個性がなければ、客が来ない時代になった。 - 美味しいパンの研究工房 つむぎ竹谷光司氏に聞く - ブランスリー電子版

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インタビュー/2013年2月号

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個性がなければ、客が来ない時代になった。 - 美味しいパンの研究工房 つむぎ竹谷光司氏に聞く
 2010年、千葉県佐倉市に「美味しいパンの研究工房つむぎ」をオープンした竹谷光司氏は、「パン職人のバイブル」ともいわれる「新しい製パン基礎知識」の著者としても有名。日清製粉勤務時代には、「ベーカリーフォーラム」を主宰し、200回以上の勉強会を重ねた。同フォーラムは、パン業界の核となる人達が数多く参加し、業界の発展に大きな役割を果たしたとされる。その後、製粉協会理事などを経て、「小さな焼きたてベーカリー」をオープンした竹谷氏に、これまでのパン業界の流れを踏まえた上で、今後のリテールベーカリーの方向性などについて話を聞いた。

美味しいパンの研究工房
千葉県佐倉市ユーカリが丘2‐2‐7、電話043‐377‐3752



業界のシンクタンクを目指して
竹谷氏は、「ベーカリーフォーラム」で使用されたテキストを整理してすべて保存している。持ち出しはできないが、閲覧は自由にできる
――竹谷さんは、パン業界に入ったきっかけは何だったのですか。
竹谷 私は豆腐屋の息子なんですよ。北大を卒業して、長男だし一人息子だからなんとなく実家に帰らなくちゃと思っていたのですが、パンがやりたくて、結局大手製パンメーカーに入りました。ラインでパンを作る仕事だったのですが、想像していたのとはあまりにも違ったので、これはだめだと思って、すぐに辞めることになりました。そうこうしているうちに、神戸のフロインドリーブが、ドイツへの留学生を募集していて、それに応募したら合格したんですね。ハリー・フロインドリーブ社長の友人がやっていたドイツのベーカリーで3年間働かせてもらいました。ベルリンの学校にドイツ語を勉強しに行ったりもしました。最後の年には、「デトモルト穀物・馬鈴薯研究所」という、日本で言えばつくばの食品総合研究所のようなところにも行きました。
 ドイツでの3年間が終わって帰国し、迷った末に、日清製粉に入社しました。当時は「脱サラベーカリー」という言葉が流行り、パンは作れば売れる時代でした。
――竹谷さんは、「ベーカリーフォーラム」の主宰者だと伺っています。ブロートハイムの明石克彦さんやドンクのパン技術者の仁瓶利夫さんなどが核になって活動され、ある意味パン業界をリードしてきた勉強会だとも伺っています。
竹谷 1987年に第1回の勉強会を開いて、基本的に月1回のペースで200回以上続きました。当時、パン業界にいろいろな異業種が参入したり、スーパーが製パンに進出したり、ファストフードが勢いを増したりして、要するにそれまでのパン業界の範疇で、色々考えているだけでは、立ち行かなくなったという危機感がありました。食品業界全体を視野に入れたようなベーカリーのシンクタンクを作ろうというのが、きっかけでした。
 当時、日清製粉で一緒に働いていた2人と私と3人で、1人5人ずつメンバーを集めようということで、合計18人でスタートしました。明石さんと仁瓶さんと、当時ドーメルにいた金林達郎さんは私が誘ったメンバーでした。
 食に関するいろいろな分野からメンバーを集めようということで、リテールベーカリーだけではなくて、大手製パンメーカーの人や、マルチリテールの人や、機械メーカーや原材料メーカーの人、ホームベーキングの先生、スーパーマーケットの関係者、材料問屋の関係者などもメンバーになっていただきました。当時のパン業界が視野に入れなくてはならない業界から、最低1人ずつは集めようということだったんです。
 最初の約束事は、会合には休まずに来ることと、年に1回は必ず自分がスピーカーとなって3時間発表すること、ということでした。
 メンバーの方々はみんな個性があって、それぞれ専門の分野を持っていて、自分の専門の分野については自信を持っていたので、とても面白い会でしたよ。現在は年に1〜2回、OB会と称してみんなで集まっています。



