第2章 ありのままのパン人生 - 文・橋本泰之 - ブランスリー電子版

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(続)パン屋さん手帖(9)/2004年1月号

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第2章 ありのままのパン人生 - 文・橋本泰之
今回は、同級生の洋菓子店でパンを作ることになった頃のことを話していきたいと思います。
そのときは、一年くらいパンを勉強して、また料理の世界に戻ろうと思っていたのですが、パンの世界は奥が深く、いまだにどっぷりはまっています。

橋本泰之 1956年横浜生まれ。新宿の専門学校を卒業後、銀座レストランみかわやに就職。その後センチュリーフーズ、モンタボーなどを経て、1996〜2001年、東京製菓学校教師。2001年10月、有限会社レーヴを設立、現在に至る。



子供の頃食べたフランスパンが忘れられず、パン職人になった。

ふとしたことでパンを作ることに
 私は、料理を一生の仕事としていこうと思っていましたが、ふとしたことで、パンの世界に入っていきました。今考えると自分でも不思議です。
 私が料理をしていたのは、今から20年も前のことです。
 現在ならパンを作るレストランは珍しくありませんが、当時は料理店でパンを作るところはほとんどありませんでした。
 私は当時、レストランで使用するパン(ドイツ・フランス・テーブルロール系)を、毎日銀座木村屋に買いに行っていました。
 実家が横浜の元町に近く、子供の頃、札幌でオリンピックがあった年だったと思いますが、ポンパドウルがオープンして、フランスパンが入った赤いショッピングバックを提げた人を大勢見かけるようになりました。その頃食べたフランスパンの味が忘れられなくて、一度自分で作ってみたいと心の中でずっと思っていました。
 銀座のレストランで働いていたとき、銀座木村屋にパンを買いにいくたびにいつも「子供の頃食べたフランスパンの味」を思い出していました。
 ちょうどこの頃、たまたま同級生が地元の藤棚商店街で「パン屋」を併称した洋菓子店舗を出店すると聞き、思い切ってそこで手伝うことにしました。
 銀座のレストランも6年位仕事をしていたので、「そろそろ違う店舗に移りたい」と思っていたところでした。
 ただ給料はだいぶ減りました。いくら知り合いの店舗といっても、勉強させてもらうわけですから、当たり前ですよね。すでにパン職人を3人雇っていたので、私は上から4番目、つまり一番下でした。
 そのときは、一年くらい働いたらまた料理の世界に戻ろうと思っていたのですが、いまだにパン業界にどっぷりはまっています。
 たぶん料理も面白かったのですが、それ以上にパンは深みがあって先が見えなかったのだと思います。

仕事を覚えて、先輩を抜けばいい
 新しく入った洋菓子店では、最初に窯をやりました。たぶん昔も今も窯から始めるのが一番多いのではないかと思います。この時に色々感じることがありました。
 現在私は、新人さんには仕込みからやってもらうようにしています。なぜなら、まずパンの配合を覚えてほしいからです。
 自分の意思で始めた仕事なので毎日が楽しかったのですが、悔しい思いも沢山しました。何より28歳が18歳に使われる(怒られたり注意されたりする)ことが、当たり前のことですが、悔しくてしかたがなかった記憶があります。
 レストランでの教訓から「仕事を覚えて先輩を抜けばいい」と思って、一人ずつ期限を決めて抜こうと決めました。
 「18歳の子は3カ月、2年目の職人は半年」というように自分の中でノルマを作り、自分自身にプレッシャーをかけて仕事をしていきました。
 多分パン業界に遅く入った人は、私と同じように感じたことがあるのではないでしょうか。

1つ教わったら、それを2倍3倍に
 その時々で「今何をしなくてはいけないか」を考えることが大切です。人を嫌うよりも(相手を嫌うと、嫌った相手からも必ず嫌われます)、人から好かれて、いろいろなことを教わることが大事です。そして1つ教わったら、それを自分の中で消化して2倍、3倍に膨らませることが、仕事を覚えるということだと思います。
 窯を担当していましたが、手が空くと先輩の仕事を手伝うようにしていました。先輩がいつも揚げていたカレーパンを私が揚げたとき、お客様から「今日のカレーパンは小さいわね」といわれました。お恥ずかしい話ですが、このとき初めて「カレーパンの生地が番重に入れてあるのは番重の中で自然発酵をとるためだったんだ」と気づきました。

同じ失敗は2度と繰り返さない
 はじめの頃は勇み足でよく失敗をしました。でも前向きの失敗は、2度と繰り返しません。
 私は現在、前向きの失敗に対しては何も言いません。なぜなら、失敗した本人が、失敗の原因を一番よく分かっているからです。
 しかし、同じ失敗を繰り返す人は、失敗の理由の根本が分かっていないので、注意します。
完璧な人は多分いないと思います。私も最初は失敗の連続でした。
 失敗しても前向きに考えて、同じ失敗を繰り返さないことが大切です。これな何の職業でも同じです。



仕事をしていて何か疑問に思ったことはありませんか?

理論は、技術をさらに高める
 洋菓子店に入って最初の頃はただ作業をしているだけでした。「こうするとなぜそうなるのか」がほとんど分からないまま、仕事をしていました。
 時より疑問を持つことがあって、先輩に聞いてみても、なかなか明快な返事がありません。
 よく「パンが焼き上がったら必ず天板を叩け」と言われます。叩ける場合はいいのですが、調理パンのように叩いたら上の具材が飛んでしまうような製品でも叩けと言われて叩いていました。
 先輩に「なぜ」と聞くと、「そう教わったから」というだけで、それ以上は教えてくれません。
 皆さんは、仕事をしていて何か疑問に思ったことはありませんか? パンを作り始めた頃は本当にいつも疑問だらけでした。それを先輩に聞いても、教えてくれません。多分ほとんどの人は理論的に理解していなかったのだと思います。
 私は、本を読んだり、メーカーに聞きに行ったりして疑問を解いていきました。確かに最初はまず作業に慣れることが大事で、理論的な理解は必要ないと思います。しかし人を使うときや、よりきれいなパンを作ろうと思ったときには、理論が生きてきます。理論が分かると理論通りにパンが出来上がっていくのが分かります。
 理論が分かってもパンが作れなくては、仕方がないのですが、理論を理解すると、焼き上がりなどの結果から、工程のどこに問題があったかが探し出せるようになります。いつも安定したパンが作れるようになります。
今回はこの辺で終わります。次回は「面接」について話していきたいと思います。





原価計算女王
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