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インタビュー/2011年6月号
最強のパン焼き軍団がパン業界の常識を超えた‐伊原靖友氏に聞く パン焼き小屋ツオップ 千葉県松戸市小金原2-14-3、電話047-343-3003
伊原靖友氏
 売り場8坪、工場15坪で日商100万円を超えるベーカリーがある。千葉県松戸市の「パン焼き小屋ツオップ」だ。地元のヘビーなリピーターに加えて、北は北海道、南は沖縄まで、日本中から熱心なファンがパンを求めて来店する。オーナーの伊原靖友氏は、「お客さんとシンクロしながら、自分の嗜好を変化させていかなくてなならないし、さらに自分の嗜好の幅を広げる努力も欠かせません」と話す。「このパンおいしい」で意見が一致する多種多様な人々のために、クオリティーの高さを維持しながら、毎日膨大な数のパンを作り出す雄姿がそこにあった。

気がついたら、売上が10倍になっていた
ツオップの店内は常にパンを買い求める客で溢れている
―――最初に、伊原さんがツオップをオープンした当初のことを聞かせてください。
伊原 今の店をオープンしたのは約10年前の2000年です。その前は、同じ場所で父が経営していたベーカリーで一緒にパンを作っていました。それが15年間ぐらいで、さらにその前に、シェーンブルンという神奈川県のベーカリーで3年間修業していました。
―――お父さんの店をリニューアルして、2000年にツオップとして生まれ変わったということですね。
伊原 はい。2000年にツオップをオープンしたときは、アイテム的には2割ぐらい追加があって、あとは、父親と一緒にやってきたそのままの品揃えでした。
 変わったのはお店の雰囲気でした。180度変わったというより、まったく違うものになったという感じでした。店舗の工事をしている間、居酒屋とかバーに間違われて、酒屋の営業の人がたくさん来ましたね。
―――確かに外から中の様子が見えないし、店内も照明を落として、パンをライトアップする演出ですよね。
伊原 10年ぐらい前だと、ガラス貼りで、外からよく見えて、とにかく店内は明るくするというのがベーカリーの常識でしたが、僕としては、自分達のやり方が、パンが一番おいしそうに見えるし、ベストな方法だと思えたんです。
―――今では、1日1万個以上のパンを作り、1日100万円以上売る日も多いと聞きます。日本を代表する繁盛店になったといっていいと
思いますが、ここまで来る間に、「あのときに流れが大きく変わった」みたいな瞬間はありましたか?
伊原 他人の子供を見ると、急に大きくなったように感じて、自分の子供だと、毎日見ているので、ある日気づいたら大きくなっていたと感じるのと同じで、日々必死でやっていたら、いつの間にか今の状態になっていた、というのが実感ですね。
―――初年度と比べて、今の売上はどれくらいになりましたか?