ベーカリーフォーラムで様々な業界と交流
「美味しいパンの研究工房つむぎ」は、白の外壁に茶色の扉が印象的な外観。
面した通りを走る車からでもすぐにわかるように、大きな看板が設置されている
閉店時間が近づくと竹谷さん自身がレジに出ることもしばしばだ
――以前、ブロートハイムの明石さんに取材させていただいたときに、独立したのは1987年だとおっしゃっていました。ベーカリーフォーラムがスタートしたのと同じ年ですよね。
竹谷 彼は、ベーカリーフォーラムは皆勤賞でした。ベーカリーフォーラムは、午後6時から9時までで、彼は終わって店に帰ってからも仕事をしていたぐらい忙しかったようですが、決して休まなかったですね。
 ベーカリーフォーラムの最初の3年間は、「理想的なパン屋は何か?」というテーマで、「ザ・ベーカリー」という冊子を作るために、理想的なパン屋をあらゆる側面から、分析していきました。明石さんはベーカリーフォーラムで議論したことを、そのまますべて自分の店にフィードバックしていったと言っていました。
 彼は、自分が店を出した地域で生まれ育ち、その地域のことを知り尽くしていました。これが理想のパン屋だと思いました。子供の頃からよく知っている人達のためにパンを作るわけです。こういうところでいいパンを出したら絶対に成功するだろうなと思いました。お店の立地としては決して恵まれていたわけではなかったのですがね。
――ベーカリーフォーラムでは、メンバーが順番に自分の得意分野について講演を行ったということでしたが、何か印象に残っている講演はありますか?
竹谷 当時、あるスーパーが自前のパン工場を初めて作りました。そのスーパーからも1人メンバーが来ていて、その人がスピーカーとして発表を行ったときは、数字で色々なことを管理していて、その徹底振りには驚きましたね。そいうことは、それまでのリテールベーカリーの人達はあまり考えてこなかったので、すごく参考になるものでした。
 当時、いろいろな業界の人達と情報交換して、小規模リテールベーカリーに欠けているなと思ったのはやはり時間の管理でした。もう少し時間管理を細かくしないと生産性は上がらないだろうと痛感しました。大手は製造の各工程を数値化して管理していますからね。リテールの場合は、製造の方法も違うし、大手ほど細かく数値管理する必要はないのですが、そういう見方は必要だと思いましたね。
 大手製パンメーカーの食パンラインなどは、人件費比率が3%前後です。単純に比較はできないかも知れませんが、普通のリテールベーカリーだと、人件費比率は、3割を軽く超えていますよね。
 大手の生産工場では「改善」の提案を社員から募り、年間数千もの改善案が出されます。リテールの場合は、従業員数も少なく、改善案のアイデアもそうそう出てくるものではないと思うので、インターネットを使って、リテールベーカリーで働く人達に改善のアイデアを投稿してもらって、それをリテールベーカリー全体で共有できるような仕組みが作れないかと考えています。そして、何千人もの従業員がいる会社と同じように、リテールベーカリーの製造現場の「改善」が実現できればという風に考えているんです。



オーナーが1人で作るパン屋が多くなっている
「美味しいパンの研究工房つむぎ」の竹谷光司オーナー
あんぱんをはじめとする菓子パン類は、酒種生地を使用している
イ麦パンは、ライサワーを起こし、基本に忠実に作っている
食パンは、粉をすべて中種に配合する「フルフレーバー法」と呼ばれる方法で作っている
――今は、独立するのが中々難しいという状況はあると思いますが、これから独立を目指している若いパン職人の方々に何かアドバイスはありますか?
竹谷 うちみたいな店なら簡単にできるんですよ。オーナー1人でやるパン屋さんは今増えているみたいですね。パン屋さんはピンキリで、中古屋さんに行って、500万しかないといったら、その範囲で機械を見繕ってくれると思いますよ。うちの店は1000万はかかっていません。日商5万でも週5日やれば十分やっていけますよ。
――身体を壊すほど大変じゃなくて、オーナー
1人で作って、独身者の場合は販売はパートさん1人でやって、既婚者の場合は奥さんが販売を担当するという形で、それなりに利益が出るようなビジネスモデルが出来上がればいいですよね。
竹谷 そうですね。ただ、うちみたいな小さなパン屋は、個性がないとお客さんが来ないんですよね。大型店舗は品数が多いから、その中には、何かお客さんの好きなパンがあるものですが、うちみたいな店はそれほど種類が多くなく、時間帯によって商品が違うので、「このお店でこれを買いたい」という特徴のある商品がないと、お客さんがついてこなくなってしまいます。
 うちは、ライブレッドとか酒種あんパンとか、色々珍しい商品を作って頑張っています。
――個性はどうやって出したらいいですか?
竹谷 難しく考えなくてもいいと思いますよ。何でもいいから自分の得意なパンを打ち出すことだと思います。焼き込み調理系に力を入れてもいいし、サンドイッチだけはどこにも負けないとか、何でもいいんだと思いますよ。
 あとは、個性を出すことと同じことですが、ヒット商品を作ることですよね。「あの店のあのパン」というように店名よりも商品がお客さんの頭にインプットされるようになれば理想的だと思います。そうすればその商品を買いに来るし、当然同時に他の商品も買ってくれるわけですからね。
――ヒット商品はどうやって作ったらいいですか。
竹谷 大きなヒット商品は狙って作れるもので
はないと思いますね。ホームランは狙って打てるものではなくて、それよりも、小さなヒット商品、つまりはシングルヒットを安定して打てるようになることが大事だと思います。そうしているうちに、その中のひとつがたまたまホームランになる、みたいな感覚の方がいいと思いますね。1日100個売れる商品が1個あるより、1日20個売れる商品が5個あった方が安定しているし、強いということも言えるわけですからね。
――それでは、シングルヒットを打つ秘訣はありますか?
竹谷 明石さんも言っていたことですが、ひとつひとつの商品を基本に忠実にきちんと手を抜かずに作っていくことだと思います。しかし、シングルヒットとは言え、全アイテムをシングルヒットにするのもまた大変ですから、私は、菓子パンや調理パン、食パンなどのパンのジャンルごとに柱となるコンセプトがあればいいと思っています。
 うちの場合で言えば、菓子パンは酒種で作っています。焼き込み調理パンは、具材を頻繁に入れ替えて、変化を出すようにしています。
 フランスパンはドンクの仁瓶さんの製法が一番美味しいと思っていますから、その製法を忠実に守っていす。
 だから、シングルヒットが何本必要かというより、むしろ、自分はこのコースにボールが来たら、絶対にヒットにできるというような得意なコースを持つということじゃないですか? うちの場合で言えば、それが、フランスパンの3時間製法だったり、菓子パンの酒種製法だったりということなんですよ。



原価計算女王
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