人が振り返るような華やかさはもう必要ない - サ・マーシュ 西川功晃氏に聞く(後編) - ブランスリー電子版


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インタビュー/2013年5月号

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人が振り返るような華やかさはもう必要ない - サ・マーシュ 西川功晃氏に聞く(後編)
 神戸の有名ベーカリー「ブーランジェリー コム・シノワ」で、色彩豊かな芸術的ともいえるパンの数々を作り出した西川功晃氏は、現在は、同じく神戸で、「サ・マーシュ」というベーカリーを経営している。東京・世田谷の洋菓子店、オーボンヴュータンや神戸のベーカリー、ビゴの店などで培った西川氏の職人魂に、コム・シノワの荘司索オーナーシェフの底知れぬ発想力が注がれたときに、そこには、それまでどこにもなかったような華やかなパンの世界が広がっていった。そして、西川氏は現在、色鮮やかで華やかなパンからは距離を置き、パンの日常性について深く考えながら、日々、素朴なパンを作り続けている。

サ・マーシュ
兵庫県神戸市中央区山本通3-1-3、電話078-763-1111



コム・シノワの荘司シェフとの出会い
「サ・マーシュ」の客層は、近所に住む常連客が中心だが、遠方からわざわざ来店する客も多いという
――西川さんといえば、「ブーランジェリー コム・シノワ」で、華やかな色彩に溢れた芸術性のあるパンを作り出したブーランジェ、というイメージがあります。
西川 料理人だった兄が働いていた店の隣がフレンチレストランのコム・シノワでした。兄からコム・シノワはすごいレストランだと常々聞かされていて、僕の憧れのレストランでした。そして、その憧れのレストランの荘司索オーナーシェフと食事をする機会に恵まれて、色々話して、意気投合してしまったんですね。
 僕が「パンとお菓子と料理が一体化したような店を作りたい」という話をしたら、荘司シェフも「パン屋さんにそういう店をやってほしかったんだ」と言っていました。コム・シノワは当時からフランス料理では関西でトップクラスの店として有名でした。コム・シノワのパティスリーはすでに単独の店としてあって、パンは荘司シェフが自分で作っていました。荘司シェフはパティスリーと同じようにベーカリーも独立した店として作りたいと思っていたんだと思います。
 当時、コム・シノワが出した洋菓子店が話題になった理由のひとつには、レストランで出すデセールの要素がふんだんに盛り込まれたプチガトーを作っていたことがあったと思います。上からソースをかけたりとか、アルミのパックにソースを注いでそこにムースを置いたりとか、上にハーブを飾ったりとか、それまでの洋菓子店にはなかったプチガトーがたくさん並んでいました。
――そして、コム・シノワのパンを西川さんが作り出すことになるのですね。
西川 初めて荘司シェフと話して意気投合したときから、5年ぐらいの間、1年に何回か会って、お互いの近況を報告し合っていました。お互いが同じ方向に向かって成長しているという実感があって、すごく心地よかったですね。
 ただ、僕はその後、フランスに行くことになったんです。友達のフランス人が働いていた製粉会社の研究開発の部署にお世話になり、すごくいい勉強になりました。
 そうしている間に、神戸の震災が起こったんです。僕が寝ているところに、アパートの管理人のおばさんが上がって来て、「起きて」とドアをドンドンと叩くんです。何事かと思ったのですが、「下にテレビを見に来い」ということだったので、下に行ってみると、テレビの画面には、神戸の悲惨な状況が映し出されていたんです。ビルが崩壊して、見たことのある場所が全部崩れていたので、えらいことになったと思って、すぐに日本に電話をしたのですが、まったく通じませんでした。1週間ほどしたらやっとつながって、すぐに帰ると伝えました。



