パン職人の結婚 - ブランスリー電子版

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特集/2012年10月号

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パン職人の結婚

 夫婦で経営するベーカリーで成功しているケースは多い。今回は、「パン職人の結婚」のテーマで、夫婦の固い絆が核となって、大きな成長を遂げ、日本有数の繁盛ベーカリーになった千葉県松戸市のツオップと、夫婦2人ともパン職人で、夫人の家事と子育てと、ベーカリーの営業とを見事に両立させている東京・国分寺市のフェルマータを取材した。



結婚は、ベーカリー開業への大事なステップのひとつ - ツオップ
ツオップの伊原靖友オーナーシェフと、妻のりえさん
ツオップの1階の売り場
2階のカフェのインテリアはりえさんがデザイン。テーブルやステンドグラスなどはイギリスから取り寄せた。この居心地の良い空間は、予約が2カ月先まで埋まる人気の理由の一つ
2階のカフェで使用する食器はドイツ製。食器については問い合わせが多く、メーカーや食器取扱い店などについての案内の紙を用意している
1階の入り口横に取り付けられたステンドグラスもりえさんのデザイン
陳列台には様々なパンや菓子が所狭しと並ぶ
夫婦で営むリテールベーカリーの姿
リテールベーカリーの成功例として名高い千葉県松戸市のツオップ。2000年の開業時3人だったスタッフは現在、40人という大所帯となっている。こうした成長を遂げてきた間も揺るがなかったのは、オーナーシェフの伊原靖友さんがいて、妻のりえさんが伊原シェフを後ろから支えるという図式。
「開業して間もない頃は1人雇えるかどうかという経営状態で、そういうとき、妻など身内の存在というのはすごく大きいんですよね。ただ人手が欲しいということだけでなく、確実にいてくれる人がいるということが重要なんです。例え技術力がなくても、自分のほかに1人いてくれれば、店はやっていけますから」(伊原シェフ)
 伊原夫妻はツオップを開業する前、伊原シェフの両親が営むベーカリーを手伝った経験がある。
 「お義母さんとお義父さんのどちらかが、熱を出したり腰を痛めたりしたとしても、店はいつもと変わらず開けていました。無理をしないでその日は休んだらいいのかもしれないけれど、休んでしまったら売り上げはゼロですからね。それがリテールベーカリーの姿なんだなあと思って見ていました」(りえさん)
 ツオップは開業してからこれまでの12年間、ほとんど休業をしたことがない。昨年の震災のときも店を開けた。夫妻には店を休むという概念がないそうだ。その共通意識こそ、夫婦で営むベーカリーの強みといえる。

婚期は個人差があるが、モデルケースを参考に
スタッフの大半は20代後半から30代前半という言わば結婚適齢期を迎えた独身者で、男女比は半々。社内結婚はこれまでに7組が成立している。
 「スタッフたちには、結婚は早くした方がいいよ、とは言っています。最近はのんびり構えている人たちが多いような気がして」(伊原夫妻)
 伊原夫妻は同い年で24歳で結婚、子どもたちが小学生に上がったときに開業した。
 「いつ結婚するか、またはしないかというのは個人で考え方や感じ方が違うから正解と言えるものはないですが、モデルケースは見ていた方がいいと思うんです」(伊原夫妻)
 同店のスタッフにとって、モデルケースとしては、まず、伊原夫妻がいる。伊原シェフがパンを作り、りえさんが、販売、経営、スタッフの教育など製造以外の仕事に関して、伊原シェフの支えとなってフォローしていくという姿だ。「店長が常に前を向いていられるようにと思っています」(りえさん)
 そしてこれまでに誕生した7組の夫妻のうち、すでに3組が開業を果たしている。開業予定の夫妻も3組いる。こうして夫婦で営むベーカリーが、同店から次々と誕生していく。
「夫婦でやっていく場合、将来の自分たちの子どものことを考えて、開業した方がいいですね。子育てをしながら、奥さんが働き手としてどれくらい店に入れるかとか、または、子どもが何歳になったら開業するかとか。そういうことを考えるのに、モデルケースとして、実際の先輩の姿を見ることは大事なことだと思っています」(伊原夫妻)
 社内結婚をする先輩たちが増えるということは、後輩たちにとって、身近なところで様々なパターンのモデルケースを見ることができるということだ。婚期は人によって異なるので、モデルケースのパターンが豊富なほど、それぞれ自分の理想に近いパターンを見つけ、より現実的に計画を立てていくことができるのだろう。
 「転職を繰り返す若い人が増えてきているけど、職人としてのベーカリーの仕事は、早いうちから突き詰めていった方が断然成功する率も高いと思います。開業の時期や家庭を持つことに関して、『もう少し落ち着いてきたら』とか『資金に余裕ができたら』なんて考えていたら、体力的に難しい年頃になってしまいます。パン職人としての夢を持つなら、早い時期に具体的に人生設計を立てていく必要があると思います」(伊原シェフ)

