駅から離れた立地で固定客に恵まれた店 - カンガルー - ブランスリー電子版

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お店拝見/2012年9月号

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駅から離れた立地で固定客に恵まれた店 - カンガルー
木目調で少しレトロ感が漂う店構えで、周りが高層マンションであることを忘れさせてくれる
カンガルーのオーナーシェフ、中坪雅樹さん。食パンなどが並ぶ後ろの棚は、最近中坪さんが手作りした
ホシノ酵母と自家製酵母を使ったハード系のパンがメインになっている。陳列棚は中坪さんの手製
「信州バゲット」(大320円、小220円)は、長野県産の小麦の粉を使用
 「来週から田舎に帰るのよ」
 お盆を控えた8月上旬、神奈川県川崎市のベーカリー「カンガルー」の客は、オーナーシェフの中坪雅樹さんに、こう告げた。まるで隣近所の主婦同士が話すような内容だ。
 「みなさん、気を使ってくれるんですよ。『あれ、今日は来るはずなのに来ないな』って心配をかけないようにと、買いに来られない理由を、事前に教えていってくれるんです」
 同店の客はほとんどが固定客だ。中坪さんは、店のガラス越しに、来店する客の姿を確認すると、すぐに予約の品をレジに持っていく。昼過ぎの取材の間、こうした動きが何度となく繰り返された。「顔を見ただけで何枚切りだって分かる、そういうお客様がほとんどなんですよ」(中坪さん)
 同店の最寄り駅である小田急線新百合ヶ丘駅は隣の百合ヶ丘駅より10年以上後にできた。現在は大手スーパーと高層マンションが立ち並び、都内有数のベッドタウンとなっているが、同店が開業した25年前は、「百合ヶ丘駅はすでに栄えていたが、新百合ヶ丘駅の周りは開発途中でまだ静かだった」(中坪さん)。
 同店は駅から徒歩10分ほどの場所にある。今では高層マンションに埋もれるような立地だが、開業当時は「周りは建物がなくて、山の中に建てたようだった」(中坪さん)。
 店は自宅の駐車場として利用していた1階部分を改装した。
 「最初は、こんなに何もない場所では買いに来てくれる人なんていないだろうから、もっと駅の近くに構えようと思っていました。厨房はこの場所のままでも、せめて販売する場所だけは別にして、移動販売もやろうと考えていました」
 開業当初、同店の周辺は住宅が少なかった。団地が駅を隔てた反対側にあり、歩くと20分ほどかかる。そこへチラシを一度まくと、わざわざ買いに来てくれるようになった。そうして、販売所を新たに設けなくても、口コミで人気を維持し、店が成り立っていった。
 「今だから言えるのですが、結果的に駅から離れたこの場所でよかったと思います。駅前だったらいろんな人が来て大変でしょうが、今は本当にいいお客様に恵まれています。こんなところにまでわざわざ買いに来てくれるのですから、うちのことを気に入ってくれているんでしょうね。互いにいい関係なんだと思っています」
 開業当初からの客も多くいる。「『子どもが独立したからね』って言うお客様が、買う量が減っているのを見ると、25年という歳月の長さを実感しますね」(中坪さん)
 長年の固定客に向けて、同じ味を守り続けることにこだわってきたわけではない。
 現在同店に並ぶ品は、ホシノ酵母や内麦から起こした自家製酵母を使ったハード系のパンがメインだが、ホシノ酵母と自家製酵母は、10年以上前は使っていなかった。また、ライ麦粉入りハード系のパンに使うライ麦粉は北海道産で、中坪さんが一押しする「信州バゲット」(大は320円、小は220円)には長野県産の小麦粉を100%使用している。これらは、数年前から新しく商品として加わり、人気商品へと育ったものだ。
 「お客様と話していると、話題がパンに及ばなくても、自家製酵母を使ったパンが食べたそうだな、とか、国内産の材料にこだわった方が喜ばれるな、とか、いろいろ感じるんです。それに従うようにして変化し続けてきたんでしょうね」(中坪さん)
 一方、昔と変わらぬ味で、不動の人気を得ているのは「食パン」(270円)だ。 
 「食パンの酵母も、自家製やホシノ酵母を使った方がいいのかと考えたこともありましたが、イースト特有の香りを気に入っているお客様もいらっしゃいます。理想は理想です。わざと間口を狭くする必要はないと思っています」



