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| 連載/2011年11月号 |
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| 一粒の麦から[4]‐本行恵子 フランスパンの神様、レイモン・カルヴェル教授 本行 恵子(ほんぎょう けいこ) パンと食のライター。家庭製パン教室を10年間主宰した後、パン業界専門誌『B&C』の編集記者、編集長として勤務。16年間の在職中、日本各地のリテイルベーカリーや欧米、アジア諸国を訪問し、パンと食文化を取材。現在はフリーの立場で、業界専門誌や企業ホームページでの執筆活動、関連団体への企画提案、アドバイジングを行っている。ライフワークは、パンのある食卓の提案。
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| フランスパンを日本に伝えた伝道師 | |
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今回はフランスパンの神様といわれた、レイモン・カルヴェル氏(1913年〜2005年)をご紹介したいと思います。私が初めてカルヴェル氏を知ったのは、日本ヴォーグ社の生活雑誌「クレエヴォーグ1982年3〜4月号」の特集「フランスパンに夢中」という記事の中です。バゲットが大好きな私は、アマチュアでも家庭でフランスパンが焼ける方法や、フランスパンに関するいろいろな情報が満載されている内容に惹かれその雑誌を購入しました。中でも特に気になったのが、パンニュース社の西川多紀子社長(当時)が書かれた「パンの歴史」という記事中の「現在の日本のフランスパンは、カルヴェル教授によって伝えられた」という内容でした。「一番好きなパンは?」と聞かれたら即座に「フランスパン」と答えていた私にとって、フランスパンの伝道師であったカルヴェル氏の存在は大きな発見でした。そしてそのフランスパンがどのような経緯で日本のパン業界に伝えられたのか、そのルーツを探ってみたいと思いました。
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| 日本のパン技術者を感動させたフランスパン | |
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レイモン・カルヴェル氏が初めて来日されたのは、1954年(昭和29年)9月から12月までの3カ月間でした。フランスの国立製粉学校の教授であったカルヴェル氏(当時41歳)を招き、北海道から九州までの17会場においてパンの製造技術の向上と普及を目的に、日本初の国際技術講習会が開催されました。業界新聞の食糧タイムス社、東京パンニュース社(現パンニュース社)の2社と、製粉業者、製パン業者、そして農林省と文部省から後援を受けた製パンに関心を持つ日本の委員会が主催し、各会場は熱心な受講者で埋め尽くされたそうです。カルヴェル氏のほかにも、日本在住のドイツ人のハリー・フロインドリーブ氏(「フロインドリーブ」の創業者)、カナダから来たフレッド・クロウハスト氏、日本を代表して雁瀬大二郎氏、清水昌治氏が講師に招かれました。そしてこの講習会でカルヴェル氏によって、日本に初めて本格的なバゲット、クロワッサン、ブリオッシュが紹介されました。受講者は、今では当たり前のように認識されている、グルテンがセミの羽根のように薄く伸びてできた気泡のある内相に感動しました。そして噛めば噛むほど味わいのあるパンに出合い、今まで味わったことのないおいしさに感嘆の声を上げたそうです。まさにカルヴェル氏によって、日本でのフランスパンの歴史が幕開けしたのです。その道を切り開いた一人であるパンニュース社の西川多紀子会長は、カルヴェル氏から「マダムフランスパン」と讃えられるほどこの活動に情熱を注いでいました。そして1965年、カルヴェル氏から助言を受けた「ドンク」の藤井幸男氏が、東京国際見本市でフランス製のオーブンを備え付けたパンのブースを開設し業界から注目を集めました。この時デモンストレーションを行ったのが、フランス人のパン職人、フィリップ・ビゴ氏(「ビゴの店」オーナーシェフ)でした。1968年にはピエール・プリジャン氏(現在はレストラン「シェ・ピエール」オーナー)も来日し、ビゴ氏と共に「ドンク」の製パン技術者として活躍しました。1970年の大阪万博ではフランスパビリオンに出店し、1日700キロの粉を仕込み、毎日焼きたてのパンを来場者に配り続けたという伝説があります。このデモンストレーションを見た多くのパン職人たちは、それ以降何度も来日してフランスパンの技術を披露したカルヴェル氏から、本格的な技術を習得し、フランスパンが徐々に日本に広まっていきました。
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| 語り継がれるカルヴェル教授の功績
私は1993年、モバックショウのために来日されたカルヴェル氏に初めてお会いする幸運に恵まれました。フランスの製パン機械やイーストを輸入販売する日仏商事のブース内でフランスパンのデモンストレーションをされていたカルヴェル氏を、記者として取材することができたのです。ブースには大勢の来場者が集まり、カルヴェル氏がフランスパンを成形する様子を食い入るように見つめていました。
また1998年5月のゴールデンウィークにお台場の国際展示場で開催された「フランス祭り」では、毎日3万人の来場客にフランスパンを提供しそのおいしさを宣伝しました。このイベントには親日家のシラク大統領(当時)や俳優のジャン・レノ氏も訪れ、カルヴェル氏がパンについて解説している様子がテレビのニュースでも取り上げられました。 2002年にはご自身の人生とパンの集大成「生涯パン一筋」を書き上げ、2005年8月に92歳の生涯を終えられたのです。 日本のパン業界史の中で、カルヴェル氏の軌跡は永遠に語り継がれていくことでしょう。 |

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