お店拝見 特別企画(1) - ブランスリー電子版


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お店拝見/2016年6月号

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お店拝見 特別企画(1)

 今回は「お店拝見特別企画」として、リテールベーカリー経営についての4つのテーマを設定して、これまでに掲載されたお店拝見の記事の内容をもとに記事を書いてみました。お店拝見では、これまでおよそ300軒のベーカリーを取材させていただきましたが、改めて記事を読み返してみると、様々なテーマが浮かび上がってきます。



次の日食べてもおいしいパン
「パン ド コロ」の店主、田所見之さん(中央)、妻の綾さん(左から2番目)とスタッフ
大阪府岸和田市のベーカリー、ふるーるの外観
焼き海苔とパンは意外に合うと思いつき、商品化した「ささがきごぼうの焙煎ごまあえ」(ふるーる)
冷たくてとてもおいしかった焼き込み調理パン

リテールベーカリーの強みは「焼きたてパンが提供できること」といわれ、多くのベーカリーでは、パンをできる限り焼きたての状態で購入してもらえるよう、様々な努力をしている。確かに、焼きたてのパンは大きな魅力で、消費者は、焼きたての状態のパンを前にすると、思わず手を伸ばしたくなるのは間違いない。
 しかし、考えてみると、パンは焼きたての状態で食べてもらえるとは限らない。焼きたての状態でパンを購入したとしても、その場ですぐには食べないケースの方が多いと考えられる。パンを作る人たちの意外な盲点になっているのが、「時間が経って冷めたときのパンの味」ではないだろうか。
 もう大分前だが、2003年の春に私が、お店拝見の企画で、大阪の「ふるーる」というベーカリーを取材し、購入した焼き込み調理パンを帰ってから冷めた状態で食べたときに、「冷めていてもおいしい」ではなく、「冷めているからおいしい」と感じたことがある。小雪の舞うとても寒い日で、パンは冷え切っていたが、みずみずしくて、とてもおいしかった。極上の駅弁に通じる味だった。
掲載された記事の取材メモには次のようにあった。
   ◇
 取材メモ ふるーるの取材を終えて、そのまま新幹線で東京へ。会社に直行し、記事執筆開始。購入したパンは、いくつかは新幹線の中で食べ、あとは会社へ持ち帰った。記事もほぼ書き終え、小腹がへってきた深夜、「『ささがきごぼう』(購入したパンのひとつ)が残っている」と気付き、袋から出してみると、寒かったせいか、かなり冷たくなっていて、形も少し崩れていた。しかし、食べてみるとおいしい。「冷たくてもおいしい」というより、「冷たくておいしい」と感じさせるほどだった。取材時のメモをもう一度細かく読み直してみると、オーナーのある一言を発見。「次の日食べてもおいしい、と言ってくれます」。ピーンときた。「次の日でもおいしいパン」とはよく言うが、これほどのパンはそうそうない。そういえば、ふるーるのパンをすべて、冷めた状態で食べたが、どれもおいしかった。そうか、焼きたてのときより、時間がたったときの味を考えてパンを作ればいいんだ、と思った。
   ◇
 神奈川県横浜市の「パン ド コロ」(2012年4月号のお店拝見に掲載)の店主、田所見之さんは、「朝から、常に焼きたてが求められるのかと思っていたのですが、そうでもなかったんです。実際営業を始めてみると、買い物や仕事の帰り途中に、翌日食べる分として買っていく人の方が多かったんです」という。
 さらに「お客さんが、実際に食べるときのことを考えてみると、焼きたてにこだわるよりも、買った日の翌日に食べてもおいしいパンを販売していった方がいいのだと思いました。翌日でもぱさつかず、しっとりとした食感にするため、吸水の量を少しずつ、限界まで増やしていきました。また、菓子パンなどは、完全に冷めた頃に袋に入れるようにして乾燥するのを防いでいます」。
 一方、東京・世田谷区の ブーランジェリー ボンヌール・メゾン(2015年2月号のお店拝見に掲載)の國松正憲シェフは「最近20年ぶりにフランスに行って、パンの奥深い魅力を実感しました。焼いた翌日の味わい方やおいしさが、身に染みました。20年前は気付けなかったことです」と言っていた。
 消費者がベーカリーを評価する際の最終的な判断基準は、パンがおいしいかどうかだ。焼きたてであろうが、冷めていようが関係はない。どのような状況でも、消費者が味わったパンの味がすべてなのだから、ひょっとしたら、焼きたてのパンの味より、時間が経って冷たくなったときのパンの味の方が重要なのかも知れない。



