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| 連載/2012年7月号 |
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| パンの先達、江川太郎左衛門と田辺玄平 静岡県伊豆の国市のパン祖のパン祭 | |
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一粒の麦から(8) - 本行恵子
日本のパンの歴史を紐解くと、初めてパンが伝えられたのは天文12年(1543年)ポルトガル船が種子島に漂流し、鉄砲と一緒に登場したのがはじまりといわれています。当時のパンは日本人の為というより、貿易商人や宣教師たちのために作られていたようです。その後キリシタン弾圧や鎖国政策により、パンは一時姿を消してしまいます。そして1840年に始まったアヘン戦争をきっかけに、保存性が高い携帯食としてのパンが注目されます。当時伊豆韮山の代官であった江川太郎左衛門が長崎のパン職人から技術を学び、1842年4月12日に兵糧パンを焼き、初めて日本人の手による日本人のためのパンが作られ、パンの歴史がスタートします。そして1983年にパン食普及協議会がこの日を記念し、4月12日を「パンの日」に制定しました。皆さんのお店でも「パンの日」を記念し、イベントをされているかもしれません。 江川太郎左衛門が活躍した地元の静岡県伊豆の国市では、毎年「パン祖のパン祭」を開催しています。今年は1月21、22日の両日、「第6回パン祖のパン祭」が伊豆の国市韮山文化センターで行われました。会場では全国高校生パンコンテストや全国有名店のパン販売、バターナイフの手作りワークショップ、親子パン教室、生地伸ばしコンテストなど家族で楽しめる内容に大勢の人が集まり賑わいました。中でも全国から参加した高校生によるパンコンテストは170点を超える応募があり、書類審査で決勝進出した18人の高校生が「日本の朝食パン」と「伊豆ニューミニトマト」の2部門で競技。実技審査の結果優勝したのは、静岡農業高校の石黒茉莉さんの作品「トマトかんパン」でした。この作品は「伊豆ニューミニトマト」を使ったパンで、表面を寒天でコーティングし冷やして食べる夏向きのパンです。次世代を担う高校生たちがパンコンテストを通じてパンを身近に感じてくれるのは、嬉しいことです。 |

| 丸十製パン組合の創始者、田辺玄平
昨年創業60周年を迎えた東京都板橋区にある株式会社マルジュー(伊東正浩社長)は、創業60周年記念誌『食で喜びを創り感動を共に分かちあった60年』を出版しました。その編集に私も携わり、同社が所属する全日本丸十パン商工業協同組合とその始祖である田辺玄平氏について学ぶ機会が与えられました。
この全日本丸十パン商工業協同組合の歴史は、同組合が1977年に制作した60周年記念誌『明日への歩み』の中で紹介されています。 全日本丸十パン商工業協同組合の前身である丸十製パン組合の始祖、田辺玄平氏は、1907年(明治40年)にアメリカに渡り、パンの製造に必要なイーストに出合いました。しかし当時のアメリカは生イーストを主に使っていた時代で、乾燥酵母はあっても製法は企業秘密で手に入れることができませんでした。しかし田辺氏は諦めることなく、日本の製パンに利便性をもたらすであろう乾燥酵母の研究に没頭。1910年日本に帰国した田辺氏は、1913年に東京下谷の黒門町にパン屋を開業し、アメリカで学んだ新知識を応用した製パンに励みます。そして1915年、ついに日本で初のドライイーストを完成させることができました。 それまでのパンは野生酵母によって作られる神秘的な「種作り」によるもので、職人の技と勘に頼っていました。しかしこの発明によって日本の製パン業界に近代化がもたらされ、製パン技術を世界水準へと押し上げました。 田辺氏は、その技術を学びたいと地方から集まった人たちにも分け隔てなく製パン技術や販売方法を公開し、ノウハウを教えました。そのお蔭で田辺氏の門下生が経営する、丸十の屋号を付けた店が増えたのです。 時代は変わり終戦とともに物資統制令が制定され、製パン業者も物資の配給を受ける為に法的な組合を作り所属することが条件になりました。 そのため丸十の門下生たちは、田辺一郎氏(田辺玄平氏の長男)を初代の理事長に選び、東京都丸十パン協同組合を発足させ、物資の入手が困難な時代を切り抜けてきたのです。現在全日本丸十パン商工業協同組合に所属する40人の会員たちは、田辺氏の教えを継承し、丸十の商標権の維持管理、原材料の共同購入を目的に活動を行っています。 パン業界の歴史を振り返る時、こうした先達たちが社会に役立つ仕事をしてきたおかげで、現在の繁栄があることに気付きます。今は当時とは比べ物にならないほど多くの情報や物資が溢れています。その豊かな時代に生きる私たちが、共存共栄ではなく弱肉強食の道を選んだとしたら、残念な結果を招くことになることでしょう。 しかし先人たちの生き方に学び、リテールベーカリー同士の繋がりを強めていけば、人材不足や後継者問題などパン業界が抱える課題も、その解決の道が開けるのではないでしょうか。 本行 恵子(ほんぎょう けいこ) パンと食のライター。家庭製パン教室を10年間主宰した後、パン業界専門誌『B&C』の編集記者、編集長として勤務。16年間の在職中、日本各地のリテールベーカリーや欧米、アジア諸国を訪問し、パンと食文化を取材。現在はフリーの立場で、業界専門誌や企業ホームページでの執筆活動、業界関連団体への企画提案などを行っている。ライフワークは、パンのある食卓の提案。 |


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