独立までの道筋 - ブランスリー電子版

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特集/2003年12月号

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独立までの道筋

好評の「独立の経験談」シリーズ第3弾。
11月1日、東京・板橋区にKURIYAをオープンした西口貴さんと、1990年に独立し、順調に売り上げを伸ばしてきたかばのパン(東京・足立区)の椛島亘さんの2人に話を聞いた。



エンジニアからパン職人に転向。ひとつの物を作り上げる仕事 - KURIYA(西口貴オーナー)

エンジニアから転身。もの作りが好きだった
 東京・板橋区に11月1日にオープンしたKURIYA。大きな石窯を中央に据えて、様々なパンを焼き上げる。
 朝10時のオープン時には、開店を待つ人が何人か並んでいることが多い。レンガと木を基調にした暖かな店構えと内装。
 オーナーの西口貴さん(31)は、以前はエンジニアとして設計の仕事に携わっていた。「物を作るのが好きでした。しかし、エンジニアだった頃は、1から10まで自分が関わり、一つのものを作り上げているという感覚がありませんでした」
 あるとき、雑誌をみていると、あるパン学校の学生の体験談が載っていた。学生時代の友人がベーカリーで働いていて、ベーカリーの仕事についてはいろいろと聞いていた。「面白そうだな」という軽い気持ちで、学校説明会に参加。
 「パンを作っているところを実際に見せてもらって、興味がふつふつとわいてきました。パンの場合は、直接手で素材に触って仕事をする場面が多いので、道具を多く使う仕事より、スタートが遅いハンデを克服しやすいのではないかと考えました。それと、社会人を経験して入学してくる人が多いと聞いたこともプラス要因でした」(西口さん)

理想の場所を求めて独立を決心
 学校卒業後、約4年半、2つのベーカリーで修業を積んだ。卒業当時は、独立すると決めていたわけではない。「ベーカリーでパン職人として働いて、経歴を積むのも一つの道だと考えていました」と西口さん。
 しかし、自分が理想とするパンとオーナーが求めるパンのギャップが気になるようになり、「突き詰めて考えると理想の場所はなかなかない」と思うようになった。

石窯を入れたかった。好条件の物件
 独立しようと決心したのは今年に入ってからだ。2月に開催されたパンの展示会、モバックショウで、石窯が展示されているのが目に留まった。「こういう窯でパンが焼けたらいいな」と思った。
 修業していたベーカリーにスペイン式の石窯があって、焼き上がるパンの違いは実感していた。
 「石窯はかなり高価だったので、その分店舗の敷金などの経費を抑えなくてはならないということで、店舗物件の選定には苦労しました。「出身地に近く西武線沿線」という条件で探していたところ、約6000世帯が入居している公団団地内の物件に出会いました」
 物件は、不動産店をまわったり、店舗物件の専門雑誌などをみたりして探した。公団の物件は敷金が6カ月で、保証人、礼金などが要らないというのが魅力だったという。また、商圏の世帯数や年齢別人口構成比などを区役所で調べたところ、思ったより若い世代が多く住んでいることがわかった。住んでいる人たちの嗜好を調べるため、周辺のベーカリーもチェックした。際立ったベーカリーがないこともわかった。

準備期間中は家賃が要らない!
 「それと、公団の物件の場合は、前家賃が要らないということも魅力でした。家賃が発生するのは開店の日からだったんです。つまり、開店の準備期間中は、家賃を払わずに、自由に物件を使えたということです。4カ月以内に開店してくださいということでした。ただ、公団の場合は、出て行くときに、床と壁と天井しかない状態にしなければならないという条件があるので、私が入ったときもそういう状態でした。内装工事に予想以上の経費がかかってしまいました。また、物件を探しているときに、飲食店は嫌われる傾向があることがわかりました。貸す方としたら、汚れやすいなどの理由で敬遠しがちなようです」(西口さん)

石窯の扱いに慣れるのに苦労した
 品揃えは、それまでの経験で、その土地で受け入れられそうなものを中心に据えた。
 「ドイツパンとかフランスパンなど都心のデパートで売れそうなものは地道に提案していって、コッペパンや菓子パンなど住宅街で売れると思われる商品を多くしました。しかし、いざふたを開けてみるとコッペパンよりも、フランスパンの売れ行きが好調で、驚いています」
西口さんは続ける。「スーパーなどで食パンを120円などで売っていたりするので、食パンはあまり売れないと思っていましたが、予想に反してとてもよく売れています」
 さらに「オープン前の予想に反して苦労したことは何ですか」の質問に西口さんは「石窯の扱いに慣れるのが大変でした。それまでに石窯を使っていたこともあったので、それほど問題はないと思っていたのですが、かなり苦労しましたね。実は最初10月26日のオープン予定だったのですが、納得のいく焼成ができる状態ではなかったので、1週間延ばしたんです」。
 オープンから約2週間の現在、日商は約12万円。すべての需要に応える量は作りきれていないという。製造スタッフは、西口さんと、西口さんが卒業したパンの学校の夜間部に通う女性が1人。販売は真江夫人を中心に数人の体勢。