1人でいられる朝の4時間
「全粒粉50%」は、イギリス旅行を機に開発した。毎朝開店前に、焼きたてを買いに来る女性の固定客がいる。「その日のランチ用として、サンドイッチを作っているそうです」(中坪さん)
妻の福代さんがオーナーの2階にあるカフェでは、サンドイッチとイギリス菓子が楽しめる。写真は「おまかせサンドB」(740円)と「スープ」(300円)
カフェは、イギリスのカフェの雰囲気を演出している
2階のカフェの入り口は1階のベーカリーとは別になっている
 中坪さんは現在63歳。「パン作りはやっぱり楽しいですね。これからもできるだけ長くパンを作り続けていきたいと思います」と目を輝かせる。
 「体調管理が一番大事です。自分が調子悪いと、すぐパンの出来に影響しますから。夜8時に寝て、朝2時に起きるという生活をずっと続けていますが、それが合っているみたいです」
 中坪さんが厨房に入るのは午前3時。パートのスタッフは午前7時に来るので、それまでの4時間が中坪さんにとって大変貴重な時間だという。
 「まだ夜が明けていなくて周りが静まり返っているとき、いい材料と向き合って、『さあ、作るぞ』と気合いを入れます。この緊張感が味わえるから、パン作りがやめられないんです。このときが楽しいと思う瞬間です。1人で作業をする、この4時間で、新製品のことや店の内装のことなどいろいろと考えるんです。この時間がなければ、考えることなくあっという間に1年、2年と過ぎていってしまうでしょう」
 朝の1人でいる4時間があるからこそ、気持ちに余裕を持って毎日店を営業できるのだ。
 最近陳列棚を一部新調した。中坪さんが木材を買ってきて、店の定休日を利用して手作りしたのだ。店内にはほかにも、中坪さんが手をかけたものが多くある。気持ちに余裕があるからこそ、日々進化し続けられるのだろう。
 10年前、2階にカフェがオープンした。店名は同じ「カンガルー」だ。
 オーナーの妻の福代さんは、「全く下(1階のベーカリー)とは別なんです」と主張する。それは、決して仲が悪いからではなく、互いに自立した店作りをすることで、刺激し合えるのがいいという意味が込められている。
 カフェでは、サンドイッチと、スコーンなどイギリスの菓子を提供している。サンドイッチのパンは中坪さんが焼いたものだが、スコーンなどの菓子は福代さんが焼いている。
 「サンドイッチは、カフェに来ないと食べられない味にこだわって、作っているようです」(中坪さん)
 カフェをオープンする前、夫婦で夏休みを利用してイギリスのカフェ巡りをした。カフェを開くための参考材料を集めるのが第一目的だったが、中坪さんは、そこで口にした全粒粉のパンが気に入り、帰国後「全粒粉50%」(430円)を開発した。週末は全粒粉100%になる。
 イギリスのほかに、フランスやドイツなども夫婦で回った。夏休みに旅行をして、店作りのヒントとなるものを探すことは、固定客を飽きさせず、より店を洗練させていくために、いい手かも知れない。

SHOP DATA
店名:カンガルー
住所:神奈川県川崎市麻生区麻生3‐21‐11
電話:044‐955‐1591
営業時間:午前7時〜午後5時半
定休日:月・火曜日
品揃え:40品目
店舗面積:厨房10坪、売り場5坪
スタッフ:製造と販売4人
日商:平日10万円、土・日曜15万円







原価計算女王
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