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| 連載/2014年3月号 |
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| 自家製酵母パンのパイオニア - 一粒の麦から18(文・本行恵子) | |
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「ルヴァン」の誕生は1982年
小田急線の代々木八幡駅から井の頭通りに向かって歩くと、上原1丁目の交差点の角にパリの老舗「ポワラーヌ」をイメージさせるベーカリー「ルヴァン」があります。 自然派志向のパン屋として全国でも有名な存在の「ルヴァン」は、今から30年以上前の1982年に東京・調布で創業。東洋の哲学に魅かれてフランスから日本にやってきたブッシュ・ピエールさんが、伝統的な製法で作る完全無農薬のパンを求めたことから始まりました。その頃ブッシュさんに出会った甲田幹夫さんが仲間に加わり、当時ヨーロッパから製パン機械を輸入販売していた株式会社ホンビックの創業者、角田保久さんの援助を受け開業。レーズンで種を起こし石臼で挽いた無農薬小麦を使ったパンは、主に自然食品店向けに卸していました。そのパンは野趣に富み噛み応えと酸味があり、柔らかく甘いパンに慣れていた日本人にはあまり好まれませんでした。しかし自然食品店には根強いファンがいて、売り上げは安定していました。さらに1980年代の終わりから1990年代にかけ自然派志向のライフスタイルを好む人が増え、石臼挽き無農薬の国産小麦粉と自家製酵母を使ったパンが注目されるようになりました。現在自家製酵母で作るパン屋は、全国にどれくらいあるでしょう。数えたことはありませんが、「ルヴァン」が誕生した1982年以降増え続けています。2人が直接育てた人や孫弟子だけでなく、彼らの生き方に影響を受け自家製酵母パンの店を開業した人を数え上げたらきりがありません。 パン屋の枠を超え社会活動に参加 ブッシュさんは「ルヴァン」を立ち上げた後、「大同ミネラル(現在は株式会社味輝)」を経て、1985年に埼玉県北本市に、「ノヴァ」を創業しました。自家製酵母パンの製造販売だけでなく、生産者と直結したルートを開拓して、副材料の有機ドライフルーツやナッツ、有機フェアトレード紅茶などの販売を手掛けていました。現在は「ノヴァ」の経営から離れ、那須塩原にある自宅兼工房で野生酵母の研究に余念がありません。また障がい者のパン菓子コンテスト「チャレンジドカップ」に協力し、審査員も務めています。 一方「ルヴァン」の甲田さんは調布店を閉鎖し、現在東京・渋谷区富ヶ谷と長野県上田市で店舗を経営しています。パンの製造販売だけでなく、様々なイベントを行い、アーティストたちの個展やコンサートを開催しています。 また地球のことを考えて行動するフェスティバル「アースディ東京」にも出店しています。先日は東日本大震災で被害を受けたリンゴ農家の金野秀一さん夫妻たちをゲストに迎え、震災後の現状報告会が開かれました。 また当日はオーブンメーカー、クシザワ電機製作所の澤畠光弘社長と甲田さんの仲間たちが紙芝居と餅つき大会を行い、通りがかった子供も大人も飛び入りで参加し、楽しんでいました。 社会と関わりながら仕事をする パン屋という枠を超え地域や社会と関わりながら仕事をする「ルヴァン」の仲間たちは、声を掛ければすぐ集合し、楽しい企画を立て、実行しています。昨年秋には那須塩原のブッシュさんの工房に、「ルヴァン」の甲田さんとスタッフが集まりました。きっかけは「ルヴァン」の創業に関わったブッシュさんに会い、その頃の話を聞いてみたいという新世代のスタッフたちの希望があったからです。那須塩原の「蕎心庵」の蕎麦を食べ「Shozo cafe」でゆったりとした時間を過ごした後、ブッシュさんの工房を訪問。ブッシュさんのパン談義に、熱心に耳を傾けていました。次世代を担う「ルヴァン」の仲間たちは、創業当時の原点を知ることでまた新たな一歩を踏み出す勇気をもらっていました。 本行 恵子(ほんぎょう けいこ) パンと食のライター。家庭製パン教室を10年間主宰した後、パン業界専門誌『B&C』の編集記者、編集長として勤務。16年間の在職中、日本各地のリテールベーカリーや欧米、アジア諸国を訪問し、パンと食文化を取材。現在はフリーの立場で、業界専門誌や企業ホームページでの執筆活動、業界関連団体への企画提案などを行っている。ライフワークは、パンのある食卓の提案。 |




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