9月1日に物件の引渡しを受け、9月6日にオープンした。 - かばのパン(椛島亘オーナー)

居抜きの物件に、「ここならいける」
 「ここならいける」
かばのパンのオーナー、椛島亘さんは、ある問屋からの紹介で居抜きの物件を見たとき、こう直感した。
 オープンの1カ月前、1990年8月のことだった。
 それまでも、居抜きの物件は数多く見ていた。
 それらと比べて設備なども特段いい訳でもない。前のオーナーが経営していたときの売り上げは4万円弱。
 「理由はわかりませんが、とにかくいけると思ったんです」

6日間で開店準備。2日間は掃除のみ
 独立することが正式に決まって、まず、衛生責任者の資格をとった。「2日間の講習を受けました。同じ講習を受けた全員が資格をもらうことができました。」(椛島さん)
 8月末までは、ある会社でベーカリーの応援スタッフとして働いていた。オープンは9月6日。「実際に居抜きの物件に手を入れたのは9月1日からです。業者さんが外装や内装を手直ししているのを見ながら、最初の2日間はひたすら掃除をしていました」(椛島さん)
 3日目から、クッキーなどを焼き始めた。試験焼きではない。販売するクッキーだ。「とにかく時間がなかったので、ぶっつけ本番でした。製造を始めるまで、オーブンに火が入るかどうかも確認していませんでした。」
しかし自信はあった。品揃えは、頭の中で完璧に出来上がっていた。それまで10年以上パン職人として働いてきた椛島さんは、常に『将来自分の店を持ったら』と考えながら仕事をしてきた。
 椛島さんの頭の中には、「ラウンド食パン」という円柱状の型で焼く食パンのことが常にあった。「将来独立したら、このパンを柱にしようと」とずっと考えてきた。
 「私が最初に修業をさせていただいたパン屋さんで作っていたんです。すごく好きなパンでした。焼き型ごと店に並べたりしていました。これさえしっかりと覚えておけば、このパンさえお客様の支持を得られれば、商売はやっていける、とずっと思っていました」(椛島さん)

本気で取り組めば、道は開ける
 「独立するためのノウハウ云々と考えることより、普段からの心構えの方が大切だと思います。独立したいと本気で考えていれば、普段の仕事への取り組み方も自ずと変わってくると思います。どこで修業したかどうかはあまり関係ないと思います」
 椛島さんはさらに続ける。「やはりパンの機械と材料は、いいものを使うことが大事だと思います。お金がないからといって、中古で機械を揃えるよりは、やはり、自分が最もいいと思うものを揃えるべきです。製パンの技術と同じくらい、よい機械と原材料を使うことは大切だと思いますよ」
 「それと、製パンの各工程をすべて経験してマスターしていても、最初から最後まで通して作るということがあまりなかったので、最初は大変でした。ミキシングや成形、焼成などが完璧にできるということと、一つの店のすべての工程をトータルで管理することはまったく別の能力ですね」

1人で作れる量をはるかに超えた
 オープンの日、午前6時30分の開店時間にシャッターを開けると、一人の老婦人が開店を待って立っていた。
 「あの姿はいまでも忘れられません」(椛島さん)
 製造スタッフは、椛島さん1人だったが、オープンからしばらくは売れるパンの量が、1人で作れる量をはるかに超えた。
 「友人のパン職人や業者の人が手伝いに来てくれたりして何とかしのぎましたが、午後からパンがなくなる、ということもしばしばでした。今から考えるともったいなかったと思います。オープン当初は、寝る暇もなくただひたすらパンを作っていました。」(椛島さん)
その後、ラウンド食パンは同ベーカリーの主力商品になり、それ以外にも「プリンを丸ごと包んで焼き上げ、生クリームを注入した「プリンちゃん ア・ラ 元気」や、同ベーカリーがある地名を商品名に入れた「佐野2丁目のカレーパン」などの人気商品が生まれた。
 3年後に、近くに移転して、リニューアルオープン。
2002年には、自社物件のビルに建て替えて、そこの1階を店舗にした。
 「10年前にオープンしたときは、日商6万円ぐらいと予想していました。オープン当初は別として6万円前後の売り上げが続きましたが、すこしづつ売り上げが伸びていきました」。
 現在は平日で20万円、休日は25万円を超えるまでになっている。
 現在の店舗は売り場が6坪、製造スペース10坪。製造スタッフは椛島さんを中心に合計4人の体勢だ。





原価計算女王
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