同じ夢を持つ者同士なら理解し合える
社内結婚者の多い同店について、その理由をりえさんはこう話す。
 「朝は早いし、休みは土日とは限らないし、一般のサラリーマンと付き合ったら互いの予定を合わせるのは大変でしょう。パン職人同士、この職場内の人同士なら、そういう面でのトラブルは回避できるので、付き合いやすいのかな、と思いますね」 また、社内結婚率の高さは、仕事自体にも、いい影響をもたらすという。
 「社内で結婚する人がいるということは、それほど仲がよくて、気の合う人たちが集まっていて、まとまりがあるということだから、会社としてもプラスのことだと思います。夫婦2人で店をやっていくのも同じことで、同じ価値観や同じ夢を持った者同士の方が、仕事はやりやすいですからね」(伊原シェフ)
 スタッフたちに、「結婚は早くした方がいい」と話しているというりえさんだが、こうして声をかけるだけではない。社員が結婚に前向きになるように、実は、きめ細やかな心配りをしている。
 例えばスタッフのシフト組み。りえさんは、シフトを組む際、恋人同士のスタッフがいれば、2人の希望に沿うようにできるだけ一緒のシフトに入れるようにする。違う会社に勤める恋人を持つスタッフには、その2人の休みが合うようにシフトを組む。
 「やっぱり、仕事は楽しく頑張ってもらいたいので、それぞれの事情をできるだけ反映させようと思っています」(りえさん)
 スタッフ同士の相性を考慮し、さらに、恋人同士がうまくいくことにも配慮して、シフトを組むことは、40人という大所帯をまとめていくためには欠かせないことなのだ。
 仕事と割り切り、ただ機械的に決めていくのとは雲泥の差が出てくるだろう。
 伊原夫妻は、スタッフ1人ひとりと深くコミュニケーションを図るようにしている。気軽に話したりもするし、改まって相談を受けたりもする。個人的にメールのやりとりをすることもある。こうしたコミュニケーションを日頃からとっているので、話は仕事のことだけでなく、自然と恋愛のことにまで及ぶ。
 恋愛事情に関しては、当事者からはなかなか口に出しにくいことだ。しかし、こうして積極的にスタッフらに働きかけることで、スタッフらはそれほど抵抗なく現状を報告したり、相談したりできるのだろう。
 また、常に現状を把握しておくことは、会社側としては急な人手不足を招くことを阻止することにつながる。
 例えば恋人の転勤が決まって退職しなければならないときなど、すぐ相談できる状態であれば、代わりの人材をすぐに探すなど、早めに手を打つことができる。
 独立開業を目標にしたスタッフが多い同店。伊原夫妻の姿を見ているスタッフらは、当然夫婦で営むベーカリーに憧れるだろう。
 結婚は、開業するにあたって大事な1つのステップとなる。そのことを実感しながら働くことで、より具体的な人生設計ができ、開業を現実のものにしていけるのだろう。

ツオップ
住所:千葉県松戸市小金原2-14-3
電話:047‐343‐3003
営業時間:ベーカリーは午前6時30分から午後6時、カフェは午前7時から午後5時30分(ラストオーダーは5時)
定休日:なし(カフェは水曜日)
品揃え:250品目
スタッフ:製造14人、販売7人、カフェ10人、事務その他9人
店舗面積:敷地面積50坪、売り場6坪、厨房15坪、作業場3坪、倉庫3坪、2階はカフェ10坪、厨房6坪、事務所3坪
日商:平日80万円、休日110万円



