神戸一番の店といわれるほどの店に成長し、多くの著名人が訪れ繁盛していきました。 そこに至るまでには、藤井氏の並々ならぬ努力と英断がありました。本物のフランスパンと洋菓子を販売するために、現地の技術や情報を積極的に取り入れました。フランスパンの神様といわれたレイモン・カルヴェル氏を招き、フィリップ・ビゴ氏やピエール・プリジャン氏を技術者として招聘したことは有名です。そして昭和38年にはフランス菓子の担当であった高橋哲夫氏を、フランスに1年半送り出しました。高橋氏は帰国後、帝国ホテルからドンクに招いた製菓技術者の井上松蔵氏の元でしっかり技術を学び、藤井氏から厚い信頼をうけていた職人です。因みに井上氏はドンクの看板商品「松蔵ポテト」の生みの親です。高橋氏が現地で学んできた成果は大きく、ドンクは本物の洋菓子を出す店としてさらに人気を集めていきました。そして1966年8月には、「ドンク青山店」が開店。「本格的なフランスパンとフランス菓子を売る店が神戸から進出した」という評判が口コミで広がり、表参道の交差点まで行列ができる繁盛店になりました。またフランスからフランソワ・ドロネー氏、セルジュ・フリボー氏が製菓技術者として入社、ドンクの洋菓子はさらに充実していきます。後に「シェ・リュイ」を開いた平井政次氏は、1954年にドンクに入社しその洋菓子をつぶさに学んだ一人です。 68年のドンク青山のお菓子を再現 去る8月18日、フランス菓子を研究している糸井寿史さんが、渋谷区猿楽町にある「シェ・リュイ」の平井政次会長に「フランボアージインヌ」を特別注文しました。糸井さんは趣味で日本における近年のフランス菓子の歴史を研究し、その中に登場するお菓子の形や材料を詳細に文献で調べています。そして文献に登場するフランス古典菓子を、当時のレシピを継承する「シェ・リュイ」「東京カド」「パティシエ・シマ」「キャンティ」に製作を頼み、愛好家たちと一緒に楽しむ試食会を開催しています。 今回の「フランボアージインヌ」の特別注文は、1968年当時の「ドンク青山店」の菓子全種類を復刻する企画の第4回目。完全制覇は5年くらいかかるそうです。当時「ドンク青山店」でフランス菓子を作っていた平井氏に、当時のレシピの再現を依頼しました。興味を持った平井氏は、代官山店製菓長大沼秀樹シェフに製作させ、自ら監修を務め協力しました。今回使われた新潟産フランボワーズのコンフィチュールは、水戸にあるフランス菓子の店「メゾン・ ベニコ」のベニコさんに特別注文したものです。ベニコさんはアルザスの「メゾン・フェルベール」で学び、都内の有名店でキャリアを積んできました。2010年12月、水戸市内に「メゾン・ベニコ」を開業。糸井さんはベニコさんが作る伝統的なフランス菓子のファンで、独立する以前から応援しています。 今回作られた復刻版「フランボアージインヌ」は、すっきりとした上品な甘酸っぱいコンフィチュールをトッピングした小型の焼き菓子。見た目が美しいだけでなくしっかりした味わいに仕上がり、糸井さんの期待通り1968年の味になりました。今後も「シェ・リュイ」では、糸井さんの依頼を受け復刻版の製作を続けていきます。 新しいものを追い求めるだけでなく、こうした古典菓子から学び直すことも大切です。 |



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