売り切りか売り残しかの判断
ベーカリー経営について熱く語る小川佳興社長(サフラン北国分店)
サフラン北国分店の売り場中央の陳列台は、商品によって陳列方法を変え、楽しさを演出している
「しょう’S ベーカリー」では、パンは、ガラスのショーケースに並んでおり、対面式販売
閉店前の品揃えは顧客と向き合った結果

 リテールベーカリーのオペレーションでよく問題になるのが、閉店直前の品揃えをどうするかだ。客はパンを購入する際に、沢山の種類のパンが並んでいた方がいいと考えるだろう。これは、閉店直前に来店した客も同じことだ。
 一方、店にとっては、閉店間際に、客が選べるだけの多くの種類のパンを陳列するということは、多くの販売ロスを出すということを意味する。販売ロスは多いよりは少ない方がいいに決まっている。
 お店拝見2009年9月号で、千葉県市川市のサフラン北国分店を取材した際に、小川佳興社長は次のように話した。
 「ロスを恐れてはいけないと考えています。閉店前に、売れ残りのパンしか並んでいなかったら、閉店前に来たお客さんは残り物を買わなくてはなりません。閉店前に、売れ筋商品が並んでいない店は駄目です。ロスを減らすために、売れ残ったときにどうするかも考慮して、商品開発をやらなくては駄目です」
 また、神奈川県横浜市の「パン ド ウー」(お店拝見2013年11月号に掲載)の営業時間は、朝8時から夜7時までだが、夜の閉店間際に買いに来る人がかなり多いという。そのため、閉店間際まで最低20品目は揃えるようにしているという。
 「電車を降りて家路を急ぐ方が寄って下さります。なかでも、仕事帰りに保育園までお子さんを迎えに行く母親が、その途中に寄っていくというケースが目立ちます。近くのスーパーや駅前、駅ナカにも、遅くまで開いているベーカリーがあります。こうした環境の中で、わざわざ当店に寄ってくださるということを考えると、閉店するまでバラエティー豊富に揃えておく必要性を感じます。そのために、ある程度のロスは覚悟しています」と店主の原浩介さんは話していた。
 一方で、繁盛店で、「売り切り御免」のお店もある。東京・世田谷区の「アンゼリカ」(お店拝見2015年9月号に掲載)は、約7年前、開店時間を午前10時から午前8時に早めた。
 「スタッフは仕込みで早朝から来ていますから、店も早くから開けようということで、2時間早く開けるようにしたんです。閉店は売り切れ次第なので、開店を早めた分、スタッフの帰り時間も早くすることができました」と店主の林ぶ子さん。
 朝は、ふんわりした食感の白焼きパンで、同店のロングセラーの「カントリーグローブ」を使ったサンドイッチを、朝の限定メニューとして、サービス価格で販売している。朝の時間帯に客を呼び込むためだった。
 東京・小平市の「しょう’S ベーカリー」(お店拝見2016年4月号に掲載)のオーナーシェフ、山粼章さんは「1品目あたりの製造数を少なくして、次々と違うパンを並べていけるようにしています。せっかく来たのに、購入予定のパンがなかった、と思われるお客様もいるかと思いますが、実はそこも良さだと思っています。次また来てみようかと思っていただけたり、その代わりになるようなパンを、そのときどきで新たに見付けていただける機会になればと思っています」と話す。来店する度に違うパンと出合える楽しみも幸いしてか、パンは毎日ほとんど売り切ってしまうという。
 午前9時、食パンや惣菜パン、菓子パンを揃えてオープンすると、その後11時半、午後1時、1時半、2時と時間経過とともにパンが焼き上がり、ショーケースに並ぶパンが変化していく。山粼さんがほぼ1人で、1日に70品目のパンを焼き上げる。
 こう見てくると、いずれのベーカリーも顧客と真摯に向き合った上で、閉店直前の品揃えを決めていると言える。ベーカリーのオペレーションは、顧客にとっても、店にとってもメリットがあるものでなくてはならないが、その主導権は当然ながら店が握っている。店が描いた顧客との付き合い方や作法に対して、顧客が魅力を感じてついてくるかどうかに、店の繁盛はかかっている。店が描いた顧客との付き合い方や作法は、100店100様で構わないし、それだからこそ、消費者は豊かな消費生活を楽しめるのだ。




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