伊原 ツオップをオープンした年は年商3000万ぐらいでしたから、それからすると、今はちょうど10倍ぐらいですね。
 やはり、最初の頃は大変でした。自分たちだけでやっていて、それから人を入れ出したのですが、最初は中々人材が育ちませんでした。余裕がないので、ぎりぎりの人数で回していくのですが、やはり辞めていくスタッフも多かったですね。今思うのですが、派閥ができるぐらいの数のスタッフがいた方が、定着率は高まりますね。同じような意見を持った子が何人かずつ集まれるぐらいの規模だと、グループ内で愚痴を言い合ったりもできるし、その上で、グループ間で建設的な議論を戦わせることだってできるようになるんです。ひとつのセクションに4〜5人ぐらいの規模になってから、社員の定着率が飛躍的に向上し出しました。現在は、40人のスタッフがいて、そのうち30人が正社員です。

機械に頼るより、人に頼った方がいい
パン焼き小屋ツオップの伊原靖友オーナーシェフ。最強のパン焼き軍団を率い、日々、高品質の膨大な数のパンを作り出す
商品は次から次へ焼き上がってきて、どんどん並べられていく。8坪の売り場で100万円を売り上げるには、商品の回転スピードを極限にまで上げなければならない
オープン当初は酒を出すバーなどとよく間違えられたというツオップの店舗。現在は、同じようなテイストのベーカリーも多くなった。
人気商品のひとつの「ロデブ」。小麦の旨味が楽しめる白生地パンで、不規則な気泡とモッチリとした内層が特徴
―――スタッフが増えてくると、パンの品質管理が大変になってきますよね。
伊原 自分ひとりでやっているときは、自分のイメージでちゃんとパンを作ろうと思いますから、そのイメージを目指して、方向性をはっきりと定めることができます。しかし、違う子が作り出すと、他人なのでまったく同じ気持ちでいられるわけはありませんから、苦労が始まるんです。相手は自分のイメージを理解しようとしてくれるし、こっちも伝えようと努力します。でも、まったくイメージが一致するということはないので、どうしても伝えきれない部分が出てきます。だから最終的には、「もうちょっとここはこうしてよ」とか、現物を見ながら、一緒にやらないと伝わらないんです。常に僕が現場に入っていないと、少しずつ方向性がずれてきてしまうんですね。
―――具体的な作業の中に、ツオップの哲学のすべてがあるみたいな感じですね。
伊原 生地を触って、「今こういう感じだから、それじゃだめで、もうちょっとこうした方がいいよ」というように、一緒に生地を触って教えるのが一番なんですね。座って伝えられないんですよ。でもむしろそれは、やって見せれば済むという意味では、簡単なんだとも思いますけどね。
―――でも15坪の工場と、8坪の売り場で、日商100万円超えが珍しくないということは、驚異的な生産性ですね。
伊原 売上が上がってくると、工場を拡充して、設備的にも充実させていかなければなりませんが、うちの場合は、工場はこれ以上広くできないし、設備もこれ以上増やすことはできないんです。そうなると、あとはどうやって段どりをつけるかということになってきます。
 もともと今の売上を想定して作った工場ではありませんので、最初は、売上が1億円を超えたら、この工場では無理だろうと思っていました。でも今は実際に同じ工場で年商3億で回っています。多分それは、少しずつ新しいものを組み込んできたからだと思います。最初の年商3000万のときにも、1日の流れが基本的にできていました。そこに新しいアイテムを追加するには、どこで仕込んで、どこで焼いたらいいか、ということを考えて、1日の流れを壊さないように組み込んできました。それを10年間やってきた結果が、現在のオペレーションだということです。
 設備を導入するときに、例えばオーブンだったら、「一段で1日いくらの売上」と考えて、増強していくと思いますが、私の経験からすると、一般的にいわれている窯1段の1日のマックスの売上よりも、はるかに生産性を上げることが可能です。もともと1段当たりの設定が低すぎるのではないかと思っています。レジにしても、1台で1日20万円がマックスなんてことはないと思いますね。現にうちは今もレジ1台ですからね。
