記事の閲覧
| <<戻る | 写真をクリックすると拡大写真が見られます。 |
| インタビュー／2012年8月号 |
2023年11月18日から、発行から１年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
| 近所の客に喜んでもらうために何でもしてきた - プーフレカンテ狩野義浩社長に聞く | ||||
| ||||
| 深夜の２時に客が来ても対応した | ||||
狩野 この店をオープンしたのは２０００年です。修業時代は長かったですよ。最初にビゴの店に７年間お世話になりました。神戸の本店のほかに東京のお店でもお世話になりました。それから長野県白馬村のペンションで１年働きました。これは接客を勉強したかったからです。さらに、フランス菓子のお店に５年間お世話になりました。あとは、「魔法のパン」という愛知県東海市のお店の立ち上げを店長としてやらせていただきました。そこでは５年間店長を務めました。独立したのは３７歳のときです。 ―――満を持しての独立だったわけですね。 狩野 チラシも配らず、宣伝もせずに、静かにオープンしました。近所の人にとっては「あそこに何か新しいお店ができたね」という感じだったと思います。オープン初日の売上が確か１３万円でした。それから８万円ぐらいまで下がって落ち着いて、そこからのスタートでしたね。 ―――どういうお店を目指したのですか。 狩野 近所のお客様に利用してもらって、喜んでもらえる店にしたいと思いました。そのためには、ありとあらゆることをしました。まず、お客様の注文は絶対に断りませんでした。お客様が何か作ってほしいといってこられた場合は、必ず作って差し上げました。また、「パンを取りに行く時間が真夜中の２時になってしまうけど」といわれても、「大丈夫です。店にいますから」といって、対応しました。 ―――深夜の２時ですか。 狩野 当時僕は、ほとんど家に帰らず、店に寝泊りしながら仕事をしていたので、それも可能だったんです。だから、シャッターを閉めたあとに、お客様が来ても対応していました。定休日にパンを焼いてほしいといわれたら、焼きましたね。あとは、テレビや雑誌の取材は断らずにすべて受けるようにしました。結局は、いかにして名前を知ってもらうかということだと思うんです。何もないところから始めた訳ですから、何にでも取り組んでいかないと、だめなんですね。パンの種類も、お客様からの要望でどんどん増えていきました。玄米の入った食パンは、１人のお客様にだけ作っています。オープン当初は、オーダーメイド的な商品も引き受けていて、そのときからの流れで今も作っている商品は結構あるんですよ。 ―――お客さんの要望にすべて応えていたら、対応し切れなくなることはありませんか？ 狩野 今は、スタッフも増えたし、さすがにお客様の要望にすべて応えていたら、お店がまわらなくなってしまうかも知れません。でもオープン当初、ほとんど自分だけで、泊り込みでやっていた頃は、すべての要望に応えられる状況にあったし、利用していただけるなら何でもしてあげたいという気持ちが強かったですね。もちろん今だって根底の部分では、その気持ちはまったく変わっていませんよ。 ―――「お客さんのために」という姿勢が半端ではないですね。 狩野 やはり、お客様と向き合っていたいと思うんです。毎日、お客様の声を聞いて、パンを作って、またお客様の顔を見て、みたいな生活がとてもしっくりくるんです。お客様は、行動や、顔つき、しぐさなどで、ありとあらゆることを店にうったえかけてきます。それらを敏感に汲み取ることがすごく重要なんですね。それは多分接客ということではなくて、人と人が関わるときの本質的なことなんじゃないかと思います。その部分さえ押さえておけば、テクニカルな意味での接客を意識しなくても、結果的にいい接客ができていると思いますね。 | ||||
| 客が店を好きになるような接客をする | ||||||||||
狩野 実は今は僕は敢えてあまり出ないようにしているんです。なぜかというと、僕が出すぎると、「お店イコール僕」みたいになってしまって、お客様が全員僕だけと向き合うようになってしまうからです。お店は僕だけでやっているわけではなくて、スタッフ全員でやっているわけですから、僕がスタッフに任せている部分については、スタッフにお客様と向き合ってほしいんですね。もちろん僕も厨房からお客様の顔を見てあいさつはします。でも敢えて自分から出ていって話をすることはしないようにしています。 スタッフ１人ひとりが店の顔でなくてはならないと思っていますし、今は実際にそうなっていると思います。だから、うちはスタッフ全員のモチベーションが高いし、１０年以上とか、９年とか、みんな勤続年数が長いんですよ。あとは、うちで働いて独立した人が、よく手伝いに来てくれます。だから、ＯＢも含めたスタッフ同士の関係は悪くないのではないかと思っています。 ―――お客さんとの関係やスタッフさんとの関係を良好に保つための秘訣は何ですか。 狩野 適度の距離感を持って接するということですね。多分、経営者がスタッフとどれくらいの距離感を保ったらいいのかは、その経営者のキャラクターによって決まるんじゃないでしょうか？ 僕の場合よりスタッフとの距離を縮めた方がいいこともあるし、僕の場合よりも離れた距離感を保った方がいい場合もあると思います。でもいずれの場合も、越えてはいけない一線はどこかに引かなければならないと思います。 ―――スタッフさんに対してはどんな指導をさ れていますか。 狩野 お客様と接するときに、ともすると、自分が好かれたいという思いが出てしまうのですが、そうではなくて、お客様にお店を好きになってもらえるように心掛けて接客しなさい、と言っています。たとえ１人のスタッフがいい接客ができたとしても、別のスタッフがいい接客ができなかったら意味がないので、スタッフ全員がいい接客ができるようにしようと言っています。