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| いろいろ、エッセイ/2009年8月号 |
2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
| タイミングと緻密な予測と計画が必要となる - 武市 多美夫(パンを売り続けてきた男)
いろいろ、エッセイ(32)
大都会新宿歌舞伎町には不釣合いな、その居酒屋に通い始めて何年になるだろう。界隈は見る見るうちに大きな変貌をしているが、猥雑さは残り、したたかさは姿を消さない。 もう30年前になるだろうか。前夜から飲み続けた酒の気だるさを背負って、朝日の逆光の中で、カラスの群れがゴミを漁る新宿の街を歩いた青春の記憶が甦る。 一時の安らぎの時間と場所を与えてくれる居酒屋の雰囲気が猛烈に恋しくなる時がある。時には一人で飲む酒も、隣の酔客から聞こえる上司批判や、ただひたすらに独り言を言いながら、何かに耐え忍んでいる客の姿は、ここでしか味わえない肴になる。 高名な演歌の作詞家は、酔客の心からの嘆きや、ふと漏らす悩みなどに耳を傾けて作詞をしたという。そこで生まれた詞には世に出て、多くの人の琴線に触れ、一世を風靡したものもあるという。 踏みとどまってもいいよ、後戻りさえしなければ、と優しく肩を抱いてくれる。いつでも戻っておいで、と耳元でそっと囁いてくれる。身も心もボロボロになる前に、帰っておいでという声が聞こえる。そんな曲に救われたのは一度や二度ではない。この世、成るようにしか成らないならば、ケセラセラもいいではないか、と私に教えてくれたのも居酒屋だ。 先日久しぶりにその居酒屋に行ってみた。扉を開けた瞬間、店を間違えたかと思うほど変わっていた。椅子やテーブル、壁のデザインが変わり改装されていた。前と比較すれば少しだけ新しい感覚になったものの、何か心が落着かない。 店内にビール箱が積んであったり、店のおばちゃんと客の笑い声が聞こえた店が、気取った雰囲気になってしまった。 店員も少なくなったように感じたが、それよりも稼ぎ頭の曜日にしては、肝心なお客が以前より大幅に少ない。まさか改装が原因ではあるまい。 40代と思われる若主人の表情から、俺が遣ってやるという意気込みと、思惑違いの現実に困惑している両方の表情が読み取れるのが、少しばかり気になった。 一度改装したら前の雰囲気を戻すことは絶対に出来ない。周辺の変貌に合わせることが必要か、或いは今日迄築き上げた店の色を守り続けるのが必要か。決断は慎重さを求められる。 改革や変革をする時、タイミングと緻密な予測と計画が必要となる。 居酒屋とパン屋の違いはあるものの、考え方の基本は変わらないだろう。 |



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