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| いろいろエッセイ/2008年6月号 |
2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
| 「人を良くする」のが「食」 - 武市 多美夫(パンを売り続けてきた男) いろいろ、エッセイ(18)
フランスのミシュラン社が外国人向けの日本旅行ガイドを昨年出版した。その中で富士山と共に東京八王子市にある高尾山が三ツ星評価を得て紹介された。 春四月、何十年ぶりで高尾山に登った。老若男女の数多くのハイカーや外国からの人に混じって599mの頂上を目指した。登りはじめて間もなく、日頃の運動不足がたたったのか息遣いの乱れがはっきり分った。夜な夜なネオン街を徘徊して溺れる寸前まで酒を飲み続け、止めろと言われ続けているたばこに今だ未練を断ち切れない身への罰と言い聞かせながら乱れた息のまま頂上に立った。頂上では多くのハイカーが各々のスタイルで昼飯を楽しんでいた。わずかに空いたベンチに腰を下ろしコンビニで買ったにぎりめしを頬張る。周りを見回すと一様ににぎりめしを食べている。サンドイッチを食べている人はほんのわずかで、山ではにぎりめしが一番似合うようだ。 小学校三年の時と記憶しているが遠足で高尾山に登ったことがある。昼飯はハムを挟んでフランスパンを食べたことを覚えている。全員が弁当箱を開けて色とりどりのおかずが並ぶご飯やおにぎりを食べていた。その中でただ一人だけパンを、それもフランスパンを食べている自分が何か場違いなことをしているように感じたことを思い出した。 何故あの時にパンを、それも今より食べる機会の少ないフランスパンを、小学三年の時に、遠足の昼飯として選んだのか。理由を解いてみたいがもう思い出せない。 私が今まで食べた昼飯の中で忘れられない味がある。伊豆七島の一つである御蔵島で食べた「にぎりめし」と「くさやの干物」と「水」だけの昼飯だ。豪華さとはほど遠い昼飯だが三十年前の味が甦ってくる。米もくさやも美味しかったが水の美味さが格別だった。「これが最高の贅沢だ」と思ったものだ。もう一度あの場所であの昼飯を食べてみたくなった。 これからは出来るだけ多くの時間を自然の中で好きな物を食べて楽しみたいと思っている。それが「フランスパン」になるか、「にぎりめし」と「くさやの干物」と「水」になるかはその日の腹に任せたい。 老舗料亭がとんでもないことをしていたことがまた明らかになった。呆れを通り越して心の貧しさに哀れさを感じる。「もったいない」を誤解している。自分にとって「もったいない」ではなく、相手にとって「もったいない」か、否かの判断基準を持たないといけない。お客さんが「もったいない」と感じたことを察すれば、みやげにするなどの方法が浮かぶはずだ。それがサービスでもある。独り善がりの結論は人を不幸にすることが多々ある。 「食」という字は「人」を書いてその下に「良」と書く。「人を良くする」のが「食」で、「人を良くする事」を「食事」という説明をテレビで観た。その通りだと思う。 |



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