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| 連載/2013年3月号 |
2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
| ここで働けて良かったといわれる会社
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| 赤字続きの店から脱出
一粒の麦から(12) - 本行恵子
若手の製パン職人たちが集う会で、「プチ・メック」の西山逸成さんと初めてお話しする機会がありました。この世界に入ったきっかけから今日までのお話は、まるでドラマを見ているようでした。 西山さんは料理人をめざし修業を重ねた後、もっと幅広い分野で食に携わることがしたいと、パンの道へ。そして更に進化した業態のパンと料理を楽しめるサンドイッチカフェを開業。創業から15年目を迎え、今では関西に2店舗、東京に2店舗を経営する、テレビや雑誌でも話題のオーナーシェフです。 10年程前に京都のパン屋さん「フリアンディ―ズ」を取材した時、オーナの小川敏之さんが「うちから独立した西山くんの店も見て行かれたらどうですか?」と勧められ、早速訪問。その時は残念ながら西山さんにはお会いできませんでしたが、ビストロ風の赤い外装で、ブーランジュリーとは思えないインパクトのある店構え。店内にはバゲット、クロワッサンの定番商品のほか、クロックムッシュやキッシュなどが並んでいました。壁にはフランス映画の大きなポスターやアンティークな小物を飾り、イヴ・モンタン主演のフランス映画「ギャルソン」の舞台になるような・・・。これが「プチ・メック」との出合いでした。 今までのブーランジュリーにはない不思議な魅力があり、フランス人が母国を懐かしんで思わず立ち寄りたくなるのも不思議ではありません。 開業から3年間は、赤字続きの苦しい経営が続きました。当時は自分が思い描いていた店を持つことが夢で、正直なところパンのことはあまり考えていなかったようです。しかしその後職人魂に火が付き、パンのレベルはぐんぐん向上していきます。『カーサ・ブルータス』が取り上げてくれたことが大きなきっかけとなり、全国レベルの人気店になりました。そして7年目には借入金を完済し、飛ぶように売れる行列のできる店になります。 |

| 様々なジャンルの人との出会い
その後2007年に「プチ・メック」の2店舗目をオープン。続いて、2009年には東京・新宿丸井の1階に出店。京都と東京を行き来する生活が続きます。そして徐々に経営者としての自覚を持ち始め、女性が多い職場が直面する結婚、出産後の職場復帰や、終身雇用制度などについて考え、スタッフたちの将来を心配するようになります。
「私も含め職人は、『この仕事は自分でなければできない』と勝手に思い込んでいるんです。それじゃいつまでたっても人は育たない。違う角度から経営者として会社の成長を考えようと厨房に入らなくなりました」 現場から離れたおかげで様々なジャンルの人との出会いがあり、トークショーの仕事が次々と舞い込んできました。こうしたイベントでコラボレートしたアーティストたちと西山さんに共通するのは、「ものづくり」でした。皆それぞれ表現するものは違うけれど共感できる部分があり、彼らと繋がったことで西山さんの才能がさらに花開いていきます。 |

| 新業態「レフェクトワール」のスタート | |
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そして「プチ・メック」は、昨年大きな転機を迎えました。
ファッションデザイナーの菊地武夫氏から、渋谷・神宮前の新社屋3階のフロアを自由に使ってほしいという思いがけないオファーが舞い込んできました。西山さんが今まで温めてきた、ビストロ風のおいしい料理をサンドイッチで提供するセルフサービスの構想が現実のものに。 そして昨年11月22日、新業態のサンドイッチカフェ「レフェクトワール」を開業。オープニングパーティーには、700人以上の業界関係者がお祝い に駆けつけ、華やかなスタートになりました。 「今までのようなパン屋をこれ以上増やしてもクオリティーの維持が難しく、初期投資や固定費が増えリスクが増大すると考えました。利益率の高いお店を増やして会社としての利益が増えれば、社員に還元できます。働きやすい職場にするための設備投資は、今後もしていきたいと思っています。そして給料が高いことや休日が多いことを誇りに思い、働けて良かったといわれるような会社にしたい。一度しかない人生ですから、いろいろなことにチャレンジしようと思っています。もっと若者たちが夢を持てるようなプランも考えています」 経営者を目指す若者たちが西山さんのような生き方をすれば、フード業界に新しい風が吹き、終身雇用の実現も夢ではなくなることでしょう。 |

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