子育てをしながらの営業には、家族同様のスタッフが必要 - フェルマータ
写真左から、製造担当の山村あゆみさん、オーナーシェフの鈴木純一郎さん、妻の晶子さん
製造は鈴木さんと山村さんが担当
製造の合間を縫って販売の補佐に入る山村さん
夫婦2人と第3のスタッフ
東京・国分寺の住宅街にあるベーカリー「フェルマータ」は、オーナーシェフの鈴木純一郎さんと、妻の晶子さん、そして鈴木さんの元部下、山村あゆみさんの3人で営む店だ。
 鈴木夫妻には学校に通う年頃の子どもが2人いるため、家事や子育てからまだ手が離せない状況。しかし、3年前の開業からこれまで、ほかにパートを雇うことなく3人で切り盛りしてきた。
 「夫婦だけで店をやることは最初から無理だと思っていたので、信頼できる人を1人、パートナーとして迎え入れたいと考えていました」(鈴木さん)
 鈴木さんは開業前、夫婦と従業員1人の3人で営業しているベーカリーに、様子を見にいった。
 「『夫婦2人だと、片方が抜けなければいけないときも出てきて大変だけれど、他人を入れた3人なら、3人分だけでなく、4人分にも5人分にも仕事が広がっていくよ』という話を聞きました」(鈴木さん)。そこで、やはり3人で営業していくのがいいと確信した。
 鈴木さん、妻の晶子さん、山村さんは、大手チェーンベーカリーのポンパドウルで出会った。
 鈴木さんが勤務していた店舗に、晶子さんが新入社員として入社。それが出会いとなって結婚に至った。
 結婚から14年後、鈴木さんがチーフとして勤務した埼玉県所沢市の小手指店に、山村さんがパート入社。
 「同学年ということもあり、最初から気が合って、仕事後は山村さんを含めて3〜4人でよく飲みに行きました。話の内容は仕事のことが多くて、熱く話していました」(鈴木さん)
 「『こんな食材の組合せのパンはどうかな』とか、パンの話を始めると止まらなかったですね。同学年のよしみで、言いたいことを自由に言い合えるというのが楽しかったんだと思います」(山村さん)
 鈴木さんと山村さんは、それ以来10年以上の仲となる。そして山村さんは、鈴木夫妻とその子どもたちを含めた家族ぐるみで親交を重ねている。一緒に遊びに出かけたり、食事をしたりすることもある。店とその従業員というだけの関係に留まっていないのだ。
 こうした関係性があるからこそ、3人だけで店を営業してこられたのだろう。
 家庭があると、特に母親の方は子どもの成長などで働ける条件が変わってくる。山村さんは夫妻の子どもを思い、晶子さんが家事を優先することに協力的だ。晶子さんが家事と店の仕事を両立できるように、勤務時間や仕事内容など、柔軟に対応している。
 「実際店を持とうと思ったときには、すでに山村さんと私たちの3人でやっていこうと決めていました」(鈴木さん)
 「声をかけられたときは、再確認したような気持ちでした。日頃からよく仕事の話をしていたので自然なことのように思っていました。ベーカリーという仕事の考え方や、パン作りに対するこだわりの強さなどを共有できていたのだと思います」(山村さん)



店名の「フェルマータ」はイタリア語でバス停を意味する。同店はその名の通り、JR立川駅から発着する路線バスの停留所前に佇む
商品は1品ずつ丁寧に並べられている。壁には、常連客の子どもらからのメッセージカードが飾られている
白と茶色を基調とした清潔感がある店内
「フェルマータの食パン」(200円)はもちもちとした食感。「トーストしないでそのまま食べてもおいしいですよ」(山村さん)
家事と仕事を両立させるため、勤務体制を柔軟に
取材で訪れた土曜日の昼、晶子さんが販売に入り、鈴木さんと山村さんが製造に入っていた。 
 このような3人体制をとるのは土曜日だけ。晶子さんは平日の昼間は、家事と子育てを優先し、店に入るのは夕方4時頃だ。日曜日は店の定休日なので、朝から1日中店にいるのは土曜日だけと決めている。
 そのため、平日の朝から夕方4時までは、鈴木さんと山村さんの2人体制をとる。夕方、晶子さんの出勤後、鈴木さんと山村さんが退社する。
 3年前の開業直後は常に3人体制をとっていたが、慣れていくに連れ、現在の勤務体制に落ち着いていった。
 「開業したとき、自分の子どもたちは小学校高学年でした。私たち夫婦2人ともが、朝から晩まで店に出るとなると、朝も晩も子どもたちだけで食事をとることになります。学校の行事にもなかなか参加できないですし。店の営業が慣れてくると同時に、妻の出勤時間を、9時から10時に、10時から11時にといった風に、少しずつ遅らせていき、家事を優先してもらうようにしました」(鈴木さん)
 こうして晶子さんが不在となった平日の朝から午後4時までの間は、山村さんが販売と製造を兼任する。
 山村さんは朝6時に出勤。生地の仕込みや成形は鈴木さんが行い、山村さんはそれ以外の、サンドイッチ作りやドーナツなどの揚げ物の製造、そのほかのトッピングなどの仕上げ作業と、接客、販売を担当する。製造しながら販売もするというのは、かなり作業効率が悪い。例えば、製造と販売を行き来するとき、調理用手袋をその都度装着しなければならないこともあり、連続して作業をする場合の倍以上の時間がかかることもある。また、揚げ物の製造中にその場を離れなければならないときも一苦労だ。
 「製造しながら販売もしていくというのは、最初は本当にてこずりました。だんだん慣れてくるものですが、なかなか大変です」(山村さん)
 山村さんは晶子さんが店にいる間も、作業の合間を縫って積極的に販売の補佐に入っていた。
 「夫婦で店をやっていく場合、もう1人のスタッフの存在はかなり重要になってきます。特に子どもがいれば家庭の状況はどんどん変化していくので、妻または夫の勤務体制を変えていかなければならない状況も多々出てきます。そうした中で、山村さんのように私たち家族のことを気にかけてくれ、柔軟に対応してくれるパートナーがいると大変心強いと思います」(鈴木さん)

フェルマータ
住所:東京都国分寺市西町5‐36‐7
電話:042‐534‐3334
営業時間:午前8時(土曜は午前7時)〜午後6時30分頃
定休日:日曜、月曜
品揃え:70〜80品目
スタッフ:販売1人、製造2人
店舗面積:厨房5・5坪、売り場3坪
日商:平日3〜5万円、土曜5〜8万円

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