そのためには、時には身を引いて、ほかのスタッフに譲ることも大事なんですね。だから、「なんでもかんでも我先に自分が前に出ていこう」というのはうちではＮＧなんです。お店というものが中心にあって、お店に関わるすべての人達が、お店が好きになるようにと考えて行動すればいいんだと思います。ひとりだけがずば抜けた脚光を浴びるのではなくて、関係するすべての人が充実感を持てるようにすることが大事だと思います。 食パンが予約してから数カ月待ちの状態 ―――ところで、食パンが、予約してから２カ月から３カ月待たないと買えないとお聞きしました。 狩野 近所の人に喜んでもらいたいという気持ちから作った「パン・ド・ミ」という商品です。売り切れることが多くて、予約を取るようにしたら、いつの間にか、２カ月待ちのような状況になってしまいました。予約して何カ月も待ってもらうということは、申し訳ないと思っています。最大限に努力して作っても生産量が追いつかなくなって今の状態になってしまいました。 ―――そのパンを買おうと思ったらどうしたらいいのですか。 狩野 電話での予約は受け付けていないので、お店に来てもらって予約していただく必要があります。やはり、お店に足を運んでいただける近所の人とお付き合いがしたいという思いからです。 ―――例えば、昨日この地域に引っ越してきた人が、「パン・ド・ミ」を常食にしたいと思ったらどういう方法がありますか？ 狩野 そうですね。今日予約して頂ければ、９月にお渡しできます。予約の数量に制限はありません。あと、今日予約した分は９月の１カ月の期間で何回かに分けて、お渡しすることもできます。ですから、１か月後にもう一度今度は１０月に食べる分を予約しに来ていただき、さらに１カ月後に１１月の分を予約しに来ていただく、というふうにしていただければ、「パン・ド・ミ」をずっと食べていただけます。 ―――結局は、お店の近くに住んでいる人たちが買えるような仕組みなっていますよね。 狩野 やはり、近所のお客様を大切にしたいという思いが強いので、販売の仕組みも近所のお客様に有利になるように、いつのまにかなってしまいます。でも、その仕組みについてクレームを言う人もいます。そういう方には、店としての考え方を誠意を持って説明するようにしていますが、わかっていただける場合がほとんどです。 ―――「近所のお客様」の「近所」とはどのくらいの範囲ですか。 狩野 僕は近所のお客様を「自転車で来れる範囲のお客様」とイメージしているのですが、違う区から来られるお客様も多いですね。名古屋の場合は、東京に比べると商圏は広いと思いますよ。 | ||||||||||
| モチベーションと作業効率の向上が鍵 | |||||||||||||
狩野 働いている人間がどれだけ考えた動きをするかによって店の売上が決まってきますから、みんな真剣です。僕が修業していたペンションでは、繁忙期とシーズンオフのときのギャップがかなり大きいという問題がありました。ケーキ屋さんで働いていたときは、季節のイベントのときの客数とそれが終ったときの客数の差が激しいという課題がありました。しかし、忙しいときは、作業効率を追求することによって対応していました。そのときの経験が生きていると思います。 ―――一番忙しいときに対応できて、比較的暇なときにも無駄を出さないということですね。 狩野 マックスの時に合わせて設備やスタッフを揃えるケースが多いのですが、うちの場合はベースのところに合わせて、あとはスタッフのモチベーションをどうやって上げるか、作業効率をどれだけ追求できるか、ということで対応しています。 ―――その辺を追求することによって、得るものも多いし、成長もするということなんでしょうね。 狩野 基本はひとつひとつの動作ですね。あとは、ものの配置の仕方や機械の能力も関ってきます。それと、どんな厨房にも、ここを改善すれば飛躍的に効率が上がるというボトルネックがあります。パン屋の場合は、それがホイロであることが多いですね。要するにホイロ待ちになってしまうことが多いんですよ。パン屋の場合はスペースがないので、ホイロ１台とかよくて２台とかで発酵させて焼いていくということになるのですが、これだとどうしても、ホイロ待ちになってしまうんです。２台のホイロで天板５０枚としても、菓子パンが１５分で焼けるとしたら、その５０枚を４枚差し３段の窯で１時半あれば焼いてしまいます。そして次に焼こうとすると、だいたいホイロがまだ出ていないんですね。だからホイロを窯を遊ばせないペースでどうやって出していくかなんです。うちは専用の１・５坪の発酵庫があってそこで温度管理をしてホイロをとっているので、仕込から始まって、焼き上がるまでの流れが１日中途切れることがありません。食パン６０本と天板５０枚が同時にその発酵庫に収まってしまいます。 ―――厨房のレイアウトが考え抜かれている感じがしますね。 狩野 うちは冷蔵庫や冷凍庫が多いですね。ショックフリーザーやチルドの冷蔵庫、冷凍保存庫などたくさんあります。いろんな生地を多種多様に管理するには、それだけの設備が必要になってきます。厨房内の空気の流れも考えています。店の裏口、すなわち厨房の入り口から入った空気が、厨房を通って、窯の前を通って売り場に抜けていくんですが、ちょうど麺台の場所がその流れから外れたところにあって、そこに空気が溜まるんですね。ある意味、空気がよどむ場所なんです。でもそれは、成形時に生地が乾かないというメリットをもたらしてくれます。そこだけ空気が動かないので、湿度も保てるし、そこにあるエアコンを使えば、ある程度温度管理もできるんですね。 僕は修業時代が長く、修業させていただいた店がいずれも有名店で、かなり忙しかったので、厨房での作業効率を上げるにはどうしたらいいかを常に教わってきました。それが役立っています。 | |||||||||||||
2023年11月18日から、発行から１年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
