一人旅の小さな出来事 - 武市 多美夫(パンを売り続けてきた男) - ブランスリー電子版

2026年10月21日に公表されたPHPの脆弱性(CVE-2026-109618、CVE-2026-109619)については、いずれも対策を完了しています。

ブランスリーアーカイブ(創刊号からの全記事)
記事の閲覧
<<戻る
いろいろ、エッセイ/2009年10月号

2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。


一人旅の小さな出来事 - 武市 多美夫(パンを売り続けてきた男)

いろいろ、エッセイ(34)
 地方のシャッター通りと称される商店街を歩く機会がこのところ続いている。「あそこも」「あちらも」「アララ、こっちもだ」と、そんな状況だ。店のシャッターが、人待ち顔のようにも見えるし、大型車が走り去った後の風に吹かれて泣いているようにも見える。
 東京でも賑っていることで有名な商店街を歩いていた時のこと、地方からの修学旅行の中学生の声が耳に入った。「東京だから賑やかだと思ったら、俺らの街と変わらない」「どこもシャッターが閉まっている」と話していた。
 その商店街は火曜日が定休日なのだが、それをシャッター通りと勘違いしたようだ。シャッターや店頭に、定休日や営業時間を表示してあるかを確認したが何の表示もない。これでは退店したと思われても仕方ない。
 今の時代、昼間にシャッターが閉まっていれば、退店したと思われても不思議ではない。小さな誤解が大きな確信に転換するのに時間はかからない。
 久しぶりに東北地方を一人旅した。ローカル線の車窓から見える田んぼの稲は黄金色に色付き始めている。自然の色は心を癒してくれる。日本の美しさは秋が一番だとつくづく思う。
 駅に到着してもなかなか開かない扉に戸惑っていると、後ろにいた高校生が開閉釦(ボタン)を押して開けてくれた。こんなことも旅での嬉しい経験だ。都会では自動で動く物が多くて、誰かが遣ってくれることに慣れ過ぎていることに気づく。
 あてもなく小さな駅で降りて、あてもなく小さな町を歩いた。「静か」というより「寂しい」と感じさせる東北の町だ。
 パンを焼く香りがする方に歩いていくと、ベーカリーというよりパン屋という方が似合う、古くて小さな店があった。
 顔のシワが経験の深さを感じさせるご主人が、使いこなした窯の前に静かに立っていた。親しみのこもった顔には余裕すら感じさせたのだが、「もう、今日でこの店もお終いだ」と独り言のようにつぶやいた。
 突然、身も知らない私に終りを告げたことに驚いたと同時に、今日までのご主人の言い知れぬ苦労を感じた。
 「客もいないし、継ぐ者もいない」
 重く悲しい言葉だった。こうして一つのパン屋の歴史が終わる。
 同業の身として、小さな声で「お疲れ様でした」と、ご主人に別れの挨拶をさせていただいた。一人旅の小さな出来事だ。









原価計算女王
原価計算女王

2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。

今月の公開記事

  1. POLINの高性能オーブンを日本市場へ 。450℃の焼成力と緻密なヒーター制御 - スズキ産業の下河拓磨社長
  2. 見やすい売り場と旬の味で、地域が誇れるベーカリーへ - アリマベーカリー
  3. 「ちいかわ」の世界観を表現したパンと店づくり - ちいかわベーカリー
  4. 掲載から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文を公開しています。
    ブランスリーアーカイブ
ブラ立ち読み
(記事の無料メール配信)
詳細はこちら