1台20万円だったら、100万円だったら、5台必要なわけですが、うちのスタッフたちは、1台で100万円も打つんですよ。それは、レジスタッフの人数が多いということもありますが、トレーニングの結果でもあるんですよ。
 ここで重要だと思うのは、例えば、レジを5台にするより、レジの担当者を増やして対応した方が正解だったということです。何とかまわそうとして、実践で鍛えられていくし、そうして鍛えられた生産性の高い優秀なスタッフたちは、レジだけではなく、色々な別の仕事も柔軟な判断力を駆使してこなしてくれますから、店の力は加速度的に大きくなっていくわけです。レジを5台にしても、機械は決められたことしか、当然できませんからね。

適切な量と質のロスは必要不可欠
2階ににあるカフェでは、ベーカリーのパンとともに、パンに合う様々な料理が味わえる
―――今では、「最強のパン焼き軍団」に育ったということですね。
伊原 そうかも知れません。作業性の最も基本的な単位は、作業スピードです。僕からみると、今どきの多くのパン職人は、作業スピードが遅すぎると思いますね。僕なんかが修業していた時代は、みんな手がもっと早かったですよ。手が遅いということは、致命的なことなんです。若いパン職人が、独立して最初に直面するのは、自分が生活していけるだけの金額のパンが、決められた時間内に作れないという問題です。つまり手が遅いということなんですね。そうなると、売れる売れない以前の問題になってきてしまうんです。大事なのは、まず手が早いということと、それに加えて、自分の手のスピードを自分で正確に把握していることです。手が早いだけで、どれくらい早いかを把握していなければ、店の回し方が組み立てられませんからね。世間に売り切れる店は数多くありますが、果たしてそれが、実際に売れる量を作り切った上でのことかというと、疑問だと思います。
―――よく1人のパン職人が作れる量がどれくらいかという話がありますよね。
伊原 僕に言わせれば、作るのも大事ですが、それを販売するところまでのことを考えないといけないので、販売の人も入れての延べ人数で考えないといけないと思います。つまり商品がお客様の手に渡るまでに関わった人全部の頭割りにしなくてはなりません。私の感じからすると、1人3万円台ですね。製造1人で販売2人だったら、3万円の3倍で9万円ということになりますね。
―――ロスについてはどうですか?
伊原 ロスは出さないとだめなんですよ。だから、うちでは決められた量のロスが出ていないと、スタッフは怒られることになります。ここで大切なことは、ロス率何パーセントというようにパーセントで決めるのではなく、適正ロスは金額で決めた方がいいということです。日によって売上が変わりますから、一律に例えば2%としてしまうと、売上の多い日の閉店前に来たお客さんは選択肢が多くて、売上の少ない日の閉店前に来たお客さんは選択肢が少ないということになってしまいますから。うちの場合は1万5000円のロスは必ず出すことに決めています。
 1万5000円というと200円のパンが75個ですが、それくらいあれば、陳列スペースの3分の2ぐらいは埋まりますから、お客様の選択肢としてはOKかなと思います。
 ロスは、実は金額だけではなく、何を残すかも重要なんですよ。うちは閉店が午後6時ですが、午後5時ごろ最後のフランスパンが出て、残ってしまったというのは、かなりいい残り方なんですよ。つまり、午後5時ぐらいに来るお客さんが欲しい商品が残っていなくてはだめなんです。「この時間にあんパンはないでしょう」みたいな商品の出し方をしないということにもつながります。商品を出すタイミングは、お客さんの気持ちとシンクロしていなくてはなりませんからね。こうしたことを確認するために、毎日店がひけると、その日の売上と、残ったパンの種類と個数を記録・集計して、工場の目立つところに貼り出しています。


客とシンクロしながら自分も変わっていく

―――毎日店の外に行列ができている状態だと聞きますが、これだけ多くの人を惹きつけることができているのはなぜだと思いますか?