線はまっすぐより歪んでいた方がいい
「サ・マーシュ」の販売スタイルは、販売スタッフが、手すりを挟んで客と同じ方向からパンを見ながら接客するという独特のものになっている
「サ・マーシュ」では、素朴な日常のパンを追求していくという
「サ・マーシュ」は、門をくぐって、10メートルほど歩いたところに店がある
店の前には、オープンテラスのスペースがあって、購入したパンを食べられるようになっている
――阪神淡路大震災は、本当に大変な出来事でしたね。
西川 神戸に帰ると、まだブルーシートがいっぱい張られているような状態でした。コム・シノワに行くと、荘司シェフはげっそり痩せていました。「待ってたんだよ」と言われて、僕も「そうなんですか」と言って、涙の再会になりました。
 荘司シェフは震災ですごく色々なことを感じ、「これからやらなくてはならないのはパン屋だ」と言いました。「パン屋をまず作らないことには目指している料理も完成しない」と言っていました。
 荘司シェフは、「パン屋さんから配られた素朴なパンが、みんなを最高に幸せな笑顔にすることを目の当たりにして、フランス料理の無力さを思い知らされた」と言うんです。「だからパンに取り掛からないと、目指している料理は完成しないから、パン屋をやりたい」と言いました。それで、「ブーランジェリー コム・シノワ」が生まれたのです。
――「ブーランジェリー コム・シノワ」でのパンはどのように展開していったのですか。
西川 荘司シェフがよく言っていたのは、「どうもパン職人は、僕が作ってほしいパンを作ってくれないんだ」ということでした。あるとき、秋の味覚のきのこのパンがほしいというので、シャンピニオンを作って見せたんです。そしたら、「これじゃないんだ、きのこがいいんだよ」と言うんです。本物のきのこのようなパンがいいというので、どうしようかといろいろ考えて、セルクルの中に生地を入れて、その上にのばした別の生地をかぶせて、表面に小さな穴をたくさん開けて、粉を振って焼いたら、本物のきのこのようなパンになりました。それを荘司シェフに見せたら、「これだよ」と嬉しそうに言いました。でも、「レストランに出すときはもう一工夫要るんだよ」とも言いました。僕は「えー、どうするんですか」というと、「ブラウンマッシュルームをソテーするから、それをパンの中に入れて、パンを割ったときにそのマッシュルームが顔を出すようにできないか」と聞いてきました。僕は、「じゃあやってみましょう」と引き受けました。セルクルに生地を入れたあとに、上から十字にカットを入れて、そこにソテーしたきのこを入れて、ふたをしてから焼いてみたら、それなりのものができたんです。かなり手間はかかりましたが、レストランで出すものなので、1日30個ぐらい作ればいいということで、何とかなりました。
 荘司シェフは、かごに枯葉を入れて、その中にそのきのこのパンを忍ばせました。お客様が席に着いたあとに、そのかごを持っていって、「どうぞパンをおとりください」といって出すんですね。お客様は、枯葉を手でかき分けて、パンを手にすると、それがきのこの形のパンなので、まずそれで驚きます。そして、次にパンを割ったときに、今度は本物のきのこが出てくるので、もう一度驚くんですね。荘司シェフはそういう演出を好んでやっていました。荘司シェフの演出力にはいつも感心していました。
――西川さんのコム・シノワでのパン作りはそういうことがベースになっているんですね。
西川 荘司シェフはパンにも、ちょっとした驚きを常に求めていましたね。あとは、「きちっとしているより、ラフな感じの方がいい」と言っていました。例えば、「線は、綺麗にまっすぐに描くより、ちょっと歪んでいた方がいいんだ」といつも言っていました。
 僕はそれまでは、線はまっすぐに描き、クープは思ったとおりに開かせ、職人としての完璧さを求めていました。でも、いきなり、「線は曲がっていても、ずれていてもいいんだよ」と言われて、ショックでしたね。しかし、荘司シェフが意味しているところが少しずつわかってきて、コム・シノワ的なパン作りが僕のものになっていったんですね。バラエティー豊かな表現力は、荘司シェフからの投げかけに、僕がなんとか応えようとした結果として生まれてきたんです。それ以前の僕は、アンデルセン、オーボンビュータン、ビゴの店で育ててもらった職人だったのですが、そこに荘司シェフの色が加わったことで、それまでとは違う世界が開けたんだと思います。