伊原 やはり、リピーターをどうやって維持し、増やしていけるかだと思います。それを実現するためにはどうしたらいいかということになると、僕の立場から言えるのは、繰り返し同じクオリティーのものを作るということだと思いますね。
 それと、うちは定番商品が多いということなんじゃないでしょうか。あるお店が好きだ、ということは、つまり、その店のこの商品が好きだ、ということだと思うんですね。それがなければ、お客さんは次は来ないと思うんです。それを実現するには、定番商品を拡充することは、すごく大事だと思いますね。どこにでも売っているような定番商品で、他にはないうちなりの味を出すということですかね。うちにしてみれば、「新商品をどんどん出して、そのうち通年の定番商品になるのはほんの一握り」というやり方より、「新商品を出したら、やめずにずっと続けていく」というやり方の方がしっくりと来るんです。
 あとは、世の中の動きによって、人間の嗜好は変わりますから、作り手としても、お客さんと一緒にシンクロしながら、変わっていかないとだめですよね。自分が好きだと言って出すパンを、お客さんも好きだといって買ってくれないとだめなわけですが、自分が常に世の中の色々なことに興味を持っていないと、自分の嗜好の幅がお客さんのそれとずれてきてしまいますから。
 例えば2種類のパンがあって、ひとつは、1人がおいしいと言って、残りの9人がおいしくないと言い、もうひとつのパンは、9人がおいしいといって、1人がおいしくないと言ったとします。僕の場合は、両方のパンがおいしいと思うことが多いんです。だから、当然両方のパンを店に並べます。自分の「おいしい」と、お客さんの「おいしい」が両方とも一致しているのだから当然ですよね。だから、パン職人は、自分の「おいしい」の幅を広げる努力も必要だと思います。
 でも、一概には言えない部分もあって、お客さんとシンクロできる幅が狭くても、その範囲のお客さんとだけ、ヘビーに付き合っていくことだってあり得ると思います。それは、どちらが自分にしっくりくるかの問題ですよね。
―――「焼きたて」についてはどうですか?
伊原 焼きたての方がいい商品もあるし、焼きたてでなくてもいい商品もあります。焼きたてというと、温かいというイメージがありますが、僕はむしろ、新しいということが大事だと思います。新しいものだったら、食べる時期の判断をお客さんに委ねることができるじゃないですか。今食べたければ今食べたらいいし、もうちょっと経ってから食べたいのであればそうすればいいと思うんです。でも、商品が新しくなければ、お客さんに委ねられる時間的な幅が狭くなってしまいますから。やはりパンは生鮮食品であることを意識しなくてはならないと思います。 (22ページへ続く)

カフェでは、パンのおいしさを伝えたい
―――かなり遠くからのお客さんもいると聞きました。
伊原 北海道から沖縄まで、日本各地から来て頂いています。遠方からのお客さんは、例えばパン屋さんめぐりに来て、最初にうちに来て、カフェで朝食を食べて、都内のパン屋さんに出かけていく、みたいな人が多いですね。うちの場合は1次商圏が多分広くて、車で1時間ぐらいの範囲にもヘビーなリピーターの方々が多いようです。だから駐車場はかなりのスペースを確保していますね。
―――2003年に2階にカフェを出されたとうことですが、その効果はいかがですか?
伊原 カフェができたおかげで、ハード系の食事パンはかなり売れるようになりましたね。ベーカリーだけでの試食で、例えばライ麦パンの
おいしさを伝えるといっても、中々難しい面がありますから。だからカフェは、パンのおいしさを伝えるという意味で、とても役立っています。
 カフェで出している料理は、「家庭でもつくれる」というのがコンセプトです。特別な料理より、家庭でもできる料理と、うちのパンを出して、おいしく食べていただいた方がいいと思ったんです。
 全部で20席あって、2席だけはフリーの席としてとってあるのですが、それ以外はすべて予約で埋まってしまっているんですよ。本当は「ぶらーっと来て、パンと料理が楽しめる店」というのが理想だったんですが、それとはある意味違う店になってしまったんですよ。
―――お客さんとの関わり方についてはどうですか?
伊原 「付かず離れず」ということでしょうか。あくまでも友達ではなく、お客さんだと思うんです。だから近づきすぎると節度がなくなってしまうと思います。中には、本当に親しくなってしまう場合もありますが、基本的にはお客さんのプライベートにまで踏み込むべきではないと思います。
 逆に離れすぎてしまったら、商売として成り立たないし、何をして欲しいかもわからなくなってしまいますから、普通に挨拶ができて、何が欲しいのかがなんとなく雰囲気でつかめるぐらいの距離にはいないといけないですね。
 お客さんのニーズは、聞くものではなく、汲み取るものだと思いますね。お客さんとのたわいのない会話の中から、そのお客さんが何を求めているのかを、察してあげないといけないと思います。「何が欲しいですか?」みたいな聞き方はプロじゃないと思いますね。