ベーシックなパンを充実させたい

――荘司シェフの投げかけに反応して、それを自分のなかで消化して表現する能力があったということですよね。
西川 どうなんでしょうね。ある意味、僕は荘司シェフが書いた物語を自分なりに表現するフィルターなんだと思います。でも、荘司シェフが投げかけてくれたテーマが100あったとしたら、そのうちの10ぐらいしか僕のフィルターを通しては表現できていないと思います。だから残りの90は、まだ誰にも表現されずに原石として残っているんです。残念ですけどね。でも、僕が表現できた10のテーマだけでも、当時のパン業界にとっては、新鮮で珍しいことだったのかな、とも思います。
 残りの90は、頑張って僕自身が完成させたいという思いもありますが、僕だけでは全部はやり切れないかも知れません。
 コム・シノワで僕の下で働いて、その後成功している人は何人かいますけど、その子らは、僕だけからじゃないな、というのがわかるんです。ちゃんと荘司シェフのことも見ていた人たちなんですね。
 荘司シェフはものすごい引き出しと創造力を持っている人で、底知れぬ海のような発想力の持ち主です。でも、それを実際に形にして表現してくれる職人が必要だった人なんですね。僕はその1人だったんです。
 実は、僕は、今度は、京都で荘司シェフと一緒に店をやることになっていて、まだ表現できていない残りの90のテーマを、そこで表現できればと思っています。
――それは具体的にいうとどんな店なんですか?
西川 京都のある野菜メーカーさんが、荘司シェフを総合プロデューサーとして、立ち上げる店なんです。4月20日にオープン予定です。野菜を使った面白いパンが表現できたらいいなと思っています。
――西川さんは2年前にご自分のベーカリーであるこのお店「サ・マーシュ」を開業されたわけですが、「サ・マーシュ」と、その京都のお店の両方をやっていくということですね。
西川 京都の店は、パンを作るのは別の職人にお願いしました。僕にとっては、「荘司シェフとの創造の場」のような位置づけです。それに対して、ここ「サ・マーシュ」では、パン屋としての土台を地道に作っていきたいと思っています。お客様にパンの内面的なことを知ってもらい、もっと素朴な部分で満足してもらえる場所にしたいですね。だから、できるだけ素朴なパンを作っていきたいと思っています。「コム・シノワ」のときのような華やかさは「サ・マーシュ」にはありません。
――日常のパンを追求していくのですね。
西川 ベーシックなパンを充実させなければいけないなと思っています。着飾って綺麗にお化
粧をするようなたぐいの技術は、もうこれ以上向上させる必要はないと思っています。最低限の身だしなみは当然必要ですが、人が振り返るような華やかさは今は必要ないと思っています。それよりも、もっと内面的なことが大事だと思っているんです。
 ビゴの店のフィリップ・ビゴさんからお聞きしたのですが、日本にフランスパンを伝えたレイモン・カルベル氏は「パンはすべての人のために平等に与えられるものでなければならない」と言っていたそうです。その言葉はとても重いと思います。パンというのは日常のもので、みんなが食べられないようなパンは作ってはいけないような気がします。綺麗なパン、かっこいいパンはみんなあこがれますが、みんながそっちへ行ってしまい、パンが何か特別なものになってしまったら、パン業界の発展はないような気がするんです。あとは、パンの種類をもっと減らさなくてはならないと思いますね。
――種類も減らした方がいいですか。 
西川 種類が多ければ多いほど楽しいとも言えますが、種類が多ければ多いほど職人は大変になるし、仕事も長くなるし、必要以上に品揃えが多いのはいかがなものか、と思うようになりました。ビゴさんには、「きみらがパンの種類をどんどん増やしたから、こんなに大変になってしまったんだ」とよく怒られます。長く続けることを考えたら、種類を絞って、アイテムごとの製造数を増やした方が、いいのではないかと思うようになりました。
 実はそのことを実感させられる出来事があったんですよ。今年の1月から厨房の職人が一気に5人から3人に減ったんですね。そのときに思い切って品揃えを減らしたんです。手間のかかる成形もすべてやめました。売上が減ることを覚悟してのことだったのですが、実際には逆に売上が上がっていったんですね。
――それはなぜですか。
西川 生産性が劇的に上がって、逆に、5人のときよりたくさん作れるようになったんですね。それと同時に、お客様の選択肢は狭くなったけれど、逆にわかりやすくなったということはあったのかも知れません。その結果かどうか、客単価が上がりました。だから、種類が多ければ売上が増えるというものでもないんですよ。
――パン作りを自己表現と考えれば、お客様のニーズに完全に合わせるよりも、パン職人として表現し切った自分のパンがあって、その上で、その価値を認めてくれる人がいるという構図の方が好ましいのでしょうね。
西川 結果としてはそうなるのだと思いますが、そのためにはどうしたらいいのかを、考えなければいけないと思いますね。今一番必要なのは、パンの質だけではなく、消費者の質も高めていく努力だと思います。当然僕らはパンの質を高めるために、食材を選んだり、製法を考えたりしているわけですが、それだけでは成り立たないんですね。同時にお客様に少しずつでもいいから何か伝えていくものがなければなりません。お客様に「こんなすばらしいパンができたんですよ。どうぞ買ってください。かなり質の高いものですよ」と言ってみたとしても、お客様が理解できなかったら、そこには共有できる価値観は生まれません。「なんで買わないんですか」と言ったら、「高いやん」と言われてしまいます。「でも原価は5割なんですよ」と言ったとしても、「そんなものは要らんやん」と言われてしまいます。でも、お客様が理解してくれて、「その材料を使っているのなら、ちょっと食べてみたいな」と言ってくれて、「これだけのものを使っているのなら、当然この値段になるよな」と理解してもらえたら、価値を共有できるようになるし、一緒に楽しんでもらえるようになるわけです。この共同作業は、製品の作り手と売り手がリードして進めていくべきものだと思いますね。作ったものの価値をお客様と共有できるようになるための道筋をつけられるかどうかにかかっているのだと思います。
――「サ・マーシュ」の販売スタイルは、お客様と販売スタッフが、同じ方向からパンを見ながら、注文を聞いていく独特のスタイルですよね。
西川 お客様にできるだけ近い距離に、販売スタッフがいた方がいいと思ったんです。そして、どうやったら、お客様と近づけるかなと考えたときに行き着いたのが、このお客様と横並びになって話をするスタイルだったんです。普通の対面販売のようにショーケースを挟んでお客様と販売スタッフが向かい合う形だと、意外と話しづらいものなんですね。狙ったのは、バーのカウンターに横並びに座ってぼそぼそと本音で話すときの感じなんです。

